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1.ネーミングについて

【文字数】 

 13000文字ほど


【作者コメント】

 承前は省略可ですが、初回ですのでざっと読んでみた方が作品の雰囲気を掴みやすいかもしれません。


【目次】

 0.承前

 1.問題提起:カタカナネームは覚えづらい?

 2.外国風の世界観のネーミング法について

 3.日本が舞台の世界でのネーミング法について


0.


 一緒にいて苦にならない相手というのは、思いのほか限られたものだとわたしは思う。

 気の置けない仲、なんて言うけど、会ってるとやっぱり遠慮するところがあったり、話題を選んだりもするもんだ。特に女同士というのは七面倒くさいもんで、発言の中にもあれこれ綱引きがあったりする。だから、正直にあれもこれも話し合える仲、というのは稀有なものだろう。稀有は言い過ぎかな? でも、限られているのは確かじゃないかな。

 そんな気の置けない仲の友達でも、コミュニティがなくなっちゃうと――この場合、クラス替えや卒業なんかの話だ――あっさり絶縁しちゃったりするんだよね。諸行無常なのです。

 実際わたしも学年が一つ上がった春から早二ヶ月余り、連絡取ってない子が、ひいふうみいよう……あらら、結構いるじゃんか。また今度メールしておこう。


 そんなわけで、正直な話、わたしは男性相手の方が疲れない。

 見栄を張ることはあっても取り繕うことができない不器用な男性なら、なおさら楽である。裏表がないからね。親戚の伯父さんなんて、無神経なところもあるけど(わたしはあなたの「久しぶりやな……おお、よう肥えたな」という言葉を生涯忘れないだろう)、その言葉をわりあい素直に受け止められるのだ。いや、太ったなんて断じてわたしは認めないが。

 また、相手の性別次第で、応対にも違いが生まれてくる。たとえば、女同士ではある種の同調圧力が働くことも少なくない。つまり「わあ、これ可愛くない?」と言われて、なかなか「え、お前それマジで言ってる?」と言えない瞬間は、往々にしてあるものだ。

 言い換えれば、女友達が「あれ、もしかして太った?」と訊いてきても「なんだオラ、あァん? てめェぶっ殺すぞ」とは返せないが、伯父さんには言えるわけだ。まあ、さすがにもう少しオブラートに包むけどもさ。笑い返しながらボディにグーパンチぐらいで許したよ、わたしは。

 それにしたって、まあ、やっぱり気を遣うところはあると思うんだ。当たり前だよね。人間関係なんだからさ、最低限の礼節は必要だ。なんの気も遣わない相手なんて、ペットにだってありえない。

 伯父さんの「昔はワルだった」という酔っぱらいの戯れ言にだって、まあ一応、おざなりの相づちくらい打つ。それが日本社会における最低限のマナーだろうしね。

 そうしたウザい喋りはいいんだ。でも、無言で一緒に居るってなると、これはもう男女に違いなく相当キツい。

 よっぽど気の置けない親友でもないかぎり、何か話すべきじゃないかって気を揉むのだ。わたしは無口な方だし、趣味のことを除けば話題の幅も狭いけど(典型的なオタクなのだ)、それにしたって無言空間よりかはなんぼかマシだ。黙っていられるほど面の皮は厚くない。

 あのお互い目配せし続ける困惑したひとときは、ある種の拷問なのではないかとさえ思うよ。


 だから、不思議ではある。

 この、隣で黙々読書を続ける先輩に、わたしは何の違和感も覚えていないのだから。


 わたしも読書をしているから、というのは理由にならない。ページをめくる音、衣擦れの音、鼻息、咳払い、関節がパキパキ鳴る音……他人が傍にいれば、気にくわない種というのはいくらでもあるのだ。

 先輩とわたしの付き合いはごくごく浅い。この半月ほどに過ぎないのだ。そんな短い間に、もう気の置けない仲になったのだろうか。そんなはずがない。だってわたしは、そこまで安い女じゃない。……いや、心の中でまで見栄を張る必要はないか。わたしには人見知りの嫌いがあるのだ。

 男相手の方が楽だ、とは言ったけど、一対一で無言空間を過ごすのなら、男か女かは関係ない。というか、むしろ逆転する。同年代の異性相手に無防備でいられるほどわたしは頭が緩い女ではないのだ。……あー、また見栄を張ってしまったよ。見栄っ張りめ。わたしは人見知りなんだ、異性なんて緊張するに決まってるじゃないか。

 だから、不思議だ。どういうことなんだろうね。

 考えてみたけど、わかんないや。わたしの気持ちの問題じゃないのかもしれない。

 たぶん、この人が、不思議な人なんだろうね。


 ……そんな、読書をほっぽりだしたわたしの視線を感じたのか、ふと先輩は目線を横にそらした。

 隣のわたしの方へ向いたのだ。

 あらら、目が合っちゃったよ。これはさすがに何か言った方がいいかな。

 わたしが口を開きかけたそのとき、先輩も口を開いていた。やべえ、これは「あの」「あの」と重なるパターンだ。慌てて、声帯に空気を流すのを止めたわたしなのだった。


「つまらんことを訊いて悪いんだが」


 そんなわたしの様子を気にした様子もなく、先輩はおもむろに問うてきた。


「人は、何人のマリアを覚えれば足りるんだろうな」


 なんでもないような口振りで、そんな意味不明な問いを。




1.


「はあ? マリアですか?」

「おう、マリアだ」


 おうむ返しである。

 別に聞き取れなかったわけじゃないってのに。ええい、面倒くさい。仕方がないので、話を促す。


「で、その、マリアがなんですって? 何人のマリアって、聖書か何かの話ですか? マグダラ的な」

「いや、小説の話。キャラ名の定番だろ」

「ああ、だから、何人のマリアを覚えるとか、そんな話ですか……なんの話ですか?」

「なんの話かと言えば」


 神妙に頷いた先輩は、いっそ誇らしげに言った。


「愚痴だ」

「唐突な」


 なんでやねん、とわたしは心中でつっこんだ。


「なんでやねん」


 ……あ、口に出してた。

 この人が相手だと、時々口が滑るんだよなあ。気を付けてはいるんだけど。


「おう。もっともだ。良いツッコミだな」


 と、まあ、先輩はこうして変に誉めてくれるものだから、たぶんどっかで、言っちゃって構わないと思ってしまっているのだろう。それはそれで困りものである。

 そんな複雑な気分のわたしになんてちっとも気を遣わず、先輩は話を続けた。


「つまりだな、この本の中にもマリアが出てきてな。そろそろマリアが脳のアイテムボックスいっぱいになりそうなんだ」

「さすがにそこまではストックないでしょ……っていうか、学校でラノベ読むのやめましょうよ。羞恥心はないんですか。表紙見られたら登校拒否レベルだと思うんですけど」

「なるほど。しまった見られた、うわあ登校拒否しないと」

「棒読み止めましょうか」


 すまんすまんと笑うこの人の手にある本には、丸裸の女の子(小学生)が載っている。ナチュラルに見える角度にしてるんじゃねえよ。(※1)


「真剣に読んでると思ったら……『はがない』ですか。仏籍でも読んでるような顔してたのに。たいしたポーカーフェイスですね」

「プレティーンの真っ裸をにやにや見てたら、さすがの君も引くだろ」

「さすがってなんですか、さすがって。っていうか、そもそも読んでる時点で引きます」

「自分も読んでるくせに」

「貸してもらえるならなんでも読むってだけです」


 つんと言い返してから気付いた。話が猛烈にズレてるじゃないか。


「で、『はがない』の高山マリアがどうしたんですか?」

「キリシタン大名が混ざってる彼女は、あんまり問題じゃないんだが」


 先輩は人差し指を立てて示した。これ、先輩の癖なんだけど、「注目!」くらいの意味らしい。


「問題は、中世風ファンタジー小説におけるマリアだ」




 まずは問題を整理しようか、と先輩は言った。

 いつの間にかテーマトークが始まっているが、まあ、いいだろう。わたしも読書の手はがっつり止まってたし。付き合うのもやぶさかではない。


「ネーミングの問題においては、日本人名はあまり問題にならない」

「そうなんですか?」

「あまり、だけどな」


 たとえば、と前置き、部屋中央のホワイトボードに、先輩は平仮名で「はじめ」と書いた。


「『はじめ』という名前の主人公がいたとしよう」

「はあ」

「まずこの時点で、あまりダブるような名前じゃないな。少なくともマリアほどダブるとは思えない」


 わたしがきっちり頷くのを確認してから、先輩は話を続けた。

 まるで少人数制学習塾の先生みたいな丁寧さである。


「さらに、日本語には漢字がある。ハジメ、と聞いてどんな漢字がありそうだと思う?」

「漢数字の『一』か、女偏の方の『始』あたりじゃないですかね」

「そうだな。常用漢字でなかったり、一般的でなかったりする読み方を採用すると、使える漢字の幅は広いよ」


 「一」「始」と書いた後に、「啓」「春」を付け足す。

 へえ、春ってはじめとも読めるんだ。なるほどね、うん、無駄な知識がまた増えちゃったよ……。この手の記憶って変に残るんだよね、断捨離できないものなのか。


「その上で、名字がある。これでダブるとした、作者がどこかで見た名前を誤ってそのまんま付けちゃったか、格好良いからパクったかくらいだろ」


 「小鳥遊」「十六夜」「剛力」などと、やや珍しい名字を先輩は書き加えた。丁寧な先輩はきちんと「たかなし」「いざよい」「ごうりき」と読みも付け加える。

 ああ、なるほど、確かにたかなしなんかは見かけるかもしれない。面白い当て字だとわたしも思うし、重要なキャラの名前に使いたくなる気持ちは分からなくもない。


「ところが、これが中世風ファンタジーとなると、こうもいかない」

「というと?」

「カタカナだから、漢字ほど差別化されてない」

「ああ、しかもアルファベットじゃないから、ジョン・コーフィーだけどコーヒーじゃないよ、なんてこともできませんもんね」(※2)

「おい、不用意に感動作を出してくるんじゃない。泣くぞ」


 無駄にセンシブルな先輩である。

 いや、良い映画だけどさ、このフレーズだけで泣かないだろ普通。


「……まあ、うん、だから被るだけじゃなくて、字面も似通ってくる。マリア、アリアとくるわけだ」

「そうですね。目尻潤んでますよ」

「うるさい。で、マリア、アリア、エミリア、レミリア、コリアと出てくれば、いい加減誰が誰だかわからなくなる」

「一人確実に覚えますけど」

「そうか?」

「違和感の固まりが一人います」

「では、それは誰でしょう。はい、君」

「コリアです」

「理由は?」

「西洋風の人名ではなく、国名です。しかも近場です」


 はい、よくできました、確かに近場だよな、日帰り旅行もできるし、と先輩。

 そんなしょーもない寄り道を挟みつつ、話は進む。


「そもそも西洋風の名前は覚えづらい」

「そうですか?」

「これは個人的な感想かもしれないが、ハドリアヌスやセリヌンティウスと言われてもピンとこない。覚えづらいんだ。丸覚えするしかないからね。まだ『藤原家のなにがし』の方が覚えるフックがある」

「漢字ですもんね」

「そうそう。だから、土台、西洋風ファンタジーのキャラ名は覚えづらいものだと思う」


 手中でマジックを弄びながら、先輩は結論づけた。


「マリアという名前は定番だ。だから覚えるのは難しくない。ただ、被りやすいし、似通った名前と見分けが付きづらい。良いネーミングとは言えないわけだ」

「なるほど」

「名前ってのは結局、そのキャラがわかればいい。判別が付きづらいというのは、作品の質にかかわらずマイナスだろうね」

「でも、それってキャラが立ってたら問題にならない気もしますけど」

「そりゃ違いない」


 椅子に座り直した先輩は肩をすくめた。

 ギャグのような仕草だけど、妙に似合って見えた。


「ユニークなキャラを描けるなら、こんな些細な傷なんて問題にならないよ。ただ、それだけ腕のある人が、この程度の理屈もわからないとはとうてい思えないんだけどさ」




2.


 話は終わったみたいだけど、ふとわたしの心中に、ちょっとばかし意地悪な問いが湧いて出た。


「先輩」

「なんだ?」

「知ってますか? 昨今の流行では、こんな風に言うんですよ」


 先程の先輩を真似して、指を一つ示してみせる。

 どうせだから、左右に振ってみた。


「対案のない批判は卑怯だってね」

「昨今の風潮だと、むしろその意見こそ卑怯だとするんじゃないか?」

「まあ、いいじゃないですか。その辺は。先輩的には、ネーミング問題になにか対案、ないんですか?」


 開きかけていた本を閉じて(なぜか今度は男の裸体が挿し絵のページだった。この人はもう、いろんな意味でなんでもアリなのだろうか)、先輩はフンと一つ鼻を鳴らした。


「そりゃ、ないでもない。要はオリジナリティがあればいいわけだ」

「確かに、その方がまだしも覚えやすいでしょうね」


 わたしが頷くと、先輩は腕組み、話を続けた。

 いちいち仕草をしなければ気が済まないらしい。落ち着きのない人である。


「一番単純な対策は、検索してすぐに引っかかるような名前を避けること。それも画像検索に多数引っかかるような、有名なキャラの名前は避けるべきだろう」

「紛らわしいですしね」

「そうなんだよ。ただマギとだけ言われても、第三新東京市のアレなのか、アラビアン的なソレなのか判別が付かないが、そうしたことが起きないようにするのは基本的な配慮だろうな」

「マギは少年先生なんかも紛らわしいですしね」(※3)

「そうだな。この手のラテン語ネタでダブるのはある程度、仕方ないだろうけど」


 顎をなでながら、先輩は話を継いで二つ目の答えを述べた。


「次に言えるのは、言語圏を選択して、ネーミングに統一感を出すこと。特に英語圏の名前はありふれているから、ほかの言語圏の名前を選択するといい」

「ほかの名前というと、ヨハネの派生系でジョン、ジャン、ジョバンニと出てくるようなアレですか」

「ああ、どちらかと言うと、君の方がそのへんは詳しいんだったか」

「詳しいわけじゃないですけどね」


 わたしの専門に多少触れる程度だ。

 わかりにくく言うと、Johannes Passion(ヨハンネス・パッシォン、ドイツ語)か、St. John's Passion(セント・ジョンズ・パッション、英語)か、という話である。(※4)

 わかりやすく言うと、英語読みするのかドイツ語読みするのか、という話。ところでわたし、どうしてわかりにくく言ったんでしょうね。


「ジャンかジョバンニか。チャールズかシャルルか。この違いは結構効いてくる。また、ネーミングの世界観が統一されていると物語に入りやすい。このフランス風の物語におけるシャルル、と特定がしやすくなるからな」(※5)

「世界観の定まった物語なら、印象には残りやすい……わからないでもないですね」

「なんとなくボワッと『中世ヨーロッパ風』なんて曖昧にしていると、世界観がはっきりしないから個性も薄い。それに引きずられて登場人物も覚えづらくなるって寸法だな」

「なるほど」


 あれ、でもそれじゃあ……とわたしは首を傾げた。


「本質的な解決ではないですよね。それなら結局、マリアも出てくるわけですし」

「まあね。せいぜいマリアンヌに変わるくらいだろうな。それに、これはネーミングの話というより、世界観設計の話だしな」

「……これが対案なんですか? 最初のメジャーどころを避けようって話と反してませんかね?」


 意地の悪いわたしの問いかけに、先輩は気を悪くした風もなく応えた。


「いや、この辺は本論じゃなくてね。対案として挙げるのは、特定の言語圏の名称や固有名詞だよ」

「……えっと、よく意味が分からないんですけど」

「そりゃそうだ」


 立ち上がった先輩は、再びホワイトボードに向かって誰かのーーいや、何かのかもしれないーー名前を書いていく。

 「アウルテネチェ」「イライソス」「ウルサイス」「ベニャ・エチェバリア」「オスカル・デ・マルコス」……えっと、何かの呪文だろうか? 邪神でも呼び出すのだろうか。

 あいうえおを揃えているらしいことはわかるけど、それくらいしかわからない。


「これはとある、欧州のサッカーチーム(※6)に所属する選手らの名前だ。先に一つ謝らなければならない」

「はあ、何をです」


 先輩は眼鏡のブリッジを指で上げて、キリッと言ってのけた。


「ウルサイスだけ現役選手じゃない」

「いや、どうでもいいですけど」

「仕方ないんだ。ウナイといわれたらエメリ。リーガでは常識だ。だが、エメリはチームにまったく関係してないしな」


 どこか得意げな先輩に、イライラしたわたしは、


「いや、ごめんなさい。本当に何言ってるかわからないんで、そういうの、やめてもらっていいですか」


 そんな風に返す。

 次いで、ハッと我に返った。

 通じないネタに苛立って、思ったことをそのまま口にし過ぎている。トゲトゲした、何も考えていない口振りだった。

 先輩も明らかにこっちを置き去りにして話しているけど、それにしたって言い方ってものがある。

 いまここにいるのだって、「そんな態度」が理由じゃないのか。何も反省していないのか、わたしは。

 愕然として、謝ろうとしたわたしに、先輩は言った。何一つ気にも留めていない顔で。


「悪い悪い。悪乗りしすぎたな」

「あ、いや……その」


 思わず口ごもったわたしに、先輩は笑いかける。本当に、少しも気にした様子がない。

 その顔を見ているうちに、わたしの中でわだかまりのようなものがほどけてしまって、結局、謝るタイミングを見失ってしまったのだった。


「この名前、ちょっと珍しいだろ?」

「……そうです、ね。あまり見覚えのあるものではありませんね」

「皆、スペインはバスク地方出身の選手なんだけど、地域によってはこんなにも特異な名前が出る。こうした独自性はネーミングに活かせるだろうな」

「こういう癖のある名前を採用してみるといいんじゃないかって、そういう話ですか」

「そうそう。ネットで検索すれば、各国の著名人なんかはすぐ調べられるからね。あとは、地名なんかもそのまま転用できるんじゃないかな」

「地名ですか?」


 気を取り直して、わたしは考えてみた。

 なるほど、確かに地名は特色が表れるところだ。

 たとえばハンガリーの首都はブダペストだけど、ちょっと耳慣れない都市名だと思う。豚+ペストで、何かすごく凶悪な感じだ。いや、偏見だけどね。

 ロンドンやストックホルムのような有名どころはともかく、馴染みのない国の地名は使えるかもしれない。


「悪くない気がしますね」

「うん。納得してくれてありがとう。ある特定の地域や国から単語を引っ張ってくれば、統一感も出る。この作品ではこの国の、この作品ではあの国の、とすれば独特のネーミングになるんじゃないかと思うよ」

「なるほど」


 わたしのうなずきに、先輩は少し首をかしげて話を続けた。


「他には、外国語の単語なんかをそのまま使ってみるのも手だけど、その場合は相当単語力が必要になってくるんじゃないかな。都合よく良い響きの単語を拾えるわけでもないし、まして良い意味のものなんてなかなか見つからないに決まってる。変な意味の名前なんて、付けづらいだろうし」

「確かに、そうですね。良い響きの単語ならもう誰かが使ってるってこともありそうですし」

「そうなんだよ。ドイツ語あたりなんて掘り起こし過ぎなくらいだ。猫を意味するカッツェなんて既に何人かいるしな。シュヴァルツなんてあっちこっちで引っ張りだこだ」


 ドイツ語は中二病を罹患しておいでの皆様御用達の言語だと、わたしも聞いた覚えがある。下の兄が言ってたんだったかな。

 先輩は再び一本指を立てて、付け加えた。


「それに、地名なら地図帳一つで事足りるからな」

「あー。学生のアイテムを活用できるってのは、低コストでいいですね」


 わたしが頷くと、先輩は満足げに笑んで、さらに付け加えた。


「他にも、神話から丸パクリ、なんて手もあるかな。蛇王ザッハーク(※7)みたいにね。だけど、ミョルニルだとかブラフマンだとか、もう開拓された後の神話がほとんどだから、あまりお勧めしかねるかな」

「ブラフマンなんて、ブラに不満があるロリコンみたいですしね」(※8)

「おいばかやめろ」


 どうやら、早くもこのスレ……じゃなかった、この話題は終了らしかった。

 元ネタの「のうりん」も先輩が貸してくれたのに。理不尽な話である。




3.


 話題を終了させようとした先輩が「あ」とつぶやく。何かを思い出したようだった。


「そういえば、『のうりん』と言えば、この話題に即した良いネタがあったな」

「ネタですか?」

「士農工商だよ」


 士農工商っていうと……ああ、「つかさ、みのり、たくみ、あきな」の四姉妹のことか。

 ヒロインであるみのりの姉妹なんだけど、たくみとあきなが(方言で)もなもな言ってるのが強烈に可愛いんだよなあ。


「ネーミング問題は日本人名でも起こりうるから、こうした意味を付加するのは悪くない手だ。姉妹の順も覚えやすく、混同もしづらい。しかも名前らしい名前なんだから、本当に良いネタだよ」

「確かに、実際にいておかしくない名前ですよね、全員とも」

「だよな。あと、この作品で言えば、ウッドマン林太郎やローズ花園みたいにキャラのイメージに即した名前を付けて、さらにあだ名で強調して印象づけるってのも一つの手だろう。実際にキャラが立っていることもあるが、覚えやすい」

「ああ、西洋風ファンタジーなら、二つ名ってところですか」

「そうそう。獅子心王だとか、串刺し公だとか、その手のやつだな」


 なるほど。名前以外でも強調する方法があるんだな。

 その手の二つ名は凝りすぎてもアレだろうけど、キャラの差別化にはいいかもしれない。


「話を戻すが、まあたとえば、生まれた順に始まって、続いて、終わって、余ったりすることもある(※9)」

「ああ。『創竜伝』の四兄弟ですか」

「そうそう。あれは良いネーミングだとは思わないけど、名付け親の意図がわかる点だけは悪くない。それだけだけど」

「なんで付けたんだかわからないような名前って、ありますもんね」

「現実だと適当なネーミングでも構わないんだが、創作の世界にはロジックがいるからな」

「現実でも、適当に名前を付けるような親はろくでもないですけどね……ところで」


 と、わたしは先輩の先の発言をとがめた。

 でも、ちょっと言い方には気を付かってみる。舌の根も乾かぬうちに同じ誤りを繰り返すなんて、相当恥ずかしいし。


「先輩、えっと……先輩は最初に『日本人名は問題ない』って言ってましたけど、日本人名でも問題は起こりうるんですか?」

「問題ないというか、なんて言ったっけか、たぶん『あんまり問題にならない』とか言ってたはずだ」


 あ、確かにそんな感じで言ってたかも。


「『のうりん』で言うならバイオ鈴木なんかもそうだけど、ただ鈴木って言われたなら、それこそごまんといるだろう。ダブるダブらないは別にして、ありふれてる。身近にいる。記憶しやすいものではないだろ」

「うーん。それって覚えにくいというより、印象に残らない感じですか」

「そうそう。覚えられはするんだよ。でも、ひさびさに登場して、鈴木とだけ言われても思い出すのは難しいんじゃないかな」

「それは確かに」

「それに、鈴木がどうしたとか、佐藤がどうしたとか、それじゃあ物語に入り込みづらい。身近な名前過ぎると、物語から外れて現実が見えてしまうよ」

「うーん。そんなもんですかね」


 ちょっとピンとこないわたしに、先輩はまたも一本指を立てて解説を加えた。


「物語に何を求めるか、というのは人それぞれだろうけど、一つに『非現実的な現実』を求めることがあるだろう。ありえないけど、ちょっとホントっぽく描かれた物語だ。たとえば異世界に呼び出されてチューで美少女と主従契約(※10)、なんて現実じゃありえないけど、現実になったら楽しいだろうな、と思える。男にはね」

「どうでもいいですけど、チューなんて子供みたいな単語でいちいち顔を赤らめないでください」

「うるさいな。まあ、とにかく、そうやって非現実的な物語に没入したいのに、現実が見えるってのは相当なマイナスだ。クラスメイトの鈴木や、ご近所の佐藤さん家のご隠居さんが頭にチラツいてる状態では、読書に入り込むなんてできやしない。ネーミングの問題にはそうした側面もある」


 微妙に顔をほてらせたまま、先輩は話を続けた。

 つくづくセンシティブである。ちょっとどうかと思わなくもない。


「そこで考えてみると、いま話題に出した『ゼロの使い魔』の主人公である平賀才人という名前は良い。平賀という姓はなじみがある。平賀源内を知ってる人は多いからね。知ってるけど、身近にそんなにいる名前じゃない、という距離感が良い。覚えやすいよ」

「あれ? それってつまり、珍しすぎるネーミングもまずい感じなんですか?」

「そうだな。気をてらってるように見えて、鼻につくかもしれない」


 ああ、なるほど、それはわからなくもない。

 あまりに凝りすぎた名前って、本人は熱心に考えたんだろうけど、大仰過ぎるときがあるもんなあ。


「それに才人という名前も良い。小説内ではサイトと表記されていて、フランスじみたこの世界では異質な印象を受けるし、名前自体も珍しい。それでいて、英語のsiteでなじみがある。覚えるのに苦労しない名前だな」

「しかもヒロインが連呼しますしね」

「連呼するのはバカ犬の方だけどな」


 まあ、そうかもしれないけども。そこは置いておいてあげようよ。

 そんな感じにネタでそれちゃった話を軌道修正して、先輩は話を進めた。


「あるいは、名前そのものではなくて、他の部分でギャップを置いても区別が付けやすいだろうな。たとえば、黒人キャラで日本人名、なんてなかなか覚えやすいだろうよ」

「……あれ? そんなネタありましたっけ?」

「たぶんあるだろうけど、これは適当」

「そうですか」


 一つ考えてみる。ふむふむ。


「ああ、行雄ちゃん的な(※11)」

「誰だそれ」

「芸人ですよ。ハーフが売りの」

「ああ、ハーフなら確かに名前と容姿にギャップがあって当然だな。『はがない』の小鷹もハーフ設定で金髪だったが、わりあい見かけるパターンなのだろう」

「いやいや。行雄ちゃんはスリーディーなんで。二次元と三次元をごっちゃにしないでください」

「目の前にいるんじゃなけりゃ、どっちも同じだろ。テレビの中か本の中かに過ぎん」


 うわあ、極端すぎる。そのうち、所詮人間の認識なるものは脳で再構築されたものに過ぎない、とか言い出すんじゃなかろうか。

 そんな若干引いてるわたしをスルーして、先輩は話を続けた。いや、一応気にしてるのか、わたしの方に話を寄せてきたんだけどさ。


「芸人といえば、確かあったな。なんか、ほら、昔話に現代人のおっさんをキャストとして設定して演じさせてるフリップ芸」

「ああ、『日本要するに昔話』(※12)」

「あれは現実を昔話に混ぜることでシュールな笑いを生み出す手法だから、ここで話した内容と逆をいく感じだな。現実的な斉藤やら田淵やらいう名前が効果的なわけだ。でも、あれはフリップ芸ならではという感もある。絵ありき、というか」

「確かに、猿カニ合戦なんて、おっさんがおっさんに青い柿投げつけて眼鏡割ってますもんね。あれはちょっと文章では説明が難しい笑いでしょう」


 わたしの返事に、先輩は大きくうなずいた。


「やっぱりね、絵は強いんだよ。絵面と名前のギャップはインパクトが大きいから、覚えやすい」

「ライトノベルなんて、プロフィール的なカラーの挿し絵を見れば、誰が誰か一発ですもんね」

「そうなんだよな。それを当たり前に楽しんでいる世代に、ネット小説は文字だけで説明して、キャラを区別してもらおうっていうんだから、工夫がいる。自分で挿し絵を書けたり、誰か頼む相手がいたり、プロに金払って頼むなら別だけどね」


 唐突に、くぐもった音が鳴る。携帯のバイブ音だ。

 片手で無礼を詫びてから(めんごめんご、というやつである)携帯を取り出しつつ、先輩は発言を続けた。


「ネーミング問題はそういう、読者の読書遍歴を想定した上での応対も大事になってくるんじゃないかと思うが……おっと」


 メールでも来たのかと思ったが、どうも違うらしい。


「……すまん。時間だ。悪いが帰らせてもらうよ」


 携帯をポケットに直し、隣の席に置いてあった鞄を手にささっと立ち上がる先輩。いつの間にやら、帰り支度も済ませてあった。

 ぽかーんと見守っているわたしに一言捨て置いて、先輩はすたこらさっさと去っていった。


「鍵は電気の下に掛けてある。悪いが閉めてから、渡しに行ってくれ」




 なるほど、よくわかった。

 なぜわたしが先輩に、違和感を覚えないか。言い換えると、遠慮を覚えないか。

 先輩がわたしに、なんの遠慮もしていないからだ。

 そういえば、出会った最初の日からそうだった気がする。

 まったく、礼儀を知らないというか、なんというか。部外者の後輩一人に戸締まり任せるなんて、メチャクチャじゃないか。いや、始まるときに「早く帰る」とは言ってたんだけどさあ。


 なんともまあ、不思議な人ではあると思う。その感想は変わらなかった。

 よし、結論も出たことだし、わたしも帰ろうか。



 わたしによるネタ・元ネタ解説。


※1

 平坂読・著のライトノベル「僕は友だちが少ない connect」のこと。

 どうやら先輩は、新刊にあわせて読み直していたらしい。マメな話である。


※2

 映画「グリーンマイル」にあった台詞である。

 涙腺を緩ませる良い映画だったけど、これは特に印象的な言葉である。


※3

 順に「新世紀エヴァンゲリオン」「マギ」「魔法先生ネギま!」のこと。

 すべてマンガ、あるいはアニメの作品である。

 ちなみにエヴァは機械名を、マギはまんまタイトルを、ネギまはマギステル・マギという用語のことを指している。

 そういえば、エヴァというネーミングも、エヴァンゲリオンとエヴァンジェリン(ネギまの登場人物)がダブってるのだから、問題の根は深い。


※4

 言わずとしれた大バッハの名曲・ヨハネ受難曲の英語、ドイツ語読みである。

 ジョンとヨハネで、名前の読み方が違うのだ。


※5

 ここで先輩は例として「辺境の老騎士」なる作品を引き合いに出していた。

 スペイン系のネーミングが、乾いた世界観とマッチして独特の雰囲気を醸し出しているのだとか。

 出版化されたネット小説らしいし、またURL教えてもらわないと。いや、本を借りた方がいいかな?


※6

 先輩が言うには、これはスペインのアスレティック・ビルバオというチームの選手らしい。

 バスク地方(この地方名は聞き覚えがある。確か、独立を求める過激派が有名なんだっけ?)の選手で固めた珍しいチームなんだとか。

 まあ、正直、どうでもいい話ではある。


※7

 田中芳樹の「アルスラーン戦記」のこと。

 ネーミングは王書(シャー・ナーメ)からの丸パクリだとか。


※8

 「のうりん2」に登場する変態の名前である。(ブラ不満)

 こんな変態が出てくる小説すら平気で貸し出す先輩は、変態なのか、ある意味で堂々として男らしいのか……いや、変態には違いあるまい。

 そうは言いつつ、わたしもブラ不満が出てくる第一限では思わず鼻水が出るかってくらい笑ったけど。

 アラフォー幻魔拳は卑怯である。


※9

 田中芳樹の「創竜伝」の主人公四兄弟である始、続、終、余のこと。


※10

 有名ライトノベルの「ゼロの使い魔」の説明である。身も蓋もない説明だよね。


※11

 お笑いコンビ「デニス」の植野行雄のこと。

 彼はアラブ系日本人であり、なかなかインパクトのあるギャップである。

 あのケバブ屋顔でゆきおちゃんて。


※12

 芸人「バカリズム」の代表的な芸の一つである。

 中年男性が、学芸会の出し物のように真剣に猿カニ合戦などを演じるフリップは、相当シュールである。


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