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8.前書き・後書き

【文字数】

 14000字ほど


【作者コメント】

 余談ですが、本作は今回話されている内容を基準に作られています。


【目次】

 0.承前

 1.前書き・後書きにおける二つのポイント

 2.その利用法について

 3.締めくくり


0.


 ど、どうしようか。

 ある意味で、人生でもそうそうないピンチである。


 わたしは先輩から借りたマンガで顔を隠しながら、ちらちらと隣に視線をやっている。こう、なんというか、じっと見るのははばかられる事態なのである。

 ど、どうしよう、先輩ったら……マジ泣きしてるんですけど。

 最初はいつもどおりで、わたしは前に先輩が話していたマンガを借りて読みふけり、先輩も読書を始めて、といった具合だったのである。

 それが、いつもは姿勢良く席に半分だけ腰掛け背筋を伸ばして読書にふける先輩が、今日はずるずると姿勢を崩していき(この時点でわたしは気になってチラ見を始めた)、鼻をすすり始めたかと思えば、カバンからハンドタオルを取り出し(女子か、とわたしは心中でツッコミを入れ)、何度もそれで目元を拭い、よく見れば肩が震えていて、次第に頬やこめかみが紅潮して、嗚咽が漏れ始め、時折伏せてはすすり泣き……そして、マジ泣きである。

 わたし、あの、兄が二人ほどおりまして、もちろん父もおりまして、なのでうちは男所帯っぽいところもあるんですけど、その、それでもこんなマジ泣きしてる男性を見るのは初めてでして、そのぅ……ど、どうしたらええんや、これ。

 声をかけないでいいのだろうか。

 いや、下手に触れない方がいいんじゃなかろうか。下の兄も言っていたではないか、男というのは沽券なるものを大事にしているのだと。年下の女の子の前でボロボロ泣いて、その上慰められまでしたら、先輩もショックだろう。それはよろしくない。

 ここは一つ、気づかなかったフリを続け、あとで先輩が何か言ってきたならアメリカン調に「You、泣いてたのかい? 読書に夢中で気づかなかったよ、HAHAHA-」とかなんとか返しておくべきだろう。たぶん、そんなパターンだ。

 もうね、いま見てるページのコマ割りすらわかんないくらい、読書には入っていけないわけだけど、だからってこのポーズをやめるわけにはいかないし。う、うーん。にっちもさっちもいかんな。

 そうやって悩みに悩んでいたわたしだったのだけど。

 いつの間にか読み終えていたらしい先輩は、ホウと湿っぽいため息をついて、こちらへ振り向いた。

 声一つ乱さず、いつものようにそらっとぼけた風に感想を言う。


「いやあ、泣いた泣いた」


 あ、触れていいパターンだったんだ。

 わたしは心の中でずっこけた。




 先輩からタイトルを見せてもらうと(先輩は種々のブックカバーを使いこなす女子力の高いお人なのだ)、「そうか、もう君はいないのか」。城山三郎・著とある。


「あ、なんかドラマ化したやつですよね」

「へえ、そうなのか。そうと知らずに読んでいたが」

「わたしも観てなかったんですけど。どんな小説なんですか?」

「小説じゃなくて、エッセイだな。城山三郎さんの遺稿、つまり未発表だった原稿なんだけど、城山さんがお亡くなりになってからそれらをとりまとめたエッセイ集で、奥さんとのことが馴れ初めから永遠の別れまで書かれている」


 さきほどまで号泣していたとは思われないほど、クールに語る先輩。目元がまだ赤いんだけど、これはさすがにからかえないな。


「おじさんの勧めで読んだんだけどね、これは久々にきたな。ああ、これはもう買い直さないとな」


 湿っぽくなったページをパラパラしながら、先輩はむうっと唸った。後半にいくにつれて程度はひどくなっている。ちょっとした雨に打たれた後みたいだ。


「先輩、その本、また貸してくださいよ。先輩があれだけ泣く作品って興味があります」

「こんなダメになった本は貸せないが……ああ、古典部風にねだってくれるならいいよ」(※1)

「わたし、いますっごく気になってますよ!」


 即答してやったよ。どうだ、先輩め。

 冗談めかして言っていた先輩は、ぽかーんである。


「君は本当に……まあ、いいか。貸すよ。明日まで待ってくれ。こりゃ、自分用にも買い直さないとな」

「いや、その本で構わないですよ」


 風呂でも本を読むわたしにとっては、ページがたゆんだくらいどうってことない。っていうか、楽譜は汚すものだし、指揮者なら譜面台に立てるために楽譜ばっくり開いちゃうもんだから、いまさらである。(※2)

 そんなことより、さっさと読みたい。なんだったらいまからでも読みたい。読んだんですよね? 貸してもらっても、なんの支障もないですよね? いますぐ借りていいんですよね?

 わたしはこと読書においては、堪え性のない女なのだ。

 熱心なわたしの催促に、先輩は渋々応じてくれた。


「人に貸すものは、ちゃんとした物にしたいんだけどな」

「ああ、先輩って、古本を貸すのも嫌がりますもんね」

「人に貸すなら当然のマナーだと思うけど」


 わたしはわりとどうでもいい派である。借りる分には。

 そもそも、新刊本だって誰かが触ってる品である以上、本当に気をつけるのなら、もう電子書籍以外の選択肢なんてないのだ。古本だなんだと言うのは、結局大同小異だと思う。

 先輩から本を受け取ってほくほくしているわたしに、先輩は首をかしげながら独りごちた。


「君が読むのなら、ネタバレはよした方がいいかな。今日の話題にはうってつけの一冊なんだけど」

「あら、そうなんですか。エッセイですし、気にしなくてもいいですよ。よほど致命的なものでないかぎり、ネタバレが問題になるようなものでもないんじゃないかと」


 オチにつながるような伏線を教えられても困るが、エッセイで、しかも遺稿なのだから、そういう構成でもないだろう。

 先輩はちょっと迷っていたが、結局、話をすることにしたようだ。


「いつもどおり話をするとなると、君がその本を読むのは後になるが、構わないか?」

「部活ですし。先輩の判断に文句つけたりはしないですよ」

「君がそう言うなら、話してもいいか」


 一つ頷き、先輩は告げた。


「今日は、前書きと後書きの話をしようか」




1.


 聞くところによると、このエッセイは後書きまで素晴らしい本なのだそうだ。


「後書きを娘さんが、解説を児玉清さんがされているが、どちらも愛情のある良い内容だった。後書きで泣かされたのは初めてだ」

「あ、児玉清さんが書いてるんですか」


 そっちの方が気になったわたし。

 確か、読書家な方だったとどこかで聞いた記憶がある。本読みには良い文章を書く人が多い。文章のインプットが多いから、表現の幅が広いのだろうね。

 ……うーむ。気になるな。読みたいな。


「児玉さんの解説も良かったんだけど、今日の話では解説は除外したい」

「なんでやねん」

「いや、ツッコミ待ちじゃなくてね。ネット小説が主題となると、作品の解説ってないから」


 ああ、そっか。レビューなんかは投稿サイトにもあるけど、作品そのものへ深く切り込む解説って、あんまりないもんなあ。

 ネット小説って連載漫画と同じで、作品の注目度が高いのは連載中だから、それも仕方ないんだけど。


「そもそも、今回の主題は作者自身が書く前書き、後書きの話だから、解説の話まですると話を広げすぎだな」

「なるほど。そりゃ、ネット小説で、他人が後書き書いてることなんてないですもんね」

「そうだな。ただ、読者は商業作品の解説のように、作品の中核へとメスを入れるようなコメントをすべきだと思うけど。これは今回、余談だな」

「作品をより良くするための感想、というやつですか」

「そうそう。前に言ったな、よく覚えてる」


 感心したように頷いてから、先輩は話を戻した。


「前書き、後書きについて二つ触れたい点がある」

「はい」


 いつもの一つ指である。


「まず一つ目。『読者は小説投稿サイトに小説を読みに来ている』という点だ」

「まあ、当然ですよね」

「そう。当然なんだよ。当然、小説を読みに来ているのだから、前書きや後書きでのコメントは本質的に不要なものだ。特に、近況報告なんて邪魔ですらある」


 本質的に、ね。


「その言い方、先輩的には不要でないものもあるというわけですか」

「良い合いの手だ。そう、物語をより深めるためのコメントだって多く見られる」


 頷いた先輩はピースをした。


「というわけで、二つ目。『前書き、後書きはあくまで作品の範疇である』という点だ」

「なるほど、つまり、物語をより良いものにするための糧でなければならない、と」

「そう。不要なコメントは、せっかくの作品を台無しにしてしまう。どのような役割を持たせるかは、計算すべきだな」


 そこで一度言葉を切った先輩は、「ちょっとごめんよ」と立ち上がる。

 あ、やっぱり板書するんですか。たぶん、いままで忘れてたんですよね。先輩にしては珍しいうっかりミスである。


「今日は先にテーマを言ってしまったけど、君、何か質問はあるか?」

「はい、はい。先生」

「なんだ」

「作品に関係ない話をしてる商業作品って、結構ありますよね。同人誌の告知してたり、発売が遅れたこと土下座してたり、ネットゲーム化する予定を告知したり」(※3)

「だから、『バスタード』はもう本当にいいから」

「まあまあ。単なる例ですから。で、ですね。そういう商業作品もあるわけですが、ネット小説で特に先輩がその二点を指摘するのって、何か理由があるんですよね」


 これはちょっと、確信してるというかな。

 だって、明らかに先輩が言ってる二点って、商業作品でもマズいの結構あるしね。わざわざネット小説での話で触れているのには、理由があるはずだ。

 案の定、先輩は首を縦に振る。


「相変わらず、察しがいいな」

「誉めても何も出ませんよ」

「……あのな。そういう反応がおっさんくさいって言ってるんだ。本当に気をつけろよ」


 なぬ。

 途端、呆れたような口振りで言う先輩に、愕然とするわたし。ぼちぼち自分でも、本当におっさんくさいんじゃないかと心配になってきたんだけど。大丈夫かな。よっこいしょういちとか言ってないよね、わたし。


「まあ、とにかく、だ。なぜネット小説の話でこの二点を指摘するか。それは単純な話で、ネット小説のアウトプットは小刻みだからだよ」

「えーと?」


 察しがいいと誉めてくれた傍から、申し訳ないのだけど。わからんのですよ、その返答。


「つまり、一回一回更新する、その小刻みな更新に前書きと後書きが付けられるからこそ、改めてこの二点を問題視しているんだ」

「ああ、なるほど。一回ごとの更新の話でしたか」


 商業作品と比較してるから、そのへんはちょっと理解できてなかった。

 それで――とわたしは板書に目をやる――「読者は小説を読みに来ている」「前書き、後書きはあくまで作品の範疇である」という寸法か。

 ううむ。わからん。どんな寸法だ。


「どうもピンときてないようだから、順を追って見ていこうか」

「すいません、察しが悪くて。センサーバグったみたいです」

「いや、こっちの説明の順が悪かったんだよ。気にしないでくれ」


 一度立ち上がった先輩は、板書の一つ目の頭にマルを書き加えた。


「まず一つ目。これはわかりやすいんじゃないかな。前書きや後書きで近況報告をするのは、そもそも必要ではない」

「はい」

「で、なぜ特にネット小説では要らないのかというと、基本的にネット小説は更新速度が商業作品より早いためだ。まあ、人によっちゃプロ作家でも月刊北方(※4)みたいな例もあるから、ネット小説より早いってこともあるけどさ、普通は三ヶ月や四ヶ月は空くだろう。年単位で空くことも珍しくない。それなら近況報告も意味がある。間が空いたと思ってたら、大病していた、ってこともあるしね」

「ふむふむ」

「振り返って、ネット小説だと、毎日更新ってのも珍しくない。そのたびにコメントする必要は、まったくもってない」


 力を込めて先輩は断言した。

 そんなに力強く言わんでも。本当に好きじゃないんだな、先輩。


「ちょっと考えてみてもらいたいんだけど、文庫本の十ページごとに『ここまではプロローグでした』だとか、『次からは初戦闘です』だとか、あるいは『期末テストがあって遅くなりました、ごめんなさい』なんて書いてあったらどう思う?」

「あ、なるほど」


 それはわかりやすい。そう考えるとかなりイヤだな。


「物語が終わりました。だから後書き、ってならわかるし、長編を始める前に前書き、ってのもいい。ただ、作品の途中に過ぎない一回一回の更新で、そのたびにコメントをするってのは目に余るよ」

「完結した作品を読むときなんて、邪魔になりますもんね」

「そうそう。良いところを突くな。そりゃ一回ずつ更新を追いかけてるならその手のコメントも悪くない。むしろリアルタイムの感があっていい。でも、これから読もうって全百話の長編に二百個のコメントがあったら、そりゃうんざりもするさ」


 なるほどね。

 百話中二百個って、もはや小説なのかエッセイなのか定かでないレベルである。それはちょっとね。

 この場合、イヤなら読み飛ばせばいい、という考えもあるだろうけど、それはあくまで読者サイドの話であって、作者サイドが言い出すことではない、と先輩なら言いそうだ。


「いつも題材にしているこの投稿サイト(※5)では、活動報告という機能がある。だから、なおさら不要だな。述べたいことがあるならこちらを使えばいい。前書き、後書きは日記じゃないんだ」

「それこそ、ツイッターか何かを使って言ってもいいですしね」

「そうだな。更新の有無をツイートしている人も少なくないしな。それで構わないと思うよ」


 わたしは頷いた。だいたい話は理解したよ。

 先輩は席に戻って片肘を突く。


「そもそも商業作品の後書きなんて、ページ調整用でもあるわけだから。好き勝手に書いてるわけじゃない。作家としての仕事の範疇なんだよ」

「むしろ嫌がってる作者さんもいますしね。十何ページもナニ書けばいいんだよ、って」

「そうだな。それに、投稿サイトの作者はあくまでアマチュア。プロとは違う。有名人じゃないんだ。有名人の私生活に興味を持つ人はいるだろうけど、アマチュア作家の私生活はわりとどうでもいい」

「わたしも、先輩のおじさんの私生活に興味なんてないですしね」

「ひとのおじさんを引き合いに出さないでくれ。あの人、良いお客さんなんだから」


 お客さん? ああ、バイト先のバーのですか。お得意さんの悪口を言うなって、経営目線で話をするんですね、先輩。

 ちょっとぶすっとした先輩に、わたしは「めんごめんご」と謝って(あくまで先日の先輩の真似である。おっさんくさいのはわたしのせいではない)、話を促した。


「こうなってくれば、二つ目もわかりやすいだろう」


 と、席を立って「前書き、後書きはあくまで作品の範疇である」の頭にマルを付ける先輩。わざわざごくろうさまです。


「今回は除外しているが、解説はこちらに分類されるものだ。微妙な場合も少なくないが、作品をより深く楽しめる良い解説も少なくない。金もらってるプロの仕事なんだから、当たり前といえば当たり前なんだが」

「わたし、解説ってあんまり印象にないんですけど、先輩的に良い感じの解説ってあります?」

「なら、第一号は今日貸すことになるな」


 ああ、なるほど、児玉清さんの解説良かったんですね。ますます楽しみになってきた。わくわくしてきたぞ。


「他に例を挙げるなら、そうだな、宮城谷昌光先生の短編集で『玉人』なんて良いぞ。作家の宮部みゆきさんが解説しているが、ミステリー作家らしい視点でネタバレを避けて明快に読み解いている。短編集なんだけど、この解説はもう一度じっくり各短編を読み直したくなる良い解説だ」

「その本、貸してもらえますよね」

「宮城谷先生の布教に否やはないさ」


 布教て。ああ、そういえば、先輩は宮城谷昌光さんに傾倒しているんだっけか。

 わたし、歴史物はあんまり得意じゃないんで、写真を題材にした現代物(※6)を一冊読ませてもらったくらいなんだけど。これを機に挑戦してみようかな。


「他には、直木賞を取った『夏姫春秋』もいいな。詳細に読み解いて、全体像へと一つの視点を導入している。その視点に同感しても、そうでなくても、面白いところだ」

「そっちも予約をお願いします」

「……うーん。正直、宮城谷先生の古代中国物なら他からの方がいいんだが、まあ、君なら大丈夫か」


 どうも順番にこだわりがあるようで。まあ、好きな作家なら「この作品から読んで!」という順番があるのは、わりとよくあることである。ヘタな作品から入られて拒否られたらショックだしね。

 でも、貸してください。わたしは読みたい本から読みたいんです。


「とにかく、こうした解説に見られるように、前書きや後書きは作品そのものに寄与するものでなくてはならない。読後感ぶちこわしの後書きなんて、本当によろしくない代物だ」

「『スレイヤーズ!』の原作キャラと作者の掛け合いなんて最低最悪だと」

「そんなことは言ってない。あれは芸風だろ。ただ、素人が真似すると大ヤケドする類だから、ネット小説では鬼門中の鬼門だが」


 ああ、あれ、ネットで真似する人いるんだ……。

 作者が襲われる暴力オチなんていまからすればかなり寒いネタだけど、あれをやっちゃうの、勇気あるな。よっぽどギャグセンスに自信がないとできそうにない。


「繰り返し言うが、作品が完結してからの後書きは自由で構わないんだよ。もう物語は終わってるんだから、ちょっとくらいの逸脱は問題ない。執筆のためのファミレス通いを自虐するぐらいどんとこいだ」

「なんでしたっけ、なんかありましたよね、それ」

「結構な作家さんが言ってるが、そうだな、たとえば君が好きな東雲さんの後書きもそうだよ」(※7)


 ああ! そうだった、そうだった。

 先輩から借りて、そのあと自分でも買い直した数少ないライトノベルである。なぜ忘れていた。逆に自分に問いたい。まあ、答えは簡単、後書きをおまけ扱いしてるからだろうけどね。

 そうそう、確か、ジョナサン(ひょっとするとジョリーパスタかもしれない)で若いカップルのいちゃいちゃを書かねばならない苦行を語っておいでだった。


「ネット小説でも同じく、最後の最後でならテーマなり創作動機なり続編の有無なり、自由に語って構わないと思うよ。執筆生活の苦労も自由の範疇だ。読者も読み終えたあと、いわばマラソンのあとのダウンの状態で読んでいるから、細かなことは気にならない。むしろそっちが楽しみという人もいるだろう」

「立ち読みするとき、後書きから読む人、いますもんね」

「あんまり行儀の良いものじゃないけどな」


 それは確かに。


「ひるがえって、連載中のネット小説で前書きや後書きを書く場合は、よくよく気をつけなくちゃいけない。あくまで途中なんだから」

「ですよね」

「書くのなら、細かいギミックを示唆するようなコメントや、たとえば新しい章に突入したならさっと中身に触れるだとか、あくまで作品をよりわかりやすくするものであるべきだ」(※8)

「『べきだ』論ですか」

「原則論だからな。たまーに、読後感台無しなのに腹抱えるほど笑える後書きってあるしな」


 うわ、それは扱いに困る。

 セオリーを無視していても、結局、面白ければそれでいいってのは一つの真理だけども。それを言っちゃあおしまいだよね。古典部的には。


「あくまで大事なのは小説だ。これは読者にとってもそうだけど、他の誰よりも作者にとってそうだろう」

「違いないですね」

「せっかく書いた小説を台無しにしないためにも、前書き、後書きは慎みを持って書くべきだ。その上で、板書した二つのポイントは押さえておくべきだろうな」




2.


 話も一段落したところで、お茶を入れて一服。冷房で冷えた体に、熱いお茶が染み渡る。うまいねぇ。


「そういえば、いまさらですけどこのお茶って勝手に飲んでいいんですか?」

「勝手にというか、茶っ葉自体は部の予算で買ってるものだよ。ケトルなんかは備え付けだけど」

「あれ、そうだったんですか?」


 部外者のわたしがガパガパ飲んでしまってるんだけど(っていうか、勝手に入れちゃったりもしてるわけだけど)、いいんだろうか。

 先輩は「茶葉を古くしても仕方ないだろ」と気にしていない様子である。

 聞くところによると、どうもむしろ予算が余り気味らしい。そこそこ本格的な茶菓子くらい買っても問題ないくらいには余裕があるんだって。一人でお菓子食っててもしょうがないから、先輩は買ってないそうだけど。


「いったい、どこからそんな予算が……」

「いろいろあるけど、施設維持費みたいなもんだな」

「施設維持費?」

「図書室としては、この部屋、持て余してるんだよ」


 先輩が語るには、この部屋の管理・清掃をする代わりに、図書室側から微妙に働きかけてもらってちょびっと予算に色をつけてもらってるのだとか。

 そもそも部活で使うに当たって、そういう余り部屋を狙ったわけで、そのへんの折衝は当初から計算されたものらしい。


「まあ、見事に死に予算になってるから、返納してるけどな」

「うーん。でも、真面目に資料を集めようと思ったら、予算は入り用ですもんね。そのへん、ゆるい部活のわりにきっちりしてるんですね。意外です」

「仕事はきっちりやる主義なんだ」


 あ、先輩が折衝担当でしたか。なら意外でもないか。人数合わせで参加したわりに、真面目なことです、おつかれさまです。


「あれ、でも、掃除なんてしてましたっけ?」

「来たときか帰るときにサッとやってるよ」

「……あれ? 見たことないんですけど」

「君は真面目だからな。見たら手伝うと言うだろう。それはちょっとな。部外者の手を煩わせるのもナンだろ」


 わたしは目をぱちくりとさせた。そんな、水くさい。


「わたし、お茶も飲んでますし、参加してますから。掃除ぐらいしますよ。言ってくださいよ、それくらい」

「ほら、そう言う」

「むむっ」

「お客さんの君にそこまでさせられないから隠してたんだ」

「それは立派な心がけですけど、気にしすぎですって」


 先輩はパンパンと、軽く手を打ち鳴らした。


「この話はとりあえずここまで。話を戻そうか」

「えー」

「前書きと後書きの話が終わってないから。このままじゃ、あっという間に下校時間だ」

「……わかりました。続けてください」


 納得いかないけど、今日は始めに「先輩の判断に文句はつけない」と言っちゃってるし。ここはとりあえず引いておこう。

 でも納得いかないから、むーっと先輩をにらむ。


「にらまないにらまない。それじゃあ、話を戻そうか」

「もうだいたい話は終わったと思うんですけど」

「さっきの、どの点を気にすべきか、という話は終わったよ。次は、実際にはどうすべきか、という話に移る」

「ああ、対案ですか」


 理念や理論を先に論じておいて、実際にどうすべきかを後で話す、先輩お得意のパターンである。そうだよね、ただ「気をつけましょう」とだけ言われても、困るしね。


「もっとも簡単な対応策は、そもそも前書きや後書きを書かないことだ」

「それはどうかと思いますが」

「そうか? 作品については作品で語る。それ以外は黙して語らず。わりとポピュラーな考え方だと思うけど」


 うーむ。そう言われれば確かにそうなんだけどね。

 作品外であれこれ言うのって、本来邪道には違いないし。


「ただ、なんの音沙汰もなく連載が停止したりすると、読者がヤキモキすることになる。節々でコメントするくらいがちょうどいい。ただ、それだって、前書きや後書きではなくて、活動報告でアナウンスすればいい話だしな」

「なるほど、それなら確かに『そもそも書かない』で構わないわけですね」

「ちょっと極論じみてるけどな」


 じみてると言うか、完全に極論です。

 そもそもやらなきゃいい、というのは結構な暴論だろう。


「次に挙げるのは『私的なことは書かない』というパターンだ」

「ああ、完全に作品についてだけ語ると」

「何より問題なのは、作品とまったく関係ない話を長々としている場合だよ。そこにアマチュア的な甘えがある。なあなあと言うかな、ある種のなれなれしさがある。日記的な内容は戒めるべきだ」

「読者はおまえの友達じゃないんだよ、ってわけですか」

「そうそう。店員がお客さんにタメ口きくようなもんだな」


 なるほど。そこんところ、公私ははっきりつけるべきだというわけか。

 にしても先輩は、アマチュア的な甘えを本当に嫌ってるなあ。良い作品を作る上で、その手の甘えは邪魔だと思ってるんだろうね。


「たとえば、作品を書き上げて、そのまま上げるとしよう」

「はい。先輩がいけ好かないパターンですね」

「いけ好かないって、まあ、そうだけどさ……」


 と言いよどむ先輩。すいません、表現が悪すぎました。


「なんにせよ、その場合、おそらく書き上げた高揚感のようなものがあるのだろう。その気持ちでそのまま後書きを書くと、よろしくない文章になってしまう。そういうことがあるんじゃないかと思うんだよ」

「ふむふむ」

「酔った勢いでツイートして自爆する芸能人とか、いるだろ? やっぱり、冷静になってみたら『これはないな』ってコメントをしてしまったりするんだよ、人間は。気をつけてないとな」

「それはありますね。つい、で言ってしまうこともありますし」


 わたしなんかはそのへん結構おろそかだから、特に気をつけてるんだけどね。


「繰り返しになるが、前書き、後書きまで含めての作品だ。だから、推敲は必要になってくる」

「見直しをちゃんとしろと」

「そう。基本だな。自分の後書きがどんな効果を持つか考えてみるべきだ」


 先輩はうなずき、一つ指を立てた。


「この場合、一つ対応策があるんだ」

「と言いますと」

「後書きではなく、前書きでコメントする。これで若干、マシになるんじゃないかな」

「その心は?」

「いや、何も掛けてないんだが……まあ、つまり、前書きなら内容についてコメントしづらいし、長々と書きづらいだろう。少なくとも、スクロールが必要な前書きなんて滅多に見ないしな」

「ふむふむ。短く済ませられると」

「内容について触れるなら、大雑把な点しか触れようがない。ネタバレになるからな。簡潔なあらすじ程度にならざるを得ない」

「なるほど。道理ですね」


 わたしのうなずきに、先輩もうなずきを返してから、さらに付け加えた。


「それに、前書きに書く利点もあるんだ。前書きで内容のチェックができる場合、どこまで読んだかわからなくなった読者に優しい構成になる」

「ああ、ありますね。久しぶりの更新で、どんな話だったか、どこまで読んだかよくわからない作品って」

「そうそう。後書きをチェックするのってスクロールが面倒だし、そもそも後書きにあらすじ的なものがあるかわからないから全体を通して見ないと判断できないだろう。前書きなら、ページを開いてすぐだから」


 なるほど。なかなか大きな利点があるじゃないか。

 新書でも、目次と前書きでだいたいの内容が把握できるものだし、把握できないならあんまり出来の良くない作品だと知れるものだけど、それと同じような機能が期待できるわけか。

 わたしがうなずくと、先輩は話を続けた。いつも理解を待ってくれて、ありがたい話である。


「あとは、前書き、後書きに文字数か行数の制限を置く手も考えられるな」

「長々と書くな、ってことですね」

「そう。フリートークをすると長引く人っているだろ? そういう人は、最初から制限しておけば安心だ。その文字数内で書こうと試行錯誤するなら、よく練られた良い後書きが期待できるしな」

「制限があってこそ、良いものができたりしますもんね」


 短歌のような話だが、制限がないと締まりがなくなるのもまた実際のところだろう。その枠内で、どう当てはめるか。そこに思案の余地がある。

 まあ、よっぽどフリートークの腕に自信がある人なら別だろうけど。


「最初から節度を持って書いているなら、こうした制限は必要ないだろう。ただ、ある種の基準が自分の中にないうちは、ある程度の制限があった方がやりやすいのもまた事実だ」

「真っ白なキャンバスではなく、塗り絵から、ってわけですね」

「そうそう。いくつか制限の仕方を挙げてみたが、どれが合っているかはその人次第だろうな。作品について、わかりづらいだろうところを丁寧に伝えようとして長くなる人は、文字数に制限を。ついついグチっぽくなってしまう人は、私的なことを書かない制限を、という寸法だな」

「なるほど。わかりやすいですね」


 先輩はちょっとだけ目を細めて「ありがとう」と返してきた。あ、ちょっと恥ずかしそうだな。

 それを隠すかのように、少しだけ口早に先輩は話を進めた。


「他のパターンも少し洗ってみようか」

「他のパターン、ですか?」

「たとえば、マンガでなら『エマ』や『ジゼル・アラン』、ライトノベルなら『のうりん』なんかに見られるパターンだが、話の終わりにもう一つシーンを追加するパターンがある」

「ああ、ありますね」

「後書きのスペースは後書きのためのものなんだから、邪道だが、一つここにシーンを加えてみるのも面白いと思うよ。本編では描き切れなかった会話やエピソードを入れたり、綺麗に落ちてる物語にちょっと笑いを加えたり、使いどころはある。『のうりん』の場合は次への引きを後書きの後に入れているんだけど、こういう形も一つの手だろう。あるいは、次回予告風の煽りを入れてみたり、なんてのも悪くない」


 確かに邪道である。ただ、一つのパターンとしては面白いところだろう。


「他に、『はがない』ではど頭に印象的な台詞を入れている巻があるが(※9)、前書きも上手く使えば物語に深みを加えることができる。印象的なプロローグを置いてみるだとか、このへんはいろいろ挑戦してみても面白いだろう」

「どんな効果を持つか考えるべき、って先輩言ってましたけど、消極的な意味でなくて、積極的な意味で効果を狙っていくのもアリなんですね」

「アリもアリ、大アリだな。東雲さんの作中作(※10)もそうだが、作品にそうしたギミックを取り入れるのは面白いと思うよ」


 先輩、この手の小技が好きなんだな。わたしも好きだけど、あんまり凝りすぎるのも考え物だろうとも思う。

 あくまでギミックとして取り入れるから面白いのであって、作品が作品として面白くなければ役に立たないと思うのだ。そこは、小技は小技として、重きをどこに置くか、念頭に置いておくべきだと思う。


「他には、『鋼の錬金術師』や『東京喰鬼』で見られるような、巻末の四コママンガみたいなパターンもありえるだろう」

「わたし、どっちも読んでないんですけど、どんなものなんですか?」

「ハードなストーリー展開とバランスを取ってるんだろうけど、徹底してギャグだな。本編のキャラをいじったり、過去を掘り下げたりしながら笑いを誘ってる」

「ふむふむ」

「読後感を乱す恐れもあるが、緊張と緩和は笑いの基本だ。シリアスなストーリーで凝った体を、ちょっとしたギャグでほぐすのも悪くないと思う」


 そう聞くと、読んでみたくなるなあ。「東京喰鬼」なんて前にも話に出てたし、借りてみようかな。

 え、グロいからお勧めしない? 結構な拷問シーンもあるんですか……よし、やめておこう。


「さるネット小説では、感動的な結末と、それに相反する強烈な後書きギャグが読者の間で賛否両論になったこともある。ネット小説では結構難しい手法だけど、挑戦してみてもいいんじゃないかな」

「先輩はそうした挑戦がお好きなんですね」

「好きだよ。いま言った該当シーンでも、腹抱えて笑ったさ」


 即答である。ずいぶん印象深いシーンだったんだろうね。


「後味の悪い展開も、長編小説ならどうしても出てきてしまうし、そういう鬱々とした回でも笑いで口直しをする。ユーザビリティに則った、良い手法だよ。本当にお勧めだ」

「ギャグのセンスを要求されますけどね」

「そこは、まあ、仕方ない。ギャグセンスがないのなら、それはそれで修行だと思えばいい」


 それ、なんか、本編より後書きで苦労する作者が出てきそうな気が。

 後書きのギャグが思いつかないので更新が止まってました、なんて言われたら読者としては笑うに笑えないと思うんだけど。


「こういう、意欲的な利用法もある。いろいろと制限するような話もしたが、作品をより良くするためのアイディアに挑戦してみるのもいいだろうね」

「先輩としては、意味もなく前書き、後書きを浪費するのがダメだと思うわけですね」


 突いていた頬杖から顔を上げて、先輩は目を見開いた。


「君は本当に察しがいい。そう、それが言いたかったんだ」




3.


 話が終わったが、ここからが本当の戦いである。


「さて、先輩」

「なんだ」

「掃除しましょう!」


 ピッカピカにしてやろうじゃないか。徹底的に駆逐してやるぞ、ホコリどもよ。

 わたしは、結構掃除好きでしてね。家庭的な女なのだ。


「……だから、な」

「掃除道具はどこですか? 掃き掃除をするなら、まずは机を動かして……そうなると二人ではきついですね。じゃあせめてイスを上げますか!」


 今日はそのへんで勘弁しておいてやろう。だが、見てな。時間を見繕って、徹底的にやってやる。


「なんだったら、わたし、ジャージに着替えてきますけど、どうします?」

「……いや、うん、もういいや。そこまでしなくていいから、悪いけどまずはお茶の処理してくれるかな」


 ふふふ。先輩め、茶碗を洗ってる間に手早く済ませるつもりなんだろうが、そうはいきませんよ。ダッシュで洗ってきてあげましょう。

 あ、ダッシュはまずいか。落としたら大変だし。部の備品だしね。なら、できうるかぎり手早く洗ってきてあげましょう。最高のわたしを見せてあげますよ。(※11)

 さあ、全部お盆に載ったな。すたこらさっさだぜ。




 というわけで、今日はそこそこ満足のいくくらい掃除ができた。いい汗かいたな、わたし。

 いつか、徹底的にもう、ピッカピカになるくらいまで綺麗にしてやろうと思う。待ってろよ、図書予備室。


 わたしによるネタ・元ネタ解説。


※1

 改めて指摘しておくが、米澤穂信・著の「古典部」シリーズに出てくる千反田えるの著名な台詞が元ネタである。

 マンガ版を見ていると、この台詞が飛び出すシーンは花が飛んだりといろいろ演出されていて楽しい。


※2

 俗に、楽譜は汚せば汚しただけ上手くなるという考えがある。

 しょせんは俗説だけど、楽譜に書き込みを入れるのは当然の考えである。

 初演だと、作曲家からの口頭での指示や変更があったりもするしね。


※3

 「バスタード」では、本当によくある後書きである。


※4

 本当に月刊していた頃に、作家・北方謙三さんは月刊北方と業界で呼ばれていたのだとか。

 ピークの頃の故・栗本薫さんや、いまなら高橋由太さんなんかは同類だろう。刊行ペースが本当に早い早い。


※5

 いつもながら、ノベルライターにビカムしよう的なサイトの話である。


※6

 宮城谷昌光・著の「海辺の小さな町」のこと。

 ある青年の大学生活を描いた作品で、写真雑誌に連載されていたらしく、写真がテーマになっている。

 写真の素人であるわたしにも面白かったし、描写が本当に美しくて、結末の美しさはなかなかのものである。

 先輩から借りた本の中でも、お気に入りの一冊だ。


※7

 森橋ビンゴさんの「東雲侑子は短編小説を愛している」から始まる三部作の話。

 先輩が言うには、特に三巻目の「東雲侑子はすべての小説を愛している」の後書きが素晴らしいのだとか。

 解説としても機能しているし、読後感を壊さない程度に冗談を交えて書く書き方は後書きの見本のようだ、とかなんとか。

 わたし、後書きにはそこまでこだわりないから、ちょっとピンとこないけどね。


※8

 これについては、ウスバーさんの「この世界がゲームだと俺だけが知っている」が上手い。

 先輩の紹介で書籍もネット版もどちらも読んでいるが、ネット版の優れた点だと思う。

 時折、本当にギミックが理解できてないから、助かるのだ。


※9

 はがないこと『僕は友達が少ない』の7巻のこと。

 志熊理科の意味深な台詞が、ぽつんと置かれている。あの手のギミックは上手いところだ。


※10

 ※7でも出てきた東雲さんだが、この作品は章の切れ目ごとに、ヒロインの書いた小説が挿入されている。

 この小説によって、読者はヒロインの心情を読み解くことができて、なかなか面白い構成なのだ。

 ※7で触れた三巻の後書きでは、その作中作がどういう狙いで書かれたものかもバラしてあって、これまた面白いところだろう。


※11

 わたし、よくは知らないんだけど、先輩が言うにはレアル・マドリーってチームのベンゼマってサッカー選手が言ってたフレーズらしい。

 そのおかげで彼は最高さんと呼ばれているのだとか。

 先輩によると、フラグらしいけど。なんのフラグなんだろ?


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