No,4 放課後
授業はとっくに終わってたから坂井と寄り道して帰った。
コンビニに本屋に買い食い。学校を出たのは早かったものの家に着くころには時計の針は6時をまわっていた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
出迎えてくれたのはエプロン姿の女子。
「椎名? 帰ってたんだ」
「今日は五時間で終わったから」
せっかくだから家のお手伝いしようと思って、と続けてはにかむ。同学年だしオレだって五時間授業だったんだけどというツッコミはなしにしておく。
「てっきり部活かと思ってた」
「始まるのが早かったから終わるのも早かったの」
帰宅部のオレとは違い椎名は部活に入っている。部活は一通り見て回ったけど、めんどくさそうだったので結局パス。そのままずるずると帰宅部確定。
「頭、こぶができてるみたい。どこかにぶつけたの?」
心配そうな顔の義姉になんでもないと笑って返す。まさかバスケやってて顔面にボールくらいましたなんて言えない。
「お父さんとお母さん帰るのが遅くなるって言ったから今日は私が夕飯作るね。シチューだけど食べれる?」
「いーよ。じゃあオレ上行ってるから」
できたら呼びにいくねという椎名の声を聞きながら二階の自室へ足をはこんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
キーン、キーン!
「よっしゃ!」
コントローラー片手に握りこぶし。
今やってるのはとあるゲーム機のRPG。最近買ったばっかで頑張ってはいるものの敵が強くてなかなかクリアできない。現在のレベルは23。
もうちょっとで中ボスのところにいけるな。でもこの時間帯でこのレベルってことは、やっぱもうちょっとレベル上げ必要か――なんてことを考えてると、ドアをノックする音がした。
「わ、ちょっと待って!」
慌てて部屋を片付ける。こういう時、物がない部屋ってほんと助かる。
「どーぞ」
入ってきたのはエプロンをはずし私服に着替えた椎名だった。
「シチューできたよ」
「わかった。あとから行く」
ゲームをセーブ画面に変える。ボタンを押して電源を切ろうとすると。
「どーかした?」
姉がテレビの画面を珍しそうに見ていた。なぜオレの部屋にテレビがあるかというと再婚の際に新しいテレビを買い換えたから。小型でもまだ使えるし捨てるくらいならオレにくれと父親に頼み込んで勝ち取った代物だ。男ならまだしも女子には珍しいものになるのかも。
「RPG……っていってもわかんないか。要するに自分が主人公になって別世界で冒険したつもりになるゲーム。CMテレビでやってたんだけど見たことない?」
「あ、もしかして昨日テレビでやってた?」
「そ。よく知ってたな」
「その曲が耳に残ってて」
椎名は『そうかー。これだったんだ』とひとしきり感心している。 そーいうもんなのか? けどなんか意外。椎名ってこーいうゲームなんかにはまったく興味なさそうってかんじだったから。
「なんだかおもしろそう」
「だろ? 簡単なの貸すから今度やってみなよ」
この調子なら対戦ゲームとかやれそうだ。話題のひとつくらいにはなるかも。そう思って呼びかけると椎名の視線は別の方に向いていた。
「椎名?」
さっきまでの好奇心めいた表情とはうって変わって何故だか思いつめたような顔をしている。しばらくすると椎名は真面目な顔で訊いてきた。
「もし……もしもだよ? こんなゲームみたいな場所にいけるとしたら、昇くんは行ってみたい?」
……はい?
「なんとなく思ったの。そんなに深く考えなくていいから」
普通なら『何言ってんだこいつ』なんて思うとこだけど相手が相手だったからつい真剣に考えてしまった。
目をつぶり腕を組んで。
考えること約三分。
「そうだなー。……行ってみたいな。観光なら」
それがオレの出した結論だった。
「観光?」
「うん。知らないところとか不思議な場所。魔法なんていうのも一度生で見てみたいし。
でも、そーいうのって大抵『悪い親玉を倒すために召喚された勇者』ってかんじだろ? オレはそんな苦労なんかしたくない。第一、そういう主人公にお決まりの正義感とか熱血とか持ち合わせてないし」
「でも、昇くん優しいよ」
「かいかぶりすぎだって」
見れるもんなら見てみたいって気持ちは確かにある。けど危険を冒してまで行きたいかと聞かれれば話は別。
「仮に別世界なんてものがあったとしても、さ。わざわざそんないい加減な奴を呼び出すって奇特な奴はいないよ」
もしいたらお目にかかってみたいもんだ。その前に行くことすら無理だろーけど。
「……そう、だよね。それが普通なんだよね」
一言ずつかみしめるようにつぶやく。オレの答えが満足いくものじゃなかったんだろうか。
「椎名?」
「なんでもない。早く食べよう。シチューさめちゃうよ」
それだけ言うと階段を下りていく。その後姿が妙にさみしげで、なんだか後ろめたい気持ちになってくる。
「椎名!」
呼び止めて、振り向きざまに漫画本を投げる。落とすかと思ったけどなんなく受け止める。もしかしてオレより反射神経いいのでは。そんなことを脳裏に思い浮かべるも今は気にしないことにする。
「それ貸すよ。気にいったら言って。続きあるから」
椎名は本を大事そうに抱えると嬉しそうに言った。
「ありがとう!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
椎名って変わったよな。シチューを食べ終え再びゲームをやりながら、ふと考える。
中学のころは同じクラスだったけど、どっちかっていうと大人しい、言い方を変えれば暗かった。なんとなく近寄りがたい雰囲気もあったし。それが一緒に暮らすようになって明るくなって――よく笑うようになった。可愛くなった。坂井じゃないけどオレって幸せ者なのかもしれない。
「これもある意味一つの冒険じゃないのか?」
誰にでもなくそうつぶやいてみる。が、とっさに頭をふって打ち消す。
……バカらしい。一体何考えてんだ、オレ。
そんな空想に浸っていたのが悪かったのか。
「あああーーーーっ!」
テレビ画面にはとっくに『GAME OVER』の文字が表示されていた。やっぱりレベルが低かったのか?
目覚まし時計の時間は10時をまわっていた。区切りもいいし今日はこのへんにしとくか。
テレビの電源を切り、テレビ台の下へゲーム機を片付けようとして。
「ん?」
足の裏に違和感を感じた。何か踏みつけたような感触に足をどけてほこりを払い、すみずみまで観察する。やっぱり踏みつけてたみたいだ。
オレが踏みつけたもの、それは小さなペンダントだった。
銀色の鎖に青の球体。中には女の人の肖像画らしきものが彫られている。どうやら壊れてはいないみたいだ。
「椎名のかな?」
女物っぽいから母さんのものだって可能性もあるけど。まあ明日でもいいか。
もう一度汚れを拭きとるとズボンのポケットにつっこむ。
今日はなんか疲れた。学校でと夢の中でと二倍苦労したってかんじだ。
本当は風呂に入って寝るつもりだったけど、疲れたからパス。着替えることもなくベッドにうつぶせになる。
そしてそのまま夢の中へ――