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EVER GREEN  作者: 香澄かざな
第一章「出会いと旅立ち」
3/22

No,2 学校

 鼻歌を歌いつつ卵を割る。コショウをひとふり、程よく半熟になったところでひっくり返して皿に盛る。

「昇くん、味噌汁できたよ」

「こっちもできた。二人呼んできてくれる?」

「うん」

 オレの親父と椎名の母さんが無事再婚してはや二週間。引っ越し作業も無事終わり入学式も一週間前に終わった。『母親らしいことはさせてね』とお弁当は椎名のお母さん――母さんが作ってくれることに。とはいえかあさんも仕事で忙しいから自分達でできることはやっていこうと朝ごはんを手伝うことに。ちなみに今日の朝食はハムエッグと味噌汁にご飯。本当はオレ一人で作るつもりだったけど椎名が手伝ってくれたからいつもより早い時間にできあがった。

「お父さん、お母さーん、朝ごはんできたよ」

 椎名が呼びかけると父親と母さんがあわただしく下りてくる。父親は『一家四人を養ってるんだ。少しくらい寝かしてくれ』と家事を手伝ったことはほとんどない。再婚前はどうしてたかというと、主にオレがやってた。

「もうちょっとしたら来るみたい」

 そう言ってエプロンをはずす元同級生兼姉。エプロンの下は制服に着替え済みだ。

 なんだかなー。一つ屋根の下でこうして朝ご飯を作るという行為がものすっごく不思議だ。こーいうのを棚からぼた餅とかひょうたんからこまとかいうんだろーか。

 今日は四月十八日。新しい高校にもようやくなれ、入学式の頃には満開だった桜も今ではもう散り始めている。

 オレのプロフィールは以上。強いて言えば、最近追加されたことが一つ。

「今日のご飯おいしかったよ。椎名って料理上手いな」

「ありがとう」

 そう微笑んだ椎名の頭を母さんが軽く小突く。

「あんまりつけあがるんじゃないの。味噌汁の作り方だって、わたしが――」

「行ってきます! 昇くん早く!」

「あ、おい椎名待てって!」

 まだ時間に余裕はあるのに、通学用にしているスポーツバックを持つと慌てて家を出た。

「母さん何か言いかけてたみたいだったけど」

「気のせいだよ」

 家から学校への道は徒歩五分。自転車を準備するのも面倒だからたいてい歩いて通っている。

 椎名。本名椎名まりい。

 親父と母さん――椎名のお母さんが再婚してもう一ヶ月たとうというのにもかかわらず、これだけはまだなれない。

 だいたい今までクラスメイトで『椎名』で通してきたのに一体なんて呼べばいいんだ? 『姉貴』って呼ぶのもなんだかなー。かと言っていつまでたっても昔の苗字で呼んでちゃ変だろーし。

「昨日お母さんに味噌汁の作り方教えてもらったんだ。だからうまくできたかどうか心配だったの」

「それって……」

 ふと立ち止まり、考えこむ。

「もしかして椎名って料理作ったことない?」

「違う違うっ! 朝食を作るのが初めてだったの。今まで夕飯しか作ったことがなかったから」

 首をしきりに、ついでに両手をぶんぶんふってのリアクション。高校生なら料理がしっかりできる方が珍しいだろーし、何もそんなに否定しなくても。

「……おいしかった?」

 首をふるのをやめると椎名は上目遣いでオレを見上げた。

「うん」

「ほんとに?」

「ほんとほんと」

 大根とわかめの味噌汁だったけど、初めてにしては十分だ。

「よかったぁ」

 安心したように義姉がふわりと笑う。はっきし言って攻撃力は桁外れだ。

 最近になって追加されたこと。それは、同じ歳の可愛いお姉さんができたこと。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ほどなくして学校に無事到着。二人そろって地元の県立高校――楠木くすのき高校の一年生だ。オレは6組で椎名は2組。クラスが一緒じゃなくてよかった。周りに何言われるかわかったもんじゃない。

「昇くん」

 靴をはきかえて、自分の教室がある二階へあがろうとする途中、椎名が声をかけてきた。

「あの……」

 椎名はひとしきりもじもじさせたあと、(多分そうだろう)やや気恥ずかしそうに(はずだ、多分)こう言った。

「『まりい』でいいよ」

「は?」

「わたしだけ『昇くん』じゃ悪いもん。姉弟になったんだから、ね」

 義姉の思わぬ発言に体が固まってしまう。再婚して家族になって。椎名の母親は、なけなしの気力をふりしぼってなんとか『母さん』と呼べるようになった。けど姉になると話は別。一体どうしろと。

「今すぐじゃなくてもいいから。ね」

 半ば呆然と立ち尽くすオレを一人残し義理の姉は足早に去っていった。

 『ね』と言われても。固まりつつ言葉の真相を考えていると。

「昇くーん」

 背後から急に首をしめつけられた。

「朝から二人仲良く登校? 見せつけてくれるねー。こっちはまだ一人だっていうのに、んー?」

「坂井、苦しい。手ぇ放せ」

「おー悪い悪い。つい力んじゃってねー」

 絶対わざとだろーが。

 笑顔でオレの首を絞めてきた茶髪の男は坂井。クラスメートで昔からの友人だったりする。

「今日はたまたま一緒に来ただけだって。オレと椎名が姉弟だってこと知ってるだろ?」

 そう言うと、友人は笑顔のままささやいた。

「もちろん知ってますとも。一年前は赤の他人だったってこともな」

 今度は別の意味でオレが固まる。坂井は小学校からの友達。なぜか高校まで同じでしかも同じクラス。ここまでくるとほとんど腐れ縁といってもいい。

 当然オレや椎名の中学時代も知ってるわけで。

「ばらしちゃおっかなー」

「なっ!?」

「うそうそ。そんなことしてもよけいに空しくなるだけだろ。こんなのは黙ってても自然にばれる」

「……そーだけど」

 人ができてるのかできてないのか。坂井はこーいうやつだ。

「にしても、お前っていつまでたっても『椎名』なのな。いい加減やめたらどーだ?」

 友人の一言に、さっきの姉のセリフを思い浮かべる。


 まりいでいいよ。

 姉弟きょうだいになったんだから。ね。


「どした?」

「さっき、椎名に名前で呼べって言われた」

「それって……」

 坂井はひとしきり考えこんだふりをすると(ふりだろうあれは)肩をポンとたたいた。

「やるのは二人っきりの時だ。わかったな」

「わかるか」

 こいつは何を考えてんだか。そもそも親がいるのにどーやって何をどーしろというんだ。

「いいよなー。可愛いあの子がある日突然お姉さまに。普通どう考えたってありえない状況だろ。

 オレも一度でいいから、そういう幸運に恵まれてみたいよ」

「簡単に言うなよ。これもこれで結構苦労してんだから」

「とかなんとか言って、本当は喜んでるだろ」

「……うん」

 つい正直に答えてしまうのが悲しい。けど普通はそーだろ? これが男の性ってもんだ。

「ということでオレの宿題やっておくよーに」

「なんでそーなる!」

 そんな会話をしつつ、授業が始まる。オレの日常はまさに平和そのものだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 学校行って、授業受けて、弁当食べて。

「よし、こい!」

 昼休みはクラスの何人かとつれだってバスケ。やってる理由はいたって簡単。単に体を動かすのが好きだから。

「大沢いったぞー」 

 友達の一人からボールを受け取る。先回りしていたから周りには誰もいない。

 構えをとってそのままシュート!

 

 ッテンテンテン……。


『…………』

 はずれた。見事に外れた。

「あの至近距離ではずすか?」

「全然かすりもしなかったぞ」

「普通、狙ってもできないよな」

 ヤジがうるさい。

 体を動かすのは好き。けど好きなことと現実とは多少――いや、かなり違う。体力は人並み。運動神経も普通のはずなのに。

「大沢―、もうちっと体鍛えよーなー」

「るせーっ!!」

 運動はそれなりにやってる。太ってて体を動かすのがきついわけでも、病気で激しい運動ができないわけでもない。けど、なかなか思うようにはいかないわけで。運動音痴ではないはずだ。たぶん。

 背だって同年代にしてはそこそこある方。瞬発力はそれなり。

 あとは一体何が足りないんだ? そんなことを考えていると。

「昇、そっちいったぞー」

「へ?」

 ゴガッ!

 ふりむいたのと顔面に鈍い衝撃を受けたのはほぼ同時だった。

「直撃か」

「直撃だな」

「あーらら。見事ストライク」

「普通狙ってもできないよな」

 今度はヤジが倍になった。

「おーい大丈夫かー?」

 見かねた坂井が声をかける。

「よかったな昇。これで一時間はサボれるぞ」

 んなわけねーだろ。そう反論したいけど痛みのせいで声が出せない。

「あっそれじゃオレ付き添う。なんて友達思いなんだオレ」

 しかも意識までうすれてきた。

「おい。本気で大丈夫か?」

「顔面直撃で保健室行き。入学早々いいネタになったな」

 ちっくしょー。人事だと思いやがって。後で絶対とっちめてや……る…………。



 大沢昇、十五歳。

 それは、こんな穏やかな日の出来事だった。

そこそこ手直ししました。ここまでだったら間違いなくラブコメですね(遠い目)。

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