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EVER GREEN  作者: 香澄かざな
第二章 わがままお嬢のお守り役
20/22

No,4 五月十二日の夜

 わからないって――

「どういうことです?」

 極悪人が軽く目をみはる。

「襲われた以前の記憶がない」

 唇をかみしめ悔しそうに告げる女子。それってもしかして。

「記憶喪失!?」

「……前に、あなたと同じこと言った人知ってるわ」

 オレの声にシェリアがジト目で返す。。

「いや、自分が何者かということはわかっているのだが。ここに来る直前の記憶があいまいなのだ」

 なんだ、そーなのか。心配して損した。オレと同じことを言った人ってのにも興味はあるけど。

「では何者なんです?」

 ここぞとばかりにアルベルトが問う。

「どうしました? なにか身にやましいことでも?」

 たたみかけるような声に彼女は沈黙したままで。記憶喪失ではないものの、自分に都合の悪いことには口をつぐむ。なかなかいい性格をしている。

「あのさー。この話は明日にでもしよーよ」

 ラチがあかないので依然睨みあったままの二人の間にわって入る。……これって確かシェリアの役目じゃなかったか?

「何か不都合でも?」

 不満があったのか、極悪人は今度はこっちに標的を変えてきた。

「病み上がりなのにあれこれと質問攻めにしたらかわいそうでしょ。レディーファーストよ。今日はこれでおしまい。そうでしょ? ノボル」

「そーいうこと」

 ついでに言うならレディーファーストって意味を履き違えてるけどな。

「だから、これからしばらく一緒に行動することになると思うけど、それでいいわね?」

 たたみかけるように。今度は公女様がそう言ってオレの方からシェーラさんの方に向き直る。今度は文句を言わない代わりに黙ったままだ。

「口があるならちゃんと答えてよ。何も言わなかったらわからないし、それでいいんだって勝手に判断しちゃうわよ?」

 今度は脅迫かよ。

「もう一度聞くわね。しばらくはアタシ達と一緒に行動する。それでいい?」

 不条理かつ強引な異世界人達の提案に女子はゆっくりと首を縦にふった。

「決まりね!」

「なんかえらく強引だったな」

「いいでしょ?どの道、怪我が治ってないから一人じゃ危険よ。

 ところでシェーラ。あ、こう呼ばせてもらうわね。アタシのこともシェリアでいいから。ここがどこかって聞いてたわよね。ここの地理はわかってる? さっきみたいにだんまりはなしよ」

「……わからない」

 シェリアの気迫に押されたのか、今度は素直に即答する。

「ノボルは?」

「この前アンタ達に教えてもらった以外はさっぱり」

「じゃあ二人とも初心者ってわけね。わかった。アタシがしっかり教えてあげる」

『え』

 ここでオレと彼女、シェーラさんの声がハモる。

「これから旅をするからには最低限の知識は必要よね」

 そう言う公女様の顔は妙にいきいきしている。

「いや、そこまで張り切ることはないんじゃ」

「わたくしもそこまでは」

「遠慮しなくていいのよ。誰だってはじめは初心者なんだから。アルベルトもどう?」

「ありがたい申し出ですが、あいにく用がありまして」

 それじゃ仕方ないかと残念そうな顔に申し訳ありませんと心底すまなさそうな顔をする神官。それが返って怪しさをかもしだしている。

「じゃあさっそく始めるわね。二人共しっかり聞いてるのよ?」

 かくしてシェリア先生による社会科の授業が幕を開けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「だからって、なにも三時間かけて話すことないだろ」

 ため息とともにベッドにダイブする。話は一時間、二時間を軽々と超え、三時間目に突入していた。

『これ以上続けるとシェーラさんが疲れるだろうから』って何とか中断させたものの、最後まで聞いていたら一体何時間かかったことやら。公女様は世話好きらしい。話が終わっても、嫌がる彼女を『話もだけど体を動かすのも大事よね』とか言いながら、それこそ強引に連れ出していった。

「あいつ知ってて逃げ出したんだろーな」

 そう思うと恨めしい。オレも早く逃げ出しときゃよかった。おかげで一日がパーだ。

「もう少し時間ってものを考えろよなー。それじゃなくてもすぐ元の世界に戻らなきゃいけないってのに」

 本人のいない所で愚痴る。ここに来てから独り言が増えたのは気のせいだろーか。

「『元の世界』とはどういう意味だ?」

「前にも言ったろ? 地球だよ地球。アンタ達の言うところの『地の惑星ほし』」

「『地の惑星』!? 本当に実在していたのか!?」

「今さら何言って――」

 答えようとしてベッドから慌てて起き上がる。

「そなたは『地の惑星』、異世界の人間なのか!?」

「……シェーラさん」

 ドアの前に立っていたのは、褐色の肌に緑みがかった金色の髪を持つ長身の美少女だった。

「あ、えーと、今のは、その」

「故郷の話をしていたのだろう?」

「そう、なんすけど」

「黒の髪と目を持った人間は珍しいからな。只者ではないと思っていたが、まさか本当に実在するとは」

 いや、オレにとってはアンタ達の方が異世界人なんですけど。

「あの、その」

 慌てて取り繕うとするものの、いい言葉が思いつかない。なので、正直に理由を話すことにした。

「シェーラさん、この事は誰にも言わないでください」

「なぜだ?」

「なぜって、知られたら後々面倒なことになりそうだし。

 えーと、『異世界の力』とやらを利用しようと悪の秘密結社が襲ってきたり、エイリアンだって変人扱いされたりするかもしれないじゃないですか」

「そういうものなのか?」

「……多分」

 自分で言ってて悲しくなる。今時そんなことする奴なんかいない。

「そなたは『異界の力』とやらを持っているのか?」

 痛いところをつかれオレの方がおし黙ってしまう。

「全然。しいて言うなら戦闘には全く役に立たない素質がどーのこうのって言われたことがありますけど」

「……そうか」

 シェーラさんがつぶやく。気のせいか、ガックリと肩を落としているようにも見える。

(確かに敵に襲われるのは得策ではないな)

 小さなつぶやきはオレの耳に入ることはなく。

「わかった。誰にも話さない。それでいいのだな?」

「ありがとうございます」

 ほっと安堵のため息をつく。余計な苦労は背負いこまないにかぎる。

「そう言えば、何でここに戻って来たんですか?」

 シェリアと一緒のほうが女同士で話しやすかったんじゃないかと尋ねると、眉根を寄せて返された。

「あのままだと別の話につき合わされそうだったからな。あの者の話はもう飽きた。しばらく休みたい」

 本当にうんざりした口調だ。どうやらシェリアの話にうんざりしたのはオレだけじゃなかったらしい。そう考えると少しだけ親近感がわいた。

(それに、そなたの方が何かと都合がよいからな)

 こっちのつぶやきもオレの耳に届くことはなく。

「わたくしはもう寝る」

 そう言って、翡翠色の瞳の女子は数時間前まで眠っていた場所に再び横になった。

「シェリアもそんなに悪い奴じゃないですよ。多少は口うるさいかもしれないけど」

 後が怖いので慌ててフォローを入れる。 けど返事は一向に返ってこなかった。

「シェーラさん?」

「…………」

 寝てる。

「もしもーし」

 呼んでみるけど返事はない。本当に疲れてたんだな。

 仕方ないので毛布をかける。ついでに顔をのぞいてみる。閉じられたまつ毛は長く、疲労の跡は見られるものの、こうしてみるとやはり美人の部類に入る。やっぱ綺麗な人だよな。性格に難ありだけど。

「……ん」

 ふと顔を近づけようとして、やめる。何を考えてたのかは聞かないよーに。

「男のいる部屋に堂々と入って寝るなよなー」

 そう呟いたところで返事が返ってくるでもない。

「……勉強しよ」

 なにか釈然としないものを感じつつも、持ってきた教科書を開く。

 五月十二日の夜は、こんなふうに過ぎていった。

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