No,3 お嬢の目覚め
「ふああーっ」
いつものごとく、異世界のどことも知れないベッドの上で目を覚ます。眠い。とてつもなく眠い。まぁ当たり前か、さっき寝たばっかなんだから。
「おそよー。よく眠れた?」
そんでもって、いつものごとくシェリアが声をかけてくる。
「さっきまで勉強してたんだ。眠れるわけないって」
ん?
「『おそよー』って何?」
「ノボル、お昼にしか目、覚まさないじゃない」
「無理言うなって」
そう言って苦笑する。
オレがこっち、空都で目覚めるのは地球で眠りについた時。逆に地球で起きている──学校に行っている時は眠っていることになる。だから空都では昼前でも、地球ではまだ夜にさしかかったばかり。誰が夜の七時や八時に眠れるかっての。
「で、あの人は?」
「あなたの隣」
「隣!?」
慌ててベッドから飛びのく。確かに隣のベッドには『あの人』が眠っていた。
「よっぽど疲れてたみたいね」
公女様が苦笑する。『あの人』っていうのは他でもない、オレ達が昨日助けた女子のこと。
さすがに五人相手に体力を消耗したのか、あの後オレ達が声をかける前に倒れてしまった。事情を聞こうにも、怪我人を動かすわけにもいかなかったから近くの宿に連れて行くことであの場は落ち着いた。ちなみにゴロツキ達は近くの自警団(警察みたいなものらしい)につきだした。いったん地球に戻ったのはいいけど、どうなったか気になってたんだよな。
「あいつは?」
「アルベルトなら買い物。『ノボルが起きたらここはカンナって村だ』って伝えておけだって」
そう言われてもわかんねーって。とぼやきかけたところを女子のうめき声によって中断された。
「ここは……?」
女子が目を覚ました。寝起きだからかだろうか、目がトロンとしている。気がついた? という明るい茶色の瞳の主の方を向いて、何度かまばたきした後。
「まだ起きちゃだめ!」
払いのけようとした毛布をシェリアが強引に押さえつける。
緑がかった金髪。翡翠色の目に褐色の肌。俗に言う文句なしの美人。大きめの上着に白のパンツスタイル。首にはスカーフを巻いている。
「…………」
その美少女は一言もしゃべらない。昨日の戦いでショックを受けたんだろーか。それとも単に警戒しているだけなのか。
「あのー。立てる? 立てないなら手、かすけど」
そう言って手を差し出したけど。
「触るな。自分で立てる」
あっけなく振り払われてしまった。
「あの男どもを倒したのはそなたか?」
翡翠色の瞳がはじめてオレの方を見る。こうして面と向かうと、オレと同じか歳上に見える。
「まぁ一応」
戦うっていっても短剣をふるって命令しただけだけど。そんな会話をしても、相手からの返事はなくかわりに翡翠色の瞳がオレをじっと見つめてくる。
「あのー。オレ、何かしました?」
声をかけても無視。とりつくしまもないってこーいうことを言うんだろーか。
「あのー」
「……余計なことを」
は?
「なぜ手出しをした!」
返ってきたのは予想外の言葉だった。
「なぜって、アンタが苦戦してるみたいだったからつい……」
「先ほどは油断していたからだ! 本気を出しさえすれば一人でも勝てた!」
なんだよこの女。人が助けたのに礼を言うどころか文句つけてくる。
『多勢に無勢じゃ絶対やられてただろ!』
さすがにその言葉だけはなんとかのみこんだ。いくらムカついても相手は女子、年上だ。たぶん。
「じゃあ聞きますけど、なんで発煙筒なんか使ったんです?」
いつの間にか、ドアの前にアルベルトが立っていた。
何を買ってきたのか手には大きな手提げ袋。いないと思ったらどこかで寄り道でもしてきたのか。
「あ、あれは敵を油断させるために」
「油断させるならもっと別の方法があったでしょう?」
「……っ!」
女子が悔しげに息をのむ。すげー。完全に極悪人のペースにのまれてる。
極悪人は静かに言葉を続ける。
「あなたの腕が確かなのはわかります。さっきの戦いを見ていましたから。でも一人ではどうにもならなかった。そうでしょう?」
「違う! わたくしは」
それでも自分の非を認めようとしない。なかなか強情だ。
「あなたは苦戦していた。これは紛れもない事実です。
あなたは大変な負けず嫌いのようですね。でも時には自分の非を認めることも大切ですよ?」
「わたくしは……!」
「ストップ」
明るい声と険しい表情によって会話が中断される。
「アルベルト、相手は怪我人なのよ? いがみあいは後にして。
あなたも、さっきみたいなことはもう言わないでよね。恩を感じてほしいわけじゃないけど、『ありがとう』の言葉の一つくらい言ってもいいんじゃない?」
それっておもいっきし恩着せがましーぞ。口には出さないけど。
それでも効果はあったらしい。話の勢いにのまれたんだろう。お互いが沈黙する。
「ね、あなたの名前は?」
険しい表情を消し、好奇心いっぱいの茶色の瞳で女を覗きこむ。
「わたくしの?」
「そ。アタシはシェリアよ。こっちの男の子は……」
「大沢昇」
「変な名前でしょ。ノボルって呼んでいいわよ。あと、あなたをここまで運んでくれたのは」
「……シェーラだ」
公女様の口をさえぎったのはオレでも極悪人でもなかった。
「え?」
「わたくしの名だ。何度も言わせるな」
そう言って女がそっぽを向く。
「シェーラ。いい名前じゃない」
シェリアが満足げにうなずく。
「……さっきはすまなかった。礼を言う」
そっぽを向いたまま、彼女が言う。
「いいよ。礼なんて」
「本来なら何か礼をしなければならないが、あいにく今は何も持ち合わせていない」
「だからいいって」
相変わらず顔はむこうをむいたまま。照れ屋――とは違うよな。
ふと思考がとまる。
「今はって、もしかしてさっきの奴らに?」
「?」
「ひどいことされなかった? 大丈夫か?」
「あ、ああ。危なかった。あのままだったら一体どんな目にあっていたか……」
自分の肩を抱き、身震いする。そりゃそーだ。人気のないところに美人が一人。周りには数人の男。行き着く先は……。
「それよりも、ここはどこだ? 見当がつかないのだが」
これまでの話をさえぎるように美人が問う。
「カザルシアのカンナですね。もう少し行けばサンクリシタにさしかかります」
「カザルシア!? そんなところまで来てしまったのか!?」
そう言うや否や、再び毛布を払いのけようとする。
「まだ起きないでください!」
シェリアの代わりに毛布を押さえる。払いのけようとする手は以外にも力強かった。
「そうも言ってはいられない。早く行かなくては」
強引に毛布を払いのけ、ベッドから起き上がる。
「行くってどこに?」
シェリアの声にピタリと足が止まる。
「どこかへ行くつもりだったの?」
「…………」
動きが止まり、再びベッドに腰を下ろす。
「失礼ですが、あなたはどこからいらしたんです?」
ついでの極悪人の問いに返されたのは長い沈黙。
「……わからない」
沈黙の後、彼女が――シェーラさんがそうつぶやいた。




