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スコープ

 落下するマウスを求めて伸ばした手は、偶然にもその位置に存在した華奢な指を掴んだ。白魚のような純白さではなく、健康的な色を見せる指だ。掴んだ指から伝わる熱も生々しく、自分の手へと移る。

 代わりにマウスは自分の手からすり抜けて、そうして衝突する音も残さずに世界から消失した。いや、それは正解ではない。むしろ、自分自身が世界から消失したのだろう。


 ――都市伝説通りに。


 一変した周囲の環境がそれを物語る。

 草木も眠る丑三つ時の薄暗い部屋から、あやかし蔓延はびこる逢魔が刻の夕暮れの横断歩道へと。床に積まれた専門書も、周囲を取り囲んでいた鏡も、薄暗い中しっかりと自己主張していたモニタも何もかもが消失して、自分の目前には手を掴まれた女生徒が一人。


「あの、すみません。もう大丈夫ですから、離していただけますか」


 警戒とかすかな謝罪と少々の羞恥を混ぜ返した表情で、彼女は自分に手を離すよう促す。それはそうだ、誰が好き好んで親交の薄い者と手を繋いでいようと言うのか。たとえ、目の前の信号機の止まれという警告を、危うい雰囲気をまとった女性が無視し、それを善意で止めたのだとしても、だ。


「ああ、ごめん」


 謝意を言葉にして手を離す。期待していてはいなかったが、手を離した所で、あの薄暗い、自分に優しい場所へと帰ることはできなかった。つまりは、このよく分からないが、よく知っている箱庭ゲームから脱出する術を見つけないといけない訳である。

 さて、どうしたものだろうか。

 自問自答する。これは決して言い間違いではなく、どうしたらいいのかは分かっている上で、自分はさらに思考しなければならない。ひとつの解答と付随する結果を理解していてなお、自分は他の解答を、人によっては次善以下の結末を得ようと自分は思索しなければならない。


「あの……」


 手を離し、とにかく彼女から距離を取ろうと後退して一、二歩。まとった陰鬱な雰囲気そのままに、幽然な声が足を止めさせる。

失礼ながら、幽鬼という言葉が思い浮かんだ。


「あの……」

「何だろ? ああ、もしかして俺が勘違いしてるんじゃないかって心配してる? 大丈夫大丈夫。ただ俺は事故に遭いそうになっていた同校の生徒を助けただけであって、特に思う所はないさ」

「そう、ですか」


 了解の言葉とは裏腹に、彼女の態度は納得してはいないと物語る。

ただ彼女の中で収拾がついたのだろう、すっと彼女の手から自分の顔に目を向けて、頭を軽く――本当にわずかに、ただこちらが気付く程度にはしっかりと――下げた。すみませんでした、と彼女の声が自分に届いた。

自分とすれば、別に謝られようがどうしようが、騒がれなければ良い。特段彼女に執着しているわけでもない。ただ、彼女に邂逅してしまったのだから、穏便に何事も無く離れられればいいとは思っている。

そうした自分の思考を読んだのか否か。自分には知る術もないが、彼女は下げた頭を上げこちらを見据えて


「ねぇ、貴方佐久間君だよね」


などとのたまった。

 自分の聞き間違え見間違えでないとするならば、彼女の声には先程とは全く異なる張りがあり、彼女の目には何処か理知的なものがある様に思えた。これが後々どういった因果を引き連れてくるか分からず、自分に出来る事といえば、ただ愚直に返答する位のものだった。


※※


 『らぶそん♪』というゲームがある。

 いわゆる一般的に言われる恋愛シミュレーションゲームに属し、そこそこの人気と信者を擁するゲームである。

 何とも現代的なやわっこい男子を中心にした、可愛らしく個性的なヒロイン達が織りなす恋愛狂想曲。引っ込み思案な主人公を、変哲もない高校を舞台にヒロイン達がかき回していく。そんな少々前時代的な美少女ゲームのテンプレート作品であったのだが、テンプレはテンプレらしく手堅い売り上げを記録した。

 確かそういった作品ではなかったか、と思う。

 何しろ、自分でゲーム屋に行って吟味し購入したのではない。侍ではない、もうひとりの親友が


「佐久間ー! ギャルゲーやろうぜ!」


と血迷って渡してきた一品なのである。

 ゲームのセールスポイントや購入者の評価をわざわざ覚えてはいなかった。それでも、設定や登場人物を覚えていた事は幸いだったと言える。

 

 なぜなら、自分が入ってしまった世界は『らぶそん♪』の世界だったのだ。


 では、何故自分がソコにいると理解できたのか。

 都市伝説通り自分でこのソフトを選んだからではないか、と第三者がいれば言うだろうが、生憎とそうではなかった。なにせ、自分はこんなーー失礼な物言いだがーーソフトを起動して『中』への突入を望んではいなかった。出来うるならば、もっと血沸き肉踊るような展開を望んでいたのだ。

 ただ、選んでいないソフトだとはいえ、一度は起動していた。無理矢理渡されたとはいえ、一応親友が渡してきたソフトなのだ。一通り自分が攻略可能な範囲は終えていた。

 だからこそ、彼女の制服が『らぶそん♪』の制服であった事にも即座に反応が出来、彼女が登場人物の一であったことにも気が付いた。何処の場所か何のゲームか分からない状況に追い込まれるよりも、遙かにましな現状である。

 しかし現状を改めて考えてみると、頭を捻りたくなるところが多々ある。

 例えば、原作の主人公と自分の容姿や性格がかけ離れている点。都市伝説通りであれば、『主人公』としてゲームのエンディングを迎えれば良いということになり、自分は原作の主人公の皮を被り演じるものだと思っていた。しかし、実際には自分の容姿そのままであった上、自分の名前までそのままときた。この差異はどう埋まるのか、或いは今後に影響を及ぼすのか。

 例えば、住居が主人公のそれと同じである点。原作の設定には厳密な場所が描かれることはなく、ただ部屋内のCGだけであったから、これからの活動拠点に多少の不安はあった。しかし、何と言うことはない。『無意識』に足にまかせた結果、無事に一軒の家に到着。ご丁寧にも表札には佐久間と記されており、身に付けていた――気付かなかったのだが、恐らく次元移動の際に着用した――制服のポケットにあった鍵も通用した。自分の部屋だと思われる部屋もCG通り。つまり、これらが意味するところは自分が『主人公』の座にいると言うことか。

 例えば、最初に出逢った彼女がヒロインではないという点――


「――通常の恋愛アドベンチャゲームやシミュレーションゲームの場合、最初に現れる異性は大方ヒロインである。これは物語の中心人物を紹介する下りにおいては鉄板であり、寧ろモブキャラを初っ端に登場させる演出は稀だ。はたしてこの演出にはどのような意味があるのか……と」


 自身の思い付きを垂れ流しのようにタイピングしていく。

 時刻は22時。

 場所は件の『自分の部屋』。

 向き合うは部屋においてあったデスクトップPC。

 彼女の手を取ってから、既に7時間ほど経過していた。衣食足りて礼節を知るとはよく言ったもので、人心地が付いた所でようやく頭が働きだした。ちなみに食事は自分で作ったものではない。両親が海外赴任な為、食は人の良い隣人の世話になっているというありがちな設定だ。

 無論、この設定には必須の追加効果があったのだが、それは後においておこう。

 今は置かれている現状を十二分に把握し、今後の方針を、さし当たっては明日のクラスメートとの距離感をどうするか考えなくてはならない。

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