Hello, WORLD!
瀬戸のリハビリ作でございます。
週一程度の頻度で更新させていただきます故、何卒宜しくお願い致します。
無粋な後書きは活動報告にて。
怪談と都市伝説の違いは何か、とバイト先の塾の生徒に聞かれたことがある。授業の合間の他愛もない会話であったから、その時は反射的に出た口先だけの返答だった。ただ、今になって少しだけ真剣に考察してみると、意外にその解答は的を外れていないのではないかとも思うのだ。
怪談は日本古来の情緒を有する、地域の風俗に根差した有機的なもの。都市伝説は時代に則し、社会現象に付随した無機的なもの。
無論、全面的に肯定される論ではない。怪談と都市伝説は排反して存在する訳ではなく、癒着し結合している所があるのは言うまでもない。とは言え、怪談といえばラフカディオ・ハーンが情緒豊かに仕立て上げたものを想像するし、都市伝説といえば「口裂け女」のような社会現象に対する不安から生まれたものを思い浮かべる。語感としてはそんなものだろう。怪談で語られる「あやかし」達に都会のネオンは似合わず、「トイレの花子さん」にボットン便所はきつかろう。ひょっとすると、便器の方が付喪神となり、「花子さん」を追い回すという噺もあるかもしれないが。その場合は怪談でもいいかもしれない。
そうした曖昧な境界線をぴっと引いてみれば、自分が親友から聞いたソレは、間違いなく後者だ。
「『次元の移動』?」
「然り。兄貴から聞かされた話ではあるのだがね。神隠しの一種だとくくってしまえばいいかと」
昼下がりの大学キャンパス。その一角に作られた広場にて、自分と親友二人で話していた。
いささか硬い口調で喋る親友の兄は探偵事務所を経営しているという。以前にも郊外の街の心霊スポットや体験談を聞かされたことがあった。理系の学生としては、どうしてそうした現象が起きたのか、或いは起きたと認識したのかというところに興味があるのだが、一応自重している。興味はあれど、自分を危険地帯に追い込むほどでもない。特に幽霊スポットの方は‐‐記憶に依れば『ひまわり館』だったか‐‐実際に被害者も出ていると聞く。
「それはシュレディンガーとかエム理論とかの物理学系パロディではなく? 十一次元から六次元あたりに縮退できるから、消えた次元のエネルギがうんたらかんたらとか」
「あいにくと物理学の話ではない。ジャン・ハロンド・ブルンヴァンの『消えたヒッチハイカ』と同じ類、口承される民間説話や噂だと思って欲しい。ネットロアだよ」
親友は薄く生やしたあごヒゲに手をやり、小さく口角を上げた。彼自身はその話を半信半疑、どころか無信全疑なのだろう。真面目に聞く必要はないと前置きをして、その「次元の移動」の話をし始めた。
「ネットロアとしては典型的な話だ。『異次元に旅立ちたいものよ、聞け。全てのものが地に沈む刻限に己の旅立ちたい世界を目前に示し、鏡面にて虚偽をふるいにかけるのだ。さすれば汝の前に道は開かれるだろう』と歌劇調だとこんな感じか」
「つまり……深夜に目の前に旅立ちたい本やら漫画やらを置いて、周りに鏡を配置すればいいってことか。それって合わせ鏡の話と同じじゃないか?」
「私は合わせ鏡の話を詳しく知らない故、何とも言えないが恐らくは似たような物だろうよ。ただ、この話が特異なのは、目の前に配置するのがPCのモニタであり、移動する先がゲームの世界だということか」
「ああ、なるほどね。一応、亜種は亜種なりに違いを作ってるのか」
「合わせ鏡」という都市伝説は比較的有名だろう。二つの鏡を向かい合わせるように配置すると、鏡間にあるオブジェクトの像が理論上無限に存在する。これだけでは単なる物理現象に過ぎないが、この両鏡を反射する像の中に『何か』が映っているとなると、それは都市伝説となる。その『何か』は悪魔であったり自分の過去や未来であったりするが、その曖昧さこそ都市伝説の醍醐味かもしれない。
そして親友が胡散臭げに語る「次元の移動」は、この「合わせ鏡」の一種だと考えられる。モニタという付属品や、像として反映されるか自身が移動してしまうかという結果の違いはあるが。「映る」と「移る」という語呂合わせとみれば妥当ではないか。
「で、ゲームの世界ってどう言うこと? PCにインスコしてるゲームにでもいくのか」
「いや、実行しているゲームとのこと。多重起動している場合は定かではないがね。移動した先がゲームの世界だからか、このネットロアのオチは移動したゲームの主人公になってエンディングを迎えないと帰還できずに終了、現実の世界では屍になると聞く」
所謂「転生モノ」といわれるジャンルから発想を得た都市伝説か。「転生モノ」のテンプレならば神でも出てきそうなものだが、自分で移動できるゲームを選べる辺り、自分が擬似的に神の役割を得られるようだ。いきなり『世紀末』や『人間種の壊滅』に立ち会わなくて済むとは、なんとも甘い都市伝説ではないか。
「ふーん。じゃ、あれか。エンディングを迎えた後はエスケープほにゃららって言うなり、コマンドラインに打つなりすればいいのか。そうすれば帰ってこれるか」
「然り」
だがまぁ、と親友は言葉を繋げてため息を吐いた。どうも「現実への帰還」に関して、あまり納得をしていないようで、小さくクビを左右に振って話を再開した。
「このネットロアの発祥起源は恐らく、頻発する青少年の行方不明事件や死亡事件だろう。これら事件の被害者の多くが自室に篭ってのPCゲーム三昧であったから、『次元の移動』というネットロアが生まれたと愚考するよ。それ故、寧ろ移動先に存在し続けていたい願望が透けて見え、脱出する術など端から存在しないのではないか。『移動した世界で幸せに暮らしましたとさ』というオチの方がしっくりくるかもしれん」
親友が言うように、ここ最近一人暮らしの青年の行方不明事件や自室での不審死騒動が相次いでいるのは確かだ。これら事件に対し、自身のコミュニケーション能力の欠如やら取り巻くコミュニティの人間関係の希薄さやらをコメンテータが声高に叫んでいて、それに安易に駆り立てられたご婦人層等々が喧しく主張しているのが現状である。
騒がしいのには辟易するが、事件の真相が掴めていないのだから、こうした議論くらいしか報道することが無いのだろう。真相が分からなければ不安になるのは人の世の常である。
そして、その不安が都市伝説を生む。
さらには、世の騒ぎとは無縁な感じを醸し出す、諸国武者修業の旅をやらかしかねない侍気質の親友が口に出す程には荒唐無稽では無いらしい。探偵事務所から転がり出た話なのだから、『ゲーム世界』から脱出した御仁が見つかったのかもしれない。
「……お主が考えている通り、世界から帰還したと主張する人はいたよ」
「へぇ、マジか」
「自殺したがね。こんなリアリティ耐えられないって言い遺して」
それはもう、伝承や伝説の類ではない。
そう出かかった言葉を口から離さずに済んだ。だが、にじみ出た冷や汗は戻りはしなかった。
「何とも尻切れトンボな話にはなったが、兄貴伝のネタはこんな所だ。参考にはなったか」
「ああ、有難うな。かなり参考になったわ。今度妹にでもお礼させるから」
「……妹君を巻き込むなよ」
「やぁほら、うちの上の妹がさ。お前に興味深々な訳でさ」
最後はぐだぐだと話をして終わり、親友の話は終わった。
「次元の移動」に関しては、描写された儀式のディテールに欠き、対抗する術もあやふやで、いかにも都市伝説らしい曖昧さに満ち溢れていた。ただ、それを体験したと口にした人が居たのは事実であり、その人が自殺したのも事実であり、その部分には生々しさがまとわりついてくる。
だからだろうか。
その生々しさに、背筋をわずかにでも濡らした悪寒に惹かれてしまったのは。ゲームの世界へと「次元の移動」をする荒唐無稽な都市伝説に挑みたくなってしまったのは。
「……ひとつ言っておくが、絶対に試すなよ? 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている。興味本位で関わらない方が賢明だ。自ら深淵に転げ落ちる馬鹿に垂らす綱は無いだろうよ……だがまぁ、いざとなれば吝かではないか、親友だからな」
ツンデレ気味な親友の言葉が耳に痛い。
だが最後に付け加えられた言葉を頼りに、今自分はここにいる。この終わりある世界に。
シーケンシャルに世界は移り変わる。
闇から逢魔が刻に。
部屋から街に。
内から外に。
世界の滑らかさに追従できず、
落ちていくマウスに伸ばした指は白く肌理細やか手を掴んでしまう。
瞬間、世界のトリガがひかれた音がした。