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ズレてる出会い

短編で書いていたものを加筆修正の上で書き直しました。どんなものでもコメント等お待ちしてます!

 あなたは、「人生において“最も大切なもの”は何か」と問われたときに、どんなものを思い浮かべるだろうか。


 富や名声、それとも力であろうか。


 なかには愛さえあれば他のものなど重要ではない、といった意見もみられるだろう。


 強いて言うのであれば、その人の答えこそが、その人にとっての正解であり、貴きものであるのだ。


 急になぜそんな話をしているのか?


 別に、この話にそんな大層な理由なんてものはない。


 ただ、先の問いに対する俺の答えはすこし、他者よりも珍しいように感じるから、それを肯定するためのちょっとした自己弁護だと思ってほしい。


 そのうえで、俺の人生において最も大切なものは何かと問われれば、その問いに対する答えは間違いなく。

 

 「タイミング」であるといえるだろう。それが高校生になる今までに俺の経験によって構築された一つの答えである。


―――――――――――――――――――――――――


「ぁ…。寝ちゃってたのか。」


 外のグラウンドから聞こえてくる運動部の掛け声と定時に鳴り響くチャイムの音に目が覚める。夢を見ていたような気もするが、よく覚えていない。


「今日体育着忘れちゃってさ~!松もっちゃんにめっちゃ怒られてマジ最悪だったわ。顔に見合わずねちねちうるさいっての…」

「忘れたって、どうせ本当は洗濯してなかったとかだろ?」

「え…バレちった?」


 まだ数名の生徒が残っているのであろうか。窓際に位置する自席からは外で何人かの生徒が談笑しながら帰路に着いている様子が見えた。


 放課後の教室にいると、他の空間から隔絶され、この空間だけ時間がゆっくりと流れているように感じられて好きだ。どこか寂しい雰囲気が漂うが、それでいて心地のいい空気感にあてられて、どうやら眠ってしまっていたらしい。

 そこまで思考して起き上がる。


「ん…?ッグァ!痛っ!」


 ……先程まで眠っていた脳に、外部からの衝撃が伝わり一気に覚醒する。今がどう言う状況で自分の身に何が起きたのか、それを理解するのは一瞬だった。


「すみませーん!ボール入っちゃったみたいで、取ってもらえませんかー!」


…もう少し自分の行為が引き起こす結果を考慮して発言をするべきではないだろうか。少しイライラしながらもボールを投げ返す。…少し強めに投げたのだが。普通に取りやがったクソ。


 時計を確認する。時刻はすでに十七時を回っているようだった。

 たしか最後の授業が終わってから十六時頃までは本を読んでいたはずだ。そこまでは覚えている。

 眠気もあって地の文を飛ばしながら要点をかいつまんで読んでいたせいか内容も曖昧で少し損した気分だ、とここまで思考してから、あることに気づいた。


「って、あれ?本は…?」


 寝ている途中で机から落としてしまったのだろうか。そう思い、きょろきょろと机の周りを見渡すが、それらしい物は見当たらない。


 (あぁ!さては風に飛ばされて校庭一周の旅にでも出かけているんだな~!単行本が?あり得るわけないだろ。)


 なんて一人でバカみたいなことを考えつつ席を立ち周囲を探してみるが、やはりどこにも見当たらない。

 しばらくそうしていると、視界の外から突然声を掛けられた。


「…?何か探しているの?」

「っあ、いや、ええと…」


 放課後、それも17時を過ぎたころの教室ということもあって誰もいないと思っていた。

予想に反して突然聞こえてきた声に動揺してしまい思ったように言葉を紡ぐことができず、思わず口ごもってしまった。


 視線を床から声の方へと上げる。

 上履きの色は赤。この高校では一年生は青、二年生は赤、三年生には緑という上履きの指定がされていることから二年生、つまり自分の同級生なのだろう。


 そこには一人の女子生徒が立っていた。

 肩口で切り揃えられた焦茶色の髪は風でひらひらと揺れ動き、それに反射して光が瞬く。不思議そうに首を傾げながらこちらの様子を伺う双眸は優しげで、それでいてどこか儚かった。


 違うクラスの子だろうか。しばらく見惚れていたが、彼女がこちらを眺めていたことを思い出し、改めて言葉を発する。


「ごめん、驚いて言葉に詰まった。」

「こちらこそ、急に話しかけちゃってごめんね!」


 彼女はそう言ってこちらに微笑みかける。

 その様子からどうやら先程のことはさほど気にしていないことが分かり安心していると、彼女が続ける。


「それで、何か探してるの?」

「あぁ。さっきまで本を読んでいたんだが、寝てる間になくしちゃって。単行本サイズの本なんだが見かけてないか?」

「もしかしてサルと見方?みたいな、そんな感じの題名?」

「たぶんそれだと思う。何か知ってるか?」

「やっぱり!!五分前くらいにこの教室の前を通ったときに廊下に落ちているのを見たの。それでちょうど今職員室に届けてきちゃった…」


 このクラスは2年E組で、他のクラスの者下駄箱に向かうためにはこの教室の前を通っていく必要がある。たしかに廊下に本が落ちていれば気づくことができるだろう。


 しかしこの席から廊下まで本が勝手に移動するなんてことあり得るのだろうか?足でも生えちゃったの?


 疑問は残るが彼女が嘘を言っている様子もない。


「あー、わざわざ届けてくれたのか。そういうことなら職員室行ってくるよ。迷惑かけちゃって申し訳ない。それじゃあ」


 そう言って彼女に背を向ける。本の在処はわかったわけだし回収してさっさと帰宅しようと考えながら歩き始めようとしたとき、またしても声を掛けられて視線を彼女に向ける。


「ちょっ!待って!私も一緒に行くよ!!君に確認もとらず職員室に持って行っちゃったわけだし!若干罪悪感を感じちゃうし!」


 それを言うなら罪悪感を覚えちゃうんじゃないだろうか?


 いやそれより待ってほしい。いくら直線距離にして数メートルのところに持ち主がいるとはいえ、その人物は机で寝ていて本は離れた廊下に落ちていたのだ。


なんでそんな状況で彼女は罪悪感を覚えているのだろうか。ちょっとお人好しすぎるのではないか。


「いや、気にしないでくれ。本は廊下に落ちていたんだろ?多分俺の寝相が悪すぎて読んでいた本を廊下に投げ捨てちゃったりしたんだろ。小学生の時はその芸術的な寝相から『寝相のファンタジスタ』と呼ばれていたぐらいだからな。」


 勿論そんな事実はない。正体不明の焦りを感じながら、我ながらよく分からないことを口走りつつ続ける。


「それにほら、もう時間も遅いし。君みたいな女の子は特に、早く帰ったほうが安心じゃないか?俺的には本の在処が分かっただけで助かったしさ。」


 思いつく理由を適当に並べ立てて遠回しに彼女の同行を拒絶する。人様に迷惑をかけるわけにいかない。

 しかしその拒絶も目の前の彼女には意味をなさなかったようである。


 「いいから!ほら、早く職員室行こ?ね、ファンタジスタさん?」


 「……冗談だからファンタジスタは勘弁してください。」


―――――――――――――――――――――――――


「そういえば!ファンタジスタさんはこんな時間まで教室で何をしてたの?」


「適当言ったことは謝る。ファンタジスタ改め朝霧諒真だ。お願いだからファンタジスタ以外の呼び方で頼む。」


「ふふっ、よろしく!朝霧君!私は陽向風花!本探しは任せてよ!」


 そう言って陽向は両手を振るって「むんっ」と音が出る勢いで気合を入れている。


 1日の授業を終え、もう日も落ち始めているというのに、その様子からはおよそ疲れといったものは感じられない。


 先程の強引さといい、全力少女というか、なんともバイタリティに溢れた女の子である。


「それで、結局朝霧君はこんな時間まで何してたの?」


「ああ、授業終わって本を読んでいたんだけど途中で寝落ちたみたいでな、気づいたらこんな時間になっていた上に本が行方不明ってわけだ。陽向こそ、こんな時間まで何していたんだ?部活か?」


「ううん!私部活は入ってないの。さっきまで友達の映画研究会の子が自主制作映画の上映会をやっててね!映画鑑賞とその感想文を原稿用紙3枚ほど書いてきたところよ!!」


 そう言って陽向は得意げな顔をこちらに向けてくる。


 …何故彼女はちょっとドヤ顔なのだろうか。てか自主制作映画に原稿用紙3枚って、商業映画でもなかなか厳しいだろうに、もしかしたら彼女はとんでもない逸材なのかもしれない。それか全力なお馬鹿。


 そんな話をしていると目的の職員室が見えてくる。この高校に入学してから約一年が経つが職員室に足を運ぶ機会はそんなに多くない。


「あ、片岡先生いた!ちょっと本について聞いてくるから朝霧君はここで待ってて!」


 恐らく彼女が本を預けた先生を見つけたのだろう。教師に小走りで向かっていく彼女の背中を見送る。


「さて…」


 手持ち無沙汰になったのでスマホを取り出し時間を確認する。


 先程目が覚めてから既に二十分ほど時間が経っているようだった。怒涛の展開で気づいていなかったが寝起きということもあって喉が渇いている。それに多少強引とはいえ陽向にも本の捜索を手伝ってもらっているわけだから何か礼をするべきだろう。


 そう思い立って職員室前の廊下を進んで自販機コーナーに向かう。

 

 自販機コーナーには何人かの学生の姿が見える。特に知り合いもいないので一直線に目的の自販機へ向かい、ミルクティーと緑茶のボタンを押す。


 陽向の好みは知らないがこの二つなら少なくとも飲めないことはないと思いたい。飲めるといいな。


 そんな希望的観測と共に、受け取り口から飲み物を回収していると、ふと廊下を歩く女子生徒達の会話が聞こえてきた。


「もう、風花ちゃんってば本当に良い子ね!!」

「ね。」

「私達の映画あんなに楽しそうに観てくれる子って初めてじゃない?しかもあんなに感想書いてくれると思わなかったよ~!」

「ね。」

「でも桜、あの子の感想文結構すごくなかった?途中『グヌワーオッ!!』とか『ドギャララーン!』とか、自分で作ったはずなのに理解できない効果音への感想が何個も出てきて私びっくりしちゃったし。」

「確かに内容が理解できない感想もあったわね…けどけど!わざわざ放課後に自主制作映画を観に来てくれて全力で楽しんで全力で感想を書いてくれる人なんてなかなかいないわよ!!ね!凛子!」

「ね。」

「まあけど、確かに良い子だった。感想書き終えたと思ったら先生に呼ばれてプリント運んでいたし、あれは根っからのお人好しと見たね。」

「実際色んな人に頼まれて部活とか委員会の仕事手伝ってるみたいよ?ただ、手伝いのはずなのに本人達より全力でやっちゃうからついていけない!ってバスケ部の子が言ってたわ。」

 

 そんな話を聞き流しながらガコッガコンっという音と共に落ちてきた飲み物を回収し立ち上がると、突然腹部に衝撃が走った。


「グハッ!?」

「え!?あ!ごめんなさい!!」


 どうやら立ち上がるのと同時に先程の女子生徒達の一人が持っていた機材が腹部に直撃したようだった。いつものことながらタイミングの悪い…普段ならもう少し警戒していたが話に気を取られて油断していた。


 「あの、本当にごめんなさい!!私達の不注意で!ほら凛子も、ぶつけちゃったんだからしっかり謝らないと!」

 「…ごめんね」

 「っ…いや気にしないで大丈夫だ、俺が悪かった。」


 最低限の返事をして再び職員室へと足を向け歩き始める。実際こんなことはよくあることなのでさほど気にしていないし、そろそろ陽向の方も話が終わってしまうだろう。


 …それにしても、件の少女は全力なお馬鹿の方だったらしい。とはいえ、この女子生徒達の反応を見るに学生、教師問わず陽向の評価は随分と高いようである。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「もうっ!凛子しっかり前見て歩かないとだめじゃないっ!怪我はしてない?」

「…大丈夫。」

「いやーにしても良いヒットだったね。まさかあんなタイミングよく立ち上がるとは思わなかった。凛子、ナイバッチ。」

「涼香!人を傷つけてそういう言い方は良くないと思うわよ私。」

「はいはい…けど正直凄くなかった?あの暗い人。あとちょっと早ければ凛子も避けられたし、遅ければそもそも当たらなかったよあれ。」

「ね。」

「まあ確かに良い?タイミングではあったわね…。それにしてもなんであんな事言っていたのかしらね。」

「…?」

「ああ、『俺が悪かった』って?」

「そうそう!さっきのは完全に私達の不注意だったじゃない。」

「…!…ね。」


―――――――――――――――――――――――――


 職員室の前では陽向と陽向の話しかけていた先生(たしか片岡先生だったか)が出てきて話をしているのが見えたため陽向の方に近づいていく。


「わっかりましたぁ…じゃあ松本先生探してきます…」

「なんかすまんな。ちょうどさっき渡したばかりだからまだ近くにはいると思うのだが。」

「いえいえ!わかりました、失礼します!」


 残り数メートルといったところで、陽向は振り返ってこちらに向けて走り出す。

 …走り出すな。廊下を。


「…陽向」

「わ!朝霧君!こんなところにいたんだ!

あ!そうだ、朝霧君の本が学校図書だったから図書室に戻すことになっちゃったみたい!それで図書委員担当の松本先生が返しに行ったって!」

「……そうか。聞き込みありがとな。ほらこれ、ミルクティーか緑茶、どっちがいい?」

「え!いいの!朝霧君気が利くね~!じゃあミルクティーもらっていい?」

「………気にするな。俺も喉乾いていたからな。

ほら。…ところでな陽向」

「ありがとう~!私これ好きなんだよね~」

「…………ならよかった。…ところで、そろそろ足をどけてもらえないか?」

「え?…あ……ごめんね☆」

 悪びれもなく陽向が言う。こいつ…。

「いやぁごめんね。まさか足踏んじゃってるとは思わなくて!

「…気にするな。変なタイミングで近づいた俺も悪かったしな。」

「…?けどほら!次の目的地も定まったし早く行こ!タイミング逃したら本がまたどっか行っちゃうかもでしょ?」


 陽向の言葉が、わずかに胸に引っかかる。

 ――タイミングか。

 どうでもいい考えが頭に浮かぶ、それをかき消すように、選ばれなかった緑茶を口に含み、それを飲んでから返事をする。


「…まあ確かにそうだな。じゃあ図書室向かうか。」

「朝霧君、ちょっと待って!この時間だったら松本先生は剣道部の稽古に顔出してるはずだよ!一回武道場向かった方がいいかも」

「そうなのか?随分詳しいんだな。」

「私去年から図書委員だから。松本先生には委員会のことで話す機会があってその時に聞いたの!」

(陽向も図書委員か…。)


 まさか陽向も図書委員会に所属しているとは思っていなかった。

 とはいっても、うちの高校ではクラス替えと共に委員会も一新されるため俺の場合は今年からになるわけだが。


「ああ、なるほど。けど意外だな、陽向は体育委員とかかと思っていた。ほら何か元気いっぱいだしな。」

「体育委員も考えたんだけどね。体育祭とか時間とられちゃうから嫌だなって。朝霧君は何委員会なの?」

「あー、まぁなんだ。秘密だ。」


 別に委員会を隠す必要はない。

 しかし今日ここまで関わっただけでも、この全力少女と一緒にいることになかなか疲れている。できることなら今後の付き合いは最小限に抑えたいところである。


「秘密って、なにそれ!なんでー!」

「まあまあ。そのうち教えるから。」


 話を打ち切って武道場へ向かう廊下を歩き始めると「もうっ」とぼやきながら陽向が横に並んだのでそちらに目を向ける。


 窓の外はもう茜色を通り越して、群青に溶けかけていた。校庭から聞こえてくる部活動の声は先程よりもまばらで、校舎は一日の役目を終えたように静まりつつあった。


―――――――――――――――――――――――――


 武道場の前に着く頃には、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。


 ガラリと引き戸を開けると、竹刀がぶつかり合う乾いた音と、気合のこもった声が空気を震わせている。


「メェェン!!」


 剣道部の稽古は佳境らしく、道場の中央では二人の部員が激しく打ち合っていた。その脇で腕を組みながら見守っているのが、おそらく松本先生だろう。


「先生いた!」


 陽向が小声で言いながら松本先生に向けて手を振る。


 こちらに気づいたのか、先生の視線はこちらに向いていた。


「おお、陽向か。どうした?今日も誰かの手伝いか?」


 稽古を一時止め、先生はこちらへ歩いてくる。


「今日は違います!!あの!さっき職員室に届けた本のことで!持ち主見つけたんですけど!」


「ああ、あれか。図書室の返却棚に置いてきたぞ。今日はもう施錠の時間だからな。明日図書室で手続きしてもらえればいい。」


 ー施錠。最悪の単語が脳内に響き、思わず口を挟んでしまう。


「え…今日、もう取れないんですか?」


「鍵は図書委員担当の先生が管理しているが、今日はもう帰ったはずだな。」

「……そうですか。ありがとうございます。稽古中に失礼しました。」


 形式的に頭を下げる。隣で陽向もぺこりと礼をしていたような気がする。


 武道場を出ると夜の空気が思ったよりも冷たく感じられた。二人揃って帰路に着く。


「ごめんね、朝霧君……」


 ぽつりと陽向が言う。


「なんで陽向が謝るんだよ。」

「だって、武道場に行かないで図書室に直接行けば間に合ったかもしれないし……」


 ー違う。

 今日あったこと、悪いのは俺のタイミングだ。

 眠ったタイミング。

 職員室に向かうタイミング。

 自販機に行って帰ってきたタイミング。

 それらのタイミングが今、こうして陽向に謝らせてしまっているのだ。


「気にするな。俺が寝ていたのが悪いんだ。」


 ぶっきらぼうにそう言って歩き出すと、陽向が小走りで隣に並ぶ。


「ねえ朝霧君。」

「なんだ?」

「朝霧君ってさ、「自分が」って自分のせいにするよね。」


 足が一瞬止まりかける。


「……そんなに言っていたか?」

「うん。さっきぶつかったときも。今も。」


 陽向のこちらを真っ直ぐ見つめる視線に見透かされているようで居心地が悪い。


「まあ、そうかもしれない。俺は昔からタイミングが悪くてな。さっきも自販機に行ったときも映研の機材直撃したし。」

「昔からって、例えば?」


 …例えば。例えば、か。


 例えば好きな子への告白。

 好きだった子が転校すると知って、意を決して校舎裏に呼び出した当日。まさかのインフルエンザで俺が欠席。結局何も言えず彼女は転校してしまった。


 例えば高校受験。

 第一志望校の受験日当日。天候に嫌われた結果受験会場にたどり着くことができず、1科目と2科目目の半分の時間テストを受けることができず不合格。


 例えば中学の修学旅行。

 初日に旅館の階段が壊れ、転げ落ちて足を骨折。それだけならともかく同級生の女の子も巻き込んで滅茶苦茶にしてしまった。俺の記憶には旅館の天井と、バスからの景色。それに…泣いている彼女の顔しか残っていない。


 挙げ始めるとキリがない。自分で努力すればどうにかなるようなものから努力しても避けようのないものまで、まるで呪いのように、決定的なまでに俺はタイミングというものに嫌われてきた。


当然、そんな奴が居れば周りも嫌気がさすだろう。「そんなことは気にしない。仲良くしよう」と言ってくれた者もいた。しかし結局関係が続くことはなかった。

 

 全部が全部、タイミングが原因かなんてことは神のみぞ知るというやつであるが少なくとも俺にとって、自分の絶望的なまでのタイミングの悪さは心を折るには十分だった。


 いつからだっただろうか。「努力してもどうせ」という言葉が脳裏にこびりつき、結果を追い求めることが辛くなったのは。

 全てが億劫になってしまったのは。


「だからな、俺の人生で一番大事なのはタイミングなんだ。」


 思わず自嘲気味に笑ってしまう。何故こんなことを今日出会ったばかりの奴に言っているのだろうか。なんて考えも浮かぶが答えは出ない。

 すると陽向は、先程より少し、真剣な顔でこちらを見つめて口を開く。


「それってさ、」 

「ん?」

「本当に悪いだけのものなのかな?」

「は?」


 意味が分からない。


「だって、今日だってさ。本が落ちてなかったら、私達が話すことなかったよね?」

「私が足踏んじゃったのも、朝霧君が自販機に行って飲み物買ってきてくれなかったらなかったよね?」

「それは別に嬉しくない。」

「ふふ。でも私嬉しかったよ?ミルクティー。それにさ、今こうして私たちが知り合って、一緒に帰っているのも、朝霧君の言うタイミングのおかげじゃない?」


 思わず言葉に詰まる。

 確かに、今日の出来事は数々の偶然、タイミングが重なった結果だ。最悪だと思っていたそれは、今は隣に陽向を立たせている。

 ただ、それが何だって言うのだ。


「朝霧君ってさ、タイミングで逃したものばっかり見てない?」


 胸の奥が、わずかに痛む。


「……そのタイミングで手に入ったものも、あるかもしれないよ?」


 夕闇の中、校門が見えてくる。

 校門前で、陽向が立ち止まった。


「明日、図書室一緒に行こ?」

「は?」

「本の貸し出し!私ってば図書委員だし。ほら、罪悪感感じちゃってるし?」


 陽向がにやりと笑う。


「……好きにしろ。あと、罪悪感は感じるんじゃなくて覚えてくれ。」


 言いながら、笑みがこぼれてしまう。

 自分でも自分の気持ちが理解できない。

 本当は断るつもりだった。別に陽向に限った話ではなく、人との関わりは最小限にしたいはずだった。仲良くなってもどうせ迷惑をかけてしまうから。


 仲良くならず、軽口を言わず、そうすれば人と仲良くなることはないから。俺から離れていくこともないから。


 …だというのに、何故だろうか。

 何故、俺はこの少女を知りたい、関わっていたいと思っているのだろうか。


「あ!今馬鹿にしたでしょ!もうっ!」

「じゃあ決まり!明日の放課後、17時に図書室ね!」


 陽向は手を振って駅の方へ走っていく。

 その背中を見送りながら、先程の陽向の言葉をふと思い出す。

 もし今日、俺が寝ていなかったら。

 もし陽向が通らなかったら。

 もし先に図書室に向かっていたら。

 この約束は、存在しなかった。

 ただ視点を変えただけだ。屁理屈のような転換。

 だとしても俺は、今日の出来事をタイミングが悪いだけで済ませてしまっていいのだろうか。


―――――――――――――――――――――――――


 翌日。放課後の図書室は静かだった。

 寂しい雰囲気と、それでいて心地のいい空気感が漂う放課後。


 そんな静かな図書室の窓際の席に陽向の姿がある。


「おそーい!!朝霧君!」

「五分だ。」

「五分は遅刻ですぅ!」


 適当な言い合いをしながらカウンターへ向かい、貸出手続きを済ませ、本を受け取る。


 受け取った本の表紙を見て、思わず笑う。

『サルでもわかる、楽になる物事の見方。』

 そんなタイトルだった。


「どうしたの?」

「いや…なんでもない。」

「ねえ、その本読み終わったら貸してよ。」

「嫌だ。」

「えー!なんでー!」


 騒ぐ陽向を見て、自然と口元が緩む。

 …ああ。もしかしたら。俺は今、ちゃんと掴んでいるのかもしれない。

 逃してばかりだと思っていたタイミングの中で、気づかないうちに。


「……読んだらな。」

「ほんと!?」

「気が向いたらだ。」

「それ、約束だからね!」


 図書室の静寂に、彼女の笑い声と、それに続くもう一つの笑い声が溶けていく。

 俺の人生で最も大切なものは、タイミングだ。それは変わらないし変える気もない。

 ただほんの少し違う見方を知っただけだ。

 この出会いが、良いものだったのかどうか。  

 結論はまだ分からない。

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