第三話
「──てことで〜、知ってる人も多いと思いますが〜、羽生鈴乃さんです〜」
教師のやる気のない紹介を受けながら、鈴乃は黒板前に立つ。
集まるクラス中の刺さるような視線に、愛想笑いが漏れた。
一番後ろの席では、イヅナがやけにテンションが高く手を振っている。
ついでにいうと、耳が出てる。
鈴乃が睨むとようやく彼女は気づいたのか、慌てて頭を抑えてうずくまった。
「羽生ってあの……?」
「ボロ神社の巫女か……」
「なんか夜に良くないことしてる噂が……」
案内された席に向かう途中、クラスのあちこちでそんな声が聞こえる。
とにかく鈴乃は一つだけ声を大にして言いたい。
──うちの神社はボロいんじゃなくておもむきがあるだけ!
鈴乃の席は、イヅナのちょうど左側だった。彼女の嬉しそうな視線が痛く刺さる。……あと尻尾が生えてる。
小声で指摘すると、イヅナはまた小さく縮こまっていた。
「え〜少し用事があるから〜、待っとけ〜」
男性教師はやる気なくいうと、教室の外へと出ていく。直後、見計らったかのように鈴乃の席にちょこんと小さな影が落ちた。
見上げると狛梨が笑顔でこちらを見ている。口の端からは犬歯を覗かせていた。
「なぁ〜なぁ〜。鈴乃は巫女なんだよな〜?」
その言葉に、興味を引かれた何人かのクラスメイトたちが集まってくる。
「そうだけど?」
「じゃあ、夜に町中を走り回ってる巫女服の不審者って鈴乃?」
あまりの直球に、鈴乃はまた吹き出した。
冷静さを装うように、咳払いをする。
「……否定はしないわ」
その言葉に、クラスメイトたちがざわめきたった。
奇異の目で見られるのはもう慣れてる。異端に足を突っ込んでいるのだから、人間に理解されることは諦めている。
「で、でも鈴乃さんは皆の安全のためにやってるんです!」
そう言って立ち上がったのは、イヅナだった。緊張しているのか少し震えているのを見て、鈴乃は曖昧な笑顔を見せる。
イヅナの言葉に、クラスメイトが納得したような声を漏らした。どうやら彼女は、このクラスでは慕われている存在らしい。彼女の小動物的なイメージが、そうさせているのだろうか。
「ふーん、そっかそっかぁ!」
大きな声で頷いたのは、狛梨だった。どこか曖昧な笑顔を見せて、ごめんねと謝ってくる。
「興味本位で聞いただけなんだぁ。悪気はなかったよぉ」
そう言ってから、狛梨は手を振る。
鈴乃が自分の机に視線を落とすと、一部分が陥没している。それはちょうど、狛梨の指の大きさと同じだ。
──ふーん?
クラスメイトが投げてくる質問を聞き流しながら、狛梨のことを目で追う。彼女はすでに自分の席に戻っていた。
──やっぱり、ただの犬系じゃないかもね。
少し調べてみる必要がある。心の中のざわめきが、確信に変わろうとしていた。
※※※※※※※※※※
正直、学校の授業は退屈だ。小学生の頃に、同じレベルの問題はすべて終わらせていたから。
ペンを適当に回しながら隣のイヅナを見る。彼女は真剣に授業を聞きながらも、最終的に首をひねっていた。鈴乃に気づくと、ノートを見せてくる。
そこには大きなひらがなで、『わかんないです……』と書かれていた。
ため息をつきながら、視線を狛梨の開けた穴に向ける。この穴の存在が、彼女の隠れた本性を映してるように見えてしまう。
手で穴を覆い、ふっと息を吹きかける。
すると、何事もなかったかのように机は元通りになった。
視線を狛梨の方に向ける。彼女は授業をまじめに聞いていた。時々隣の席の子と話してる様子は、今のところは普通の女子高生そのものだ。
くるりともう一度持っているペンを回す。頬杖をついて、息を吐いた。
授業の終わりを報せるチャイムが鳴る。教師は教材を片付けて教室から出ていく。クラスメイトたちのざわめきが耳に戻ってきた。
「鈴乃さんお昼ご飯一緒に食べませんか?」
隣に座ってたイヅナが、いつの間にか目の前に立っていた。朝用意した弁当を抱えて、百点の笑顔を見せる。尻尾が見えたら多分物凄い勢いで振ってるだろう。お弁当が彼女の動きに合わせて嬉しそうに揺れていた。
彼女の言葉につられて、何人かのクラスメイトが集まってくる。断れない空気がどんどん大きくなっていく。
「はぁ、分かったわよ」
諦めるように肩を竦めた。
視線を感じて、チラリと狛梨のほうへ向ける。目線が合うと、彼女は視線をずらした。他のクラスメイトたちとともに教室から出ていく。
──チリン。
空気が薄くなるような、耳をくすぐる音だった。
直後、先ほどなったチャイムが再び鳴った。しかし今度は音程が歪にズレている。
「はえ!?」
素っ頓狂な声を漏らすイヅナは、耳と尻尾が生えていた。どちらもピンと立ち、まるで雷に打たれたように固まった。
無理もないだろう。──鈴乃とイヅナを除いた全員が消えてしまったのだから。
教室内は妙な静けさに包みこまれる。
「巻き込まれたわね」
鈴乃は小さくため息をついてから、立ち上がった。肩を回してから、大きく伸びをする。
「ま、巻き込まれたって何にですか?」
「妖怪の領域よ」
「よ、妖怪!? だ、だってまだお昼ですよ!」
彼女の言いたいことは分かる。大抵の弱小妖怪は、夜にならないと行動しない。月の影響で、夜に力を強めるからだ。
しかし、どこにでも例外は存在する。
窓の近くまで寄る。グラウンドを見ると呆れるように肩を竦めた。
「な、なんですかこれ!?」
隣に並ぶイヅナの耳が、不安な気持ちを表すように寝る。彼女は小さく震えていた。
眼前に広がるのはグラウンドに生えた黒鳥居群。浸食するようにそれが徐々に近くまで寄ってくる。わずかに呼吸するように歪むそれは、この世のものとは思えない歪さを孕んでいた。
外に広がるのは赤い海。町の面影など、どこにもない。
見つめていると息苦しさを覚え、外界とは完全に隔絶されたことを示唆していた。




