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第一話

「チョロいチョロい」


 夜半、二人の男が道を歩きながら話している。一人は異様に舌が長く、もう一人は異様に指が長い。

 手元には、それぞれ一つずつ青白い炎のようなものが浮かんでいる。


 路地裏を見ると、月明かりに霞むように二人の男女が倒れていた。


「仲間はこの町はヤバいって言ってたけど、余裕じゃん」

「なぁ? 楽勝楽勝!」


 下卑た笑い声を上げる二人は、人間ならざるもの。人の魂を活力として吸い取る者たち。


 怪異の元凶ともいえる者たちを妖怪という。


──鎖の音が鳴る。


「何か聞こえたか?」


 指の長いほうの男が、隣の仲間に声をかけた。しかし、そこには誰もいなかった。

 いつの間に消えたのか、分からない。


「お、おい!」


 周囲を見回してみるが、気配すら感じられなかった。

 異様な感覚に、鼓動が早くなる。背中に冷や汗がにじむ。

 心の奥底がざわめき立つような、嫌な予感がする。


「まったく」


 そんなときに聞こえたのは、少女の声だった。


「毎日毎日毎日毎日……よくもまぁ飽きないわね」


 呆れているような怒気を含んでいるようなそんな声だ。

 

 声のした方向は、真上だった。顔を上げると、民家の屋根の上に月を背にして誰が立っている。

 巫女服姿の少女だ。手に持つのはとても似合わない鎖鎌。彼女の傍らでは仲間が気絶していた。


 赤茶色の瞳が、暗闇の中で薄暗く光る。彼女の背負う殺気に、手に汗が滲んでくる。


 巫女の少女は、迷いなく鎌を彼の仲間に振り下ろした。そのまま塵となり、宙空に消えていく。

 容赦のない一撃に、のどの奥から声が漏れた。靴の裏が彼女から逃げろと主張するように、地面を擦った。


「……誰だ、お前!」


 その言葉に、巫女の少女は心底うんざりしたように大きなため息をつく。


 彼女は鎖を数回まわしてから、分銅が飛んできた。風を切る音に反応して、彼は後方に飛び退る。

 アスファルトの地面に深々と埋まる。あれが直撃したらと想像したくもない。


「あのね。この町で悪事働くなら私のことくらい知っておきなさいよ」


 巫女は地面に着地してから、再び鎖を回す。

 分銅の先が地面を擦るたびに、火花が散る。表情は一切動かないのに、圧だけが異様に強い。


「ま、三下みたいだし知らなくても当然か」

「だ、誰が三下だ! 俺は大妖怪の大狼様の手下だぞ!」

「……そういうところが、ほんと──」


 視界が反転した。

 自分の首が斬り飛ばされたのだと気づいたのは、頬が地面についたあとだった。


「──三下だって言ってるのよ」


 彼女の言葉は、もう彼には届かない。



※※※※※※※※※※



 羽生はにゅう鈴乃すずのは、塵となる妖怪から興味なさげに視線を外した。

 彼らが持っていた青白い炎に近寄り、手を差し伸べる。


 二つのそれは、慌てたように飛んでいった。倒れていた男女が、起き上がった気配を感じる。


 後方から小走りする気配に気がついた。その直後──


「鈴乃さーん! わ、とっ、あっ! ぅべぇ!?」


 変な声を漏らして、狐耳と尻尾をつけた女の子がヘッドスライディングを目の前でする。そのまま、尻尾がしゅんと地面に寝た。


「……何しに来たの、イヅナ」


 彼女はイヅナ。数ヶ月ほど前から鈴乃の神社に住み込んでる妖怪狐。妖怪にしては珍しく邪気がない──彼女が生まれてまだ五年ほどの子狐だからだ。

 人間の男の子に恋をして、人間界のことを勉強している途中である。


「鈴乃さんの手伝いをしようと思って!」


 最初の頃は彼女に妖怪退治のことを隠していたが、一緒に過ごしているうちにバレてしまった。

 元々人懐っこい狐だから、仕方なく受け入れることにした。


「もう、終わったわよ。……あんたが来る前にね」

「え! は、早いですね!?」


 耳をピコピコと動かしながら左右を確認する彼女に、呆れたため息を漏らす。


 持っていた鎖鎌をお札へ変え、指先で払うようにして懐にしまった。


 悲鳴が耳を掠める。先ほど妖怪に襲われて倒れていた人間たちが、事態に気がついたらしい。

 鈴乃は新たなお札を胸元から取り出すと、腰を抜かしている二人に構えた。


「『今宵風』『忘れたまえ』」


 唱えると、指に挟んであった札が淡く光った。

 鈴乃の周りを風が包み、裾が小さくはためく。


 二人の瞳から光が消えて、ぼーっとしながら歩き出す。これで、明日になれば今日のことは夢だと思って忘れているだろう。


 ついでに自分が分銅で開けたアスファルトの穴の方にも指を向けた。砕けた破片が風に乗り、綺麗に修復していく。


「はえ〜……。いつも思うんですけど、それってどうやってるんですか?」

「神力よ」

「それって私にもできます?」


 自分の手を覗きながら、ムムムとイヅナは唸っている。その姿が妙に愛くるしく、クスリと笑ってしまう。


「アホ神がもっとイヅナを気に入れば、できるかもね」

「おー、つまり私も戦うヒロインってやつになれるわけですね!」


 イヅナは目を輝かせて、カンフーの見様見真似で構えを取り始めた。彼女の動きに合わせて、尻尾が揺れる。

 また、余計なテレビに影響されたなとため息をつきながら、札をしまった。


「それよりも──」


 妖怪の一人が言っていたことが頭に引っかかる。大狼の手下とかなんとか。

 あれは口からでまかせを言っていたようには思えない。


「また厄介ごとの臭いがするわ……」


 鈴乃は額を抑えながら首を横に振った。

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