将来の夫が浮気!?許さない、その女と共に地獄に堕ちてもらおうかしら
酷い事態に陥っていた。
「なんですって?わたし以外の女と密会を?」
お屋敷の庭でバラの手入れをしていた手はピタリと止まった。
呆れたこと。
眉間に皺を寄せる。
侍女のスイリンが青い顔をして報告してきた。
「は、はい。間違いございません。市場で、見慣れない娘と親しげに……その、腕を組んでいらっしゃいました」
信じられない。
頭を振る。
婚約者、ウッシュフォード侯爵家の嫡男であるジルヴァルが、まさか浮気をするなんて。
そういうことは絶対にやめて欲しいと婚約前に、よく言っていた。
前世はただの女性だった。
普通、平凡、まぁまぁ。
貴族社会の婚約はもっと堅いものだと思っていたのに。
酷く裏切られた。
所詮は、この世界の教育程度を受けた、脳が小さい男だったということか。
「その女、どこの誰だか分かる?」
聞いた。
「はっ、はい。どうやらこの街に来たという平民の娘だそうで……名前は確か、ミヌーナと申しました」
平民の娘?
正気かあの人。
ジルヴァルの趣味も落ちたな。
まあいい。
どうせなら、まとめて地獄に落ちてもらいましょうか。
ため息を盛大に吐き出す。
「スイリン、いい?これからのわたしの指示を、絶対に間違えないで実行するのよ」
令嬢言葉に気を付けておく。
スイリンは背を伸ばす。
己の瞳は、庭の美しいバラとは裏腹に、冷たい光を帯びていた。
数日後。
王都の社交界は、ウッシュフォード侯爵家の嫡男ジルヴァルと、見知らぬ平民の娘ミヌーナのスキャンダルで持ちきりになっていた。
流してあげたのだ。
綿密に仕組んだ噂は、あっという間に広がり。
にやりとなる。
二人の軽率な行動は、多くの貴族たちの顰蹙を買ったのだ。
当たり前だ。
「まさか、あの由緒あるウッシュフォード家の御曹司が、平民の女にうつつを抜かすとは……」
さわさわと皆が言う。
「しかも、婚約者であるコロア様がいらっしゃるというのに!」
社交界では、ジルヴァルとミヌーナは嘲笑の的。
皆は貴族の何たるかを胸に生きているのに、二人は好き勝手しているのだから。
ジルヴァルの父親である侯爵様は激怒し、ジルヴァルを勘当寸前まで追い詰めたらしい。
今更か。
もっと早く諌めておけよと、父親達にも冷たい顔を向ける。
激怒したその先は。
ミヌーナも、貴族社会の厳しい目に晒され、街から姿を消したという噂。
「呆気ない」
平民が平気で過ごせないようにあちこち、広めよう。
ふふ、計画通り。
そして、婚約は当然のように破棄された。
契約なのだから。
慰謝料として、莫大な金銭と領地がこちらの元に届けられる。
まあ、当然。
(暇だわ)
そんな中、舞踏会で声をかけてきたのは、気品あふれる銀髪の青年だった。
うっとりしてしまうほど。
「美しいお嬢様にお目にかかれて光栄です。わたしは、エルフォード子爵家のアドゥンと申します」
アドゥン……なんて素敵な方。
物腰も柔らかく、瞳の色も吸い込まれそうだ。
美男。
「わたしは、コロアと申します」
少し緊張しながらも、微笑んだ。
それからというもの、アドゥンは舞踏会やパーティーに誘ってくださるようになった。
彼の話は面白く、一緒にいると心が温かくなる。
ジルヴァルのことは、もう遠い過去の出来事のよう。
まるで、影の薄い格下。
「はぁ、素敵」
ある夜、月明かりの下で、アドゥン様は跪き、手を取った。
彼は過去のどんな俳優よりも、かっこいい。
「コロア様。わたしの気持ちをお伝えしてもよろしいでしょうか。初めてお会いした時から、あなたの聡明さと美しさに心を奪われておりました。もしよろしければ、わたしの妻になっていただけませんか?」
ドキッ。
まさか、こんなにも早く、素敵なプロポーズを受けるなんて。
ジルヴァルとの婚約は、不幸な出来事だったけれど。
こうして、アドゥンと巡り合うことができたのだから、全ては必然だったのかもしれない。
「喜んで、アドゥン様」
かっこいいこの人となら、結婚したい。
目から、喜びの涙が溢れた。
彼は、嬉しそうに目を緩くさせる。
「泣かないで、瞳が溶けてしまう」
こんなプロポーズをされるなんて。
幸運を使い切ってしまったのかもしない。
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