第3話 「三つのプレゼント」
初投稿です。
テーマは王道異世界ファンタジーとブロマンスです。
第一章くらいまでは、世界観の説明が多くなりすぎましたが、ご了承ください。
「それではザイン、ステンドラ……くれぐれも頼んだぞ。
サヴァルディンにはくれぐれも内密にな!」
サイレスは物々しい雰囲気で、二人に何やら重要な任務を託している。その言葉と同時に、そばに控えていた老執事が一歩前に出た。彼の手には、深紅の厚布で丁寧に包まれた木箱がある。
布地にはイシュタルト家の家紋――「獅子と剣」が金糸で織り込まれていた。
箱の中には、整然と束ねられた《アムレテク紙幣》がぎっしりと詰め込まれている。全ての紙幣には偽造防止のための特別な印が施されており、その価値は疑うべくもなかった。
かつて主流だった金貨から、アムレテク紙幣が広く流通されて久しい。とはいえ、未だに一部の辺境では未だに紙幣での取引が出来ないところもある。だがこれから向かう先は旧都ロノレアである。そんな心配は無用だ。
ステンドラが一歩前へ進み、木箱を受け取る。想像以上の重量感が腕にズシリとのしかかった。それは、名門イシュタルト家といえど、容易く扱える額ではない。
「護衛はつけん。 お前たちの力を信用している。気をつけて行ってこい」
「かしこまりました。必ずや無事に……」
ザインとステンドラはそう答えると、深く頭を下げた。
二人には、当主からの確かな信頼が託されていることが、ひしひしと伝わっている。
若くして従者となった二人だが、すでにその実力はイシュタルト領内でも指折りである。
この託された信頼は、切磋琢磨し、磨き続けてきた才能と努力の結晶だった。
本来なら、この任務はステンドラの父――カーメイ・マーカインに任せるべき件のはずだ。
それをサイレスは二人なら任せるに値すると判断した。あえて若き二人に経験を積ませようとしたのだ。
全ては、これからのイシュタルト家を……サヴァルディンを支えていく存在として成長してもらいたいが為だ。
その任務とは依頼されたサヴァルディンのプレゼントを買ってくることである。故に当然ながら、本人には内密である。急いでも旧都ロノレアへの往復は馬を駆っても一日では済まない。
何も言わずに姿を消せば、サヴァルディンを心配させてしまうし、逆に不審に思われる可能性もある。
そのため、二人は一計を案じた。
「ククリカの森に厄介な魔物が出たため、討伐に出かける」そう伝えて出てきたのだ。
嘘を付くのは忍びないが、サヴァルディンへの「プレゼント」だけは絶対に悟られてはならない。
早朝から軽快な馬蹄の音が石畳みを打つ。晴れ渡る空、天気が崩れる心配はなさそうだ。
旧都へ向かう道は整備されているが、懸念点があるとすれば魔物の住むククリカの森を横断すること。
それとここらではほとんど聞かないが《盗賊》だろう。万が一盗賊が潜んでいるとしたら恐らくククリカの森だ、決して警戒は怠れない。
今回のお使いは、何せ持っている額が額だ。
何より失敗したら、サイレスの信頼を裏切ることになり、当然サヴァルディンをも失望させる。
緊張の面持ちで二騎が並んで走る。すれ違う気の良さそうな行商人すらも、ことごとく怪しく見えてくる。
三人は兄弟のように仲が良い。普段なら何をするにも、いつも一緒なので当然だ。
だが、今日に限っては、サヴァルディンが居ない。二人きりになるのなんていつぶりだろうか。
ザインとステンドラは、実はお互いに少しだけ苦手意識があるせいで、道中ろくに会話はなかった。
サヴァルディンは二人の間を取り持つ、緩衝材であり、潤滑油のような存在だったのだ。
……長い沈黙だけが続いた。
ククリカの森に入る時に、警戒の確認を兼ねて事務的な言葉を交わしたものの、それきりだった。
ようやく口を開き、沈黙を破ったのはステンドラで、時刻はすでに昼過ぎだった。
「ふぅ、無事に森を抜けましたね、この時間なら日が沈む前に全ての工房に行けるでしょう」
「あぁ、そうだな順調だ。 さっさとプレゼントを持ってサヴァルディンのこと喜ばしてやろうぜ!」
そう言って緊張が緩んだザインにも笑顔が見える。
そうして、なにごともなく旧都ロノレアへと辿り着いたのだった。
ーーー
今回サイレスに依頼されたプレゼントの品は三つある。
一つは剣、一つは外套、そしてもう一つ目は守護石である。
まず最初に訪れたのは、旧都でも名を知られた《刀剣工房リュミエール》。
工房の主リュミエールは、かの名高き工房 《龍刀正宗》で修行を積んだとされる名匠である。
「彼の剣なら、十四歳となり成人を迎えるサヴァルディンへの贈り物として相応しい」
と、子煩悩なサイレスが自ら注文した。つまり大切な誕生日プレゼントだった訳だが、
工房側の事情で制作が遅れ、サヴァルディンの誕生日に間に合わなかったのである。
温厚なサイレスだが、それはもう激怒した。
メインを飾る、剣のプレゼントが無い。
同時に、父親としての威厳も無い。
大切な、大切な成人を迎える14歳の誕生日が台無しになったと、怒り心頭となるのも当然だ。
しかし、サヴァルディンが、「そんな名匠が剣を打ってくれるなんて、少しくらい遅れても仕方ないよ。
むしろ、そんな凄い剣がいつ届くか楽しみ!」と、喜んでくれたおかげで、サイレスの怒りはなんとか収まった。せっかくの誕生日パーティーが一時はどうなるかと、皆がヒヤヒヤしたものだ。
いかに名匠と言えど、貴族の出ではない。
かく言う、サイレスは広大なイシュタルト領を納める辺境伯だ。
そんな大貴族に恨まれるようなことは避けたいはず。
リュミエールはサヴァルディンの人柄に救われた事だろう。
刀剣工房リュミエールへ着くと、さすがに今回は剣は打ち終わっていた。
まぁ、だから取りに来たのだがら当然である。
リュミエールは名匠と言われるが、想像していた姿と違い、気の弱そうな男だった。
サイレスの使いと知るや否や、平謝りを始め、急ぎ工房の奥から一本の剣を運んできた。
その剣をスラリと鞘から抜いて見せると、説明を始めた。
《星鋼》という極めて純度の高い鋼で打たれており、片刃で僅かに反りを持つ珍しい形状をしており、「日本刀」と呼ぶようだ。かつての勇者が異世界より持ち込み、工房 《龍刀正宗》でのみ継承される手法で作られた刀。長い修業を経て、ようやく当主に認められた者しか打つことが許されない。
工房の棟梁である正宗本人が打った業物ともなれば、1本あたり数千万に及ぶとも言われている。
そんな大陸随一の工房で修行した者の一本だ、さぞかし凄い刀なのだろう。
「へぇ~、これが勇者が持っていたのと同じ日本刀って奴か。 初めて見たぜ!」
「本当に珍しい形をしていますね。 刃だけじゃなく、持ち手も独特ですね」
二人はまじまじと眺める。そんな刀の柄には立派な魔石が一つはめ込まれていた。
「本当に遅れて申し訳ございませんでした、なかなか納得のいく物が打てなかったもので……」
刀匠リュミエールは誕生日に間に合わせられなかったことを再度深く謝罪した。
この柄にある魔石はその「お詫び」だそうだ。
「この剣の名は《星断剣》、宙の星すら切るという意味で名付けました」
自信のなさそうな顔の割に、実に大層な名をしている。その後もリュミエールは始終びくびくと怯えた様子だった。剣の説明をすると、すぐに鞘へと戻し、恐る恐る星断剣をステンドラへと献上した。
「確かに剣は受け取りました。謝罪に関してはサイレス様とサヴァルディン様へと伝えておきましょう」
それを聞いて、リュミエールはようやくホッと胸をなでおろした様子だ。
2人とも心の中では、名匠とはとても見えないと思っていたが無論口には出さない。
この剣の代金はあらかじめ支払い済みだ。長居する理由もないため、その場を後にした。
ーーー
二ヵ所目は《光の織工房》へ新調した外套を取りに向かう。
ククリカの森に生息する《灰霧鹿》の繊維を使った外套だ。
薄墨色の生地は派手ではないが、故に格式高く存在感を放つ。
魔物としての等級はBランクと決して高くない。
だが、その素材は静音性と耐寒性に優れ、軽くて非常に丈夫ということもあり高級素材となっている。
故に、灰霧鹿を狙う冒険者は多い。年々、個体数が少なくなっている現在、その貴重性は高まる一方だ。
これも当然一級品だ。今のサヴァルディンには少し大きいようだが成長期でグングンと背を伸ばしている。すぐにピッタリになるだろう。
そして最後に向かう工房は高級宝飾店、《アトリエ・ミリステラ》だ。
出迎えた店員にイシュタルト家の使いであることを告げると、すぐさま奥から店主を呼び寄せた。
「お待ちしておりました。サヴァルディン様の魔力覚醒の噂は旧都へも轟いております」
そうして奥の部屋へと案内される。
「こちらが光属性の魔鉱石の中でも極めてまれな純光結晶、《クラフィナイト》を用いた特注のネックレスでございます」
店主は、美しい黒天鵞絨の布の上に置かれたネックレスを慎重に両手で持ち上げる。
中央には滴型の結晶が、淡い金と白銀の光を複雑に混ぜながら、まるで呼吸するかのように光を脈打たせていた。そのあまりの美しさに思わず息をのむ。
「周囲は《陽銀》を基材とし、これ以上ない魔力伝導率と魔力透過率を兼ね備えた宝飾は、光属性の力を最大限に活かす構造となっております。 ……まさに、生涯身に着ける守護石として、この上ない品でございます」
言葉はどこまでも丁寧に、慎重に、だがその声音には誇らしさが滲み出ていた。
剣の代金は先払いしているし、灰霧鹿の外套も高かった。だが、それにしてもあまりに持たされた金が多いのでは? そう思っていたがこの光の守護石を見て、二人はようやく得心した。
この守護石はもうじき魔力覚醒するサヴァルディンのためにと、一年ほど前から予約してあった品であった。故にこれがいくらするのかサイレス様はすでに把握していたのだ。
あれほど重量感のあった紙幣がすっかりとなくなり、代わりに三つのプレゼントだけが残った。
こんな貴重なものを携えて、旧都に一泊するというのか……。
平和な時代だ。賊に宿まで押し入られることなど、まず有りえ無い。
「……それでも、今晩は宿でも代わる代わる見張りをした方が良さそうだ」と心の中で考える。
お互いに同じことを思っていたのか、ザインとステンドラは目が合うと、無言で頷いた。
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