第18話 「出生の秘密」
ザインとステンドラのおかげで、多少なりとも、この世界がどういうものなのかが見えてきた。俺にも魔法が使える可能性が出て来たし、国同士の争いもないことが判明した。今度こそ今後の方針というか、計画を立てたいと思う。
まだ短い期間だが、この屋敷で暮らして感じたのは、やはり居づらいという事だった。
父サイレスも母リズも優しいが、どこか腫れ物に触るように扱われていると感じてしまう。それは俺が記憶を失ったからという理由だけではない気がする。なんというか、言語化はしにくいのだが、少なくとも俺自身はそう感じている。俺が前とは別人格ということに、薄々勘付いているのかもしれない。
結論として、これ以上一緒に居て、ボロが出始める前に早めにこの屋敷から出ていきたいと思っている。
地図を見る限り、ここアムレテク国には三つの主要都市がある。王都テクレア、商業都市ヌノルヴァ、旧都ロノレアである。そのうちの一つ、《旧都ロノレア》はこの街の北へ、半日ほど行った先にある。故に、実家からは比較的近く、人口の多い街として旧都ロノレアが第一候補として上がる。王都や商業都市も大きく発展している街だが、実家からは流石に遠い。
まずは、旧都ロノレアで一人暮らしを始める。この世界に慣れつつ、初級魔法を覚え、前世の知識を活用しお金を稼ぐ。
そして傭兵なりなんなりを雇って、世界中を旅しながら、俺に封印をかけた七人の魔女を探すのだ。
七人の魔女の封印が解けさえすれば、魔法もちゃんと自力で使えるようになる。そしたら光の精霊ティティにも迷惑をかけずに済む。その後の事は、冒険者になるもよし、商人として頑張るもよしだ。そうなった時にまた考えれば良い。
(……うん、良いな。 やはりそれが一番理想的だ)
――問題は‟それ”をどうやって許してもらうかだ。
理想を語るのは簡単だが、サイレスにそれを認めてもらうのは困難を極めるだろう。何故なら領主の一人息子だ。将来は自分の後を継がせるべく、手塩にかけた可愛い、可愛い愛息子なのだ。それがどうだ……魔法が使えず、記憶喪失になったあげく、一人で他の街でやっていくと突然言い出す。誰がそんなこと許すと言うのだ?俺がサイレスの立場なら絶対に首を縦には振らない。振るにしても厳しい条件は付けるだろう。
そんな面倒な説得をするくらいなら、黙って出ていきたいところだが、流石にサヴァルディンの手前それは出来ない。何かがきっかけでサヴァルディンの意識が戻った時に、家族との縁が切れていたら大変だ。そもそも魔女に攫われたと勘違いして、大規模な捜索が行われても困るし、あっさりと旧都に居るのがバレて連れ戻されるのも嫌だ。
せっかくこれからのライフプランは立てたのに、そんなことを考え出したらサイレスに話し出す勇気など無くなってしまった。
(せめて、何か良いきっかけがあればなぁ……)
そんなことを考えながら過ごしていたら、都合よくサイレスからお呼びがかかった。呼びに来たステンドラの父カーメイに連れられてリビングへと向かう。そこでは父と母、そしてザインとステンドラがすでに集まっていた。父サイレスと母リズの表情はいつになく暗い。重苦しい沈黙がリビングの広間を包んでいる。
サイレスは俺が席に座るのを確認すると、深く息を吐き、言葉を紡ぎ始めた。
「来たかサヴァルディン。 実はな……お前に伝えたいことがあって呼んだのだ。 これはザインとステンドラも知らないことだ」
チラッと横目でザインとステンドラを見ると、緊張の面持ちで身じろぎ一つせずサイレスの言葉を待っていた。
(おいおい、一体なにを喋ろうってんだ?)
あまりに重たい空気に、俺にも緊張が伝染してしまう。
「本当は一生黙っているつもりだったんだ。 だが、先日お前を狙って魔女が現れた。お前が異世界からの転生者じゃないのか疑っての襲撃だったそうだ。 お前はそれによって記憶を全て失ってしまった。 それは一時的な混乱で、記憶が直ぐに戻るのではないかと期待していたんだが、今のところその気配はない……。 私とリズは悩んだ、今が真実を打ち明けるタイミングではないかと」
サイレスは、まるで懺悔するかのように苦しそうな表情のまま話しを始めた。そして強く葛藤していることがありありと伝わって来た。それほど、これから話すことは隠しておきたいことなのだろう。
「驚かないで聞いて欲しい。実はな……お前は私とリズの本当の子では無いのだ……」
どういうことだ? サヴァルディンの身体に俺の別人格があるって話じゃなさそうだ。実は養子ってことなのだろうか。
ザインとステンドラは、その言葉に度肝を抜かれたような顔をしている。予想だにしていなかったのだろう。
「今から十四年ほど前だ。私とリズの間にはな、その、長い事子供が授からなくてな……。その頃は男の後継者を産まねばと私も酷く焦っていたのだ。 私はリズのことを愛している。 故に他の妻を娶ることは考えなかった。 だから私は何度も聖域に行って、祈っていたよ。どうか子供をお授け下さいとな……」
ふと、サイレスの脇にいたリズから、か細い声が漏れた。彼女は唇を噛みしめながら、震える両手を胸元で固く握っていた。瞳は既に潤み、頬を伝って一筋の涙が静かに落ちる。
自分の子が産めなかったのを悔いているのだろうか? それともサヴァルディンが本当の子では無いことに泣いているのだろうか?
あの時、サヴァルディンが生き返った時の喜び様。間違いなくリズは母親として接してくれていた。それは他人の俺にだってわかる。今のリズのことを見ているだけで胸が締め付けられる。今すぐ抱きしめてやりたいとさえ思うほどだ。
――誰が何と言うおうと、あなたは俺の母親だと伝えたかった。
だがサイレスは、話をやめることなく続ける。
「そんなある日のことだ、私は例にもれず聖域に祈りを捧げにいった。 するとどうだろう、聖域の大木の洞の中で一人の赤子が泣いていたのだ……。 信じられるか? 聖域は魔物がなかなか寄り付かないとは言え、ククリカの森だ。 そんなところにわざわざ誰が赤子を捨てに来よう! 私は女神アルテミス様が授けてくれたのだと確信した。今でもその時のことは昨日のことのように思い出す。 まだ小さな赤子だったお前を連れ帰り、リズに話した。 女神からの贈り物を、自分たちの産んだ子として‟偽って”育てようと……」
――実の子ではない。
本当の親もわからず、聖域とやらに捨てられていた。もしくは本当に女神アルテミスとやらから授かったのかもしれない。真偽はどうであれ、サイレスとリズは本当の親ではない。これをサヴァルディンが聞いたら恐らく相当なショックを受けたのは間違いないだろう。
だが、今聞いている中身は異世界の記憶を持つ俺だ。だから、自分に向けて言っているのだが、正直他人事のような感覚があった。
しかし、ザインとステンドラは違ったようだ。自分の事のように衝撃を受け、いたたまれなさそうに眼を伏せている。それは信じたくないと言うような、苦悶の表情だ。
「それからはずっと苦しかった……。 まずかつての勇者のように前世の記憶があるのではないかと心配した。成長と共に普通の子とは違うことを言い出すのではないかと怯えて過ごしていたよ。 まぁ、それは杞憂に終わったのだが。 お前はただの普通の赤子でとにかく可愛かった。 物心ついた後は、次期領主となるように教育や訓練を強い始めた。 心の中では悩みながらも、領主の子なのだからそれが当然のことだった。 誰かに疑われる訳には行かないから、悔やみながらもそうするしかないと自分に言い聞かせて来た。 そして魔力覚醒が近づくと、今度はもしや勇者のような尋常ではない力に目覚めるのではないかと恐れるようになった。 そうなれば、いくら高位貴族同士の子あっても、流石にバレるのではないかと思い始めたのだ」
「それで、あんな魔力封じの腕輪なんかを持っていたのか……」
ザインが得心したように、小さく漏らしていた。
「サヴァルディン様に闇の魔力が使えるのもそういうわけだったのですね。 サイレス様は光、リズ様は雷の魔力ですから、道理でおかしいと……」
ステンドラもそう言って納得していた。 遺伝的に闇属性が使えたのを心の中で不審に思っていたのだろう。当然、本人たちにそんな失礼なことを聞ける訳もなく黙っていたのだ。
なるほど、道理で腫れ物を扱うようによそよそしく感じる時があるわけだ。後悔や不安、そして恐れがあったわけだ……。見て見ぬふりをしてきたその不安が、襲撃の一件で膨れ上がっていたのだろう。そういうことなら納得だ。
それで俺は、この二人になんと言うべきか……。ここは少しばかり、真実を話して様子を見るチャンスなのではないか?
「そういうことでしたか。 その……今までの記憶を失ってからなんですが、断片的に別の世界の記憶を思い出すことがあります。 僕は確かに異世界から来たのかもしれません」
本当はかなりしっかり、前世の記憶を覚えているのだが、そこまでは言わなくて良いだろう。
それでも、俺の言葉に衝撃を受ける一同。
「確かに色々な思い出とかも忘れてしまったけれど。 お父さんやお母さん。みんなから沢山の愛情を受け取って来たことはハッキリわかります。 それはきっと、頭ではなく‟心‷ が覚えているからです。 だから、どうかそんな顔をしないで……例え血が繋がっていなくとも、二人は僕の父と母です」
――これは本心からの言葉だった。
二人は間違いなくサヴァルディンの両親だった。良いじゃないか……血なんて繋がってなくたって絆は育まれるんだ。
そして間違いなく、絆は育まれていた。心がそう叫んでいる気がする。
ここにいる皆が涙を流していた。そして嗚咽と共に、サイレスは言った。
「あぁ、そうだ……。 血は繋がっていなくてもお前は私たちの愛する息子だよ」
俺はサイレスとリズを抱きしめた。
それが、まるでサヴァルディンの意思であるかのように……。