第17話 「魔法」
一時は寝たきりとなり、体力の落ちた身体。なまった身体をほぐすように、今は庭に出て運動をしている。それで気づいたのだが、このサヴァルディンの身体は凄かった。教えられたことをスラスラ覚えて頭も良いし、身体も強い。前世では特に勉強も出来ず、運動神経も良くなかった俺からすると随分とハイスペックに感じる。
プレゼントでもらった《星断剣》はそこそこの重量があったが、この身体でなら振るうことも難しくない。この剣を簡単に振ってのけるのが、まだ14歳の子供の身体だと思うと凄まじい。これは前世の世界と比べ、この世界の人間の強度自体が強い説もある。戦国時代の子供が、現代社会の子供よりずっと強いのと一緒だ。魔物と戦っている世界なのだから、それも十分あり得る。
もしくは、これが‟転生ボーナス”というやつなのだろうか? 転生者が魔力量や身体能力が高いというのは‟あるある”だ。
……いや、やっぱり違うかもしれない。
この身体は相当筋肉質だ。俺が忘れているだけで、サヴァルディンは必死に鍛えて育ったのだろう。手を見れば何度も潰れて硬くなったタコが見える。教わったことをスラスラ覚えられるのも、勉強して一度は覚えたことだからだ。全部、前のサヴァルディンの努力の賜物なのかもしれない。だとしたら転生ボーナスなんて失礼なことは言っちゃいけない。
「どうだサヴァルディン、体調の方はよ?」
「あ、はい。 全然大丈夫です!」
そういえば俺は前世では結構な人見知りだったんだが、ザインやステンドラにはあまり緊張しない。これもサヴァルディンの記憶が関係しているのだろうか。
ザインとステンドラも素振りを一緒にやってくれる。ザインの大剣は本当にデカいな、ゲームで出てくる武器みたいだ。魔物は小さいのもいれば大きいのもいるらしい。きっと異様に硬いのもいるのだろう。致命傷を与えるにはこういった大剣が必要になるのかもしれない。ステンドラは身の丈にあった普通の剣だけど……。
ブォン――ッ!
ザインが大剣を振るたび、空気を切り裂くような音と風圧が巻き起こる。なんだあの肩と腕の筋肉は……。肩にでっかい重機を乗せてるみたいだ。こんな強そうな身体をしているのに、Bランクってマジか。だとするとAランクやSランクの人たちってどんなバケモノなのだろう。――気になることは、どんどんステンドラに聞こう。
「確かに身体の筋肉も大事です。ですが筋肉の大小より、魔力をいかに纏うかが大事なんです。 魔力を纏えば、本来の力よりも何倍も強い力を発揮出来ますからね」
「その……実際に魔法を見てみたいんですが」
「かしこまりました。 では、魔力身体強化魔法―《マギア・エンフォース》からお見せしましょう。 これがすべての魔法の中で一番の基礎と言われる魔法です。 別名、《闘気》とも呼ばれ、戦いの中では常にこれ纏いながら他の魔法を使うことが強いられます。 では、いきますよ……」
ステンドラが静かに地を踏みしめる。静かに揺れる瞳は、水面のように澄んでいた。
「纏え――《マギア・エンフォース》」
低く響く詠唱とともに、彼の全身が淡い蒼の水に包まれていく。魔力が皮膚に沿って走り、流れ、やがて彼の肢体を覆った。
続けて今度は右手を前に出し、
「雫よ、刃となれ―《アクアスラッシュ》」
水が薄く形を変え、前方へ半月状の水刃となり放たれる。
「これが、魔法。凄い……」
小さく漏らしたその声に、ステンドラは静かに振り返り、ふっと微笑む。その優しい眼差しに、思わずドキッとしてしまう。おいおい、マジでイケメンすぎだろ。
「サヴァルディン、俺の魔法も見てくれよ! 集え、爆ぜる炎核――《イグナイト》!!」
ザインの突き出す右手に、濃密な紅の火球が凝縮されていく。空気が熱を帯びて震え、次の瞬間――それは鋭く一直線に放たれて空中で爆発した。爆音と共に、熱い熱風が遅れて届く。
「うわあぁ!」
びっくりした!小さな爆弾でも空中に投げたのかと思った!
「おい!バカザイン危ないだろ!いきなり中級魔法を放つ奴がいるか!」
「だってよぉ、サヴァルディンの前で良いところ見せてぇじゃねぇか」
「このっ……いや、それなら私だって中級魔法を見せる! 波よ、うねり集え 海神の剣――《ミールウェイヴ》」
ザインに注意したと思いきや、なんとステンドラも張り合うように中級魔法を放ちはじめた。
(え、そういう人?)
ステンドラが詠唱すると、3mほどの巨大な分厚い水の剣が出来る。先ほどのアクアスラッシュと違い、規模が数段大きい。その巨大な水の剣を放つ。とてつもなく鋭く、速い斬撃だ。
「おい危ねぇだろ!」
「お前が言うな!バカザイン!」
この二人は仲が良いのか悪いのかよくわからない。ここはどっちも持ち上げて場を納めるべきと見た。
「こんなに凄い魔法を使えるなんて、二人ともカッコいいね!」
それを聞いた二人は頬を赤らめる。そして口々に、「このくらい大したことないぜ」だの。「もっと凄いのも出せますけどね」だの言い出した。どうやら二人は、ちょろい男だったようだ。
「よし! 次は俺の上級魔法《炎獅子》を見せてやるぜ!」
「ばっ……貴方は屋敷を燃やす気ですか!!」
あぁ……そんなこんなでまた漫才が始まってしまった。でも上級魔法も見たかったな……。最上級魔法まであるというし、中級魔法でこの威力なのだから、とてつもない魔法になるのだろう。更地になるレベルなのか、あるいは地面にぽっかりクレーターくらい出来るのだろうか……いつか全ての属性の最上級魔法を見たいものだ。
それにしても、良いなぁ。俺も魔法使ってみたかったなぁ。
魔法のある世界に転生したのに、魔法が使えないことなんてある? 話によると光と闇の二属性持ち、しかもとてつもない魔力量を持っているという話だ。
厨二病全開で、
「輝け、絶望の光。閉ざせ、希望の闇――《ネメシス・ゼロ》」
……みたいな、光と闇の混合魔法を放ちたい!! それで皆にちやほやされたい。そういった承認欲求なら、男なら誰だってあるのだ。
『少しなら、私の魔力で魔法を使えるよ?』
そんなことを考えていると、突然頭の中にティティの声が響く。声にはしていなかったが、よほど強く頭で想像してしまったようだ。それでティティに聞かれてしまった。恥ずかしい……なにが《ネメシス・ゼロ》だよ!穴があったら入りたい。
だが、それは仕方ない。それよりも今の発言だ。
『どういうこと? 本当に俺にも魔法使えるの?』
『うん。私の魔力で光の初級魔法くらいなら使えるわ。でもそれ以上は無理、あなたの魔力循環が行えなくなっちゃう』
『でも力が弱ってるんでしょ? 魔力使っても大丈夫なの?』
もちろん魔法に憧れはある。でもわがままを言って、ティティに無理をさせて共倒れするほど愚かじゃない。
『百年前の戦いでね、力を使いすぎてしまったの。 力を失う前なら、上級魔法だって何発も使えたわ』
百年前の戦い? というか、薄々思ってたけどティティって凄い精霊なのかもな。
『それもこの素晴らしい魔鉱石のおかげね。 一日に二発、いえ三発までなら初級魔法に必要な魔力を私が肩代わり出来るわ。 連続で使わなければ、この魔鉱石を通して空気中の魔素を吸収してまた魔力を回復できる。だから安心して』
制限付きとはいえ嬉しいことに変わりない。どんな魔法でも使えるなら大喜びだ。 余裕をもって、初級魔法二発が上限と考えておこう。
『ところで百年前の戦いって何があったの?』
『異世界からの悪魔たちの大侵攻よ、後に《人魔大戦》と名付けられた戦争。 私はエイトという人間と一緒に戦い、力を使いすぎちゃったの』
ティティは見ず知らずの俺のことも迷わず助けてくれた。 百年前の戦争でも、人間に力を貸してくれたようだ。精霊ってのは、皆優しいのかな?
『ティティって凄い精霊だったんだね。俺を助けてくれて本当にありがとうね』
『ふふ、どういたしまして』
ティティは本当に可愛い奴だ。そして良い奴だ。力を使いすぎると消えちゃうのに、俺を助けるのに躊躇がない。いつか恩返ししよう。出来るかはわからないけど――俺はそう固く決意したのだった。