第14話 「精霊の依り代」
心配な事を考え出したらキリがない。かと言ってじっとしている時間はない。‟ティティ"のための依り代を見つけるのが急務なのだ。いや、それは嘘か……‟俺"自身のために依り代を見つけないと行けないのだ。
サイレス達は応接間のような場所に集まっていた。きっと、俺の記憶喪失について話し合っていたのだろう。皆の視線が一斉に集まる。心底心配そうな表情だ。にも関わらず、その視線がどこか恐いと感じてしまう。
(……大丈夫だ、落ち着け)
ここにいるのは全員味方、そう自分に言い聞かせる。とにかく正直にティティの話を伝えよう。誠心誠意で関われば、無下にはされないはずだ。……多分だけど。
「あ、あの……お父さん?」
俺が話しかけると、少し驚いたようなサイレス。なにか間違ったのだろうか? 父親で合ってるよな?
「あぁ、どうしたサヴァルディン」
一瞬、呆気に取られていたサイレスだがすぐに返事をする。
そこから俺は話し始めた。光の精霊ティティが、俺のために魔力を循環させて救ってくれたこと。そのティティは父親たちの願いを聞き入れてやってきたこと。このままだと魔力がなくなり、共倒れしてしまうこと。そうならないために、契約を済ませ、今は依り代となる魔鉱石か魔石を求めていること……。
なるべく正確に伝えたつもりだが、皆は信じられないといった様子で互いに顔を見合わせた。俺は何かおかしなことを言っているのだろうか。それとも、疑われているのだろうか。段々と不安になった俺は、ティティを呼んで見せることにした。
「そうだ、皆にもティティをお見せします! 出てきてティティ!」
そう言うと、また胸から光のオーブが現れる。
これで信じて貰えると思ったのだが、相変わらず皆の表情は固い。
「今、そこに光の精霊がいるのか?」
恐る恐る、といった様子でサイレスが問うてくる。
「ええ。この光のオーブがティティ、いや正確にはティターニアって名前なんですが……」
光のオーブを見ただけでは、精霊とは思えないのかもしれない。そう思って補足するが、皆の表情は神妙だ。俺が指し示す場所を、懸命に目を凝らして見つめている。まさか、精霊を見るのは初めてなのだろうか?
はじめは呑気にそう思っていたが、次第に様子がおかしいことに気が付く。ティティがふよふよと俺の肩のあたりに移動してきたというのに、誰も目で追う様子がない。懸命に、最初に俺が指し示した場所を見つめ続けている。
――そこでようやく気付いた。
皆には、ティティの姿が見えていなかった。精霊の姿は、少なくともここにいる人間の中では、俺だけにしか見えないのだ。精霊はこの世界の人々にとって、全然当たり前の存在ではなかったのだ。
「やってしまった!」と、瞬時に後悔した。俺はさっそく失敗してしまったのだ。この世界の常識から外れてしまい、みんなには見えないものが見えているのがバレてしまった。もしかしたら、異常者とすら思われたかもしれない。この世界に魔女裁判のような異端者を裁くものがあってもおかしく無い。にも関わらずだ。
(どうしよう……)
こういった事がきっかけで異世界の記憶も持つ別人と疑われるかもわからない。俺の頭は次々と不安でいっぱいになる。
俺が異世界人だと知られれば、サヴァルディンの肉体を奪ったことを糾弾されるかもしれない。大切な息子の身体を奪った得体のしれない存在に、彼らはどんな言葉を浴びせるのだろう。その恐怖に全身の血の気が引いていくのがわかって、俺は俯いた。
「サヴァルディン、顔をあげなさい」
サイレスの声に、思わずびくりと肩が跳ね上がる。なにを言われるのだろうか。恐怖で身体がこわばる中、俺はそろそろと俯いていた顔をあげ、そして驚いた。恐ろしくて目をそらした父の表情が、あまりにも慈愛に満ちていたからだ。
「何も覚えていない中で不安だっただろうに、私たちを頼ってくれてありがとう。 お前も気づいただろうが、我々には精霊が見えない。しかし決して、お前の話を疑ったりはしないよ」
俺の肩に手を置き、寂しそうに笑う父の声は、泣きたくなるくらい優しかった。突然色々なことが起こりすぎた影響か、俺は過度に不安を感じすぎていたようだ。あるいは、肉体の幼さに引っ張られているのかもしれない。
「まさかお前が精霊と契約出来るほど、彼らとの親和性が高いとは知らなかった。 精霊と契約ができるということは非常に稀有な力で、誇らしいことだ。驚いてまともな反応も返せず、お前を不安にさせてしまったな。 すまなかった」
「そんな……僕が勝手に不安になったんです。 何もわからない僕を、こんなにも優しく受け入れてくれる皆さんを、僕は……」
「謝らなくていい。ゆっくりでいいんだ。ゆっくり、私たちを信じてくれればいい」
サイレスは優しい人だ。俺は彼にとって本当の家族ではない。俺にとっては彼は他人なのに、彼にとっては俺は家族なのだ。その優しさにチクリ、チクリと罪悪感が募る。俺はいつか、この人たちの優しさに応えられるのだろうか?
「それはそうと、サヴァルディン。 お前今、光の精霊様は私の願いを聞き入れてくださり、私についてきてくださったと言ったが、それは《聖域》の話か?」
ティティは、脳に直接語りだす。
「え? ……そう呼んでいる所で合っているそうです」
するとサイレスは立ち上がり、膝を付いて頭を垂れた。
「ありがとうございます、光の精霊ティティ様。サヴァルディンの命を救っていただき、本当にありがとうございます」
サイレスの声は震えていた。皆がサイレスに習うように頭を深く垂れる。
「サヴァルディンよ、ティティ様は我らがイシュタルト家の守り神に違いない。お前もしっかりと感謝するように」
「あ、はい!」
「……して、依り代となる魔鉱石か魔石と言ったな。そういうことならちょうど良い代物がある」
サイレスが目配せすると、部屋にいた老執事がどこからか綺麗な赤い風呂敷を運んできた。なかなかに大きいが、魔鉱石とはそんなサイズ感なのだろうか。依り代がいったいどういうものなのか、まったく見当がつかない。魔鉱石のサイズ次第では、持ち運びに支障が出る可能性もあるだろう。
グリムが俺の前に立ち、静かに風呂敷を広げた。すると中から出てきたのは、外套と剣、それから黒い小箱だった。
「ステンドラ、説明を……」
「承知いたしました」
サイレスは外套と剣を見て自慢げに笑うと、彼の後ろに控えていた白銀の髪の美青年に指示を出す。すると美青年――ステンドラは一歩前に出て、それらについて説明を始めた。
まずこちらの外套はあの灰霧鹿の毛皮から作られたものだとか。この剣はかの名匠の業物だとか。いろいろ言っているがあまり頭に入ってこない。とにかく高価で、凄く良いものであることは分かった。ステンドラは外套と剣の説明を終えると、今度は高そうな小箱を手に取る。彼は美しい所作で俺の前に片膝をつくと、目の前でそれを開けてみせた。
中から取り出されたのは、美しい宝石がはめ込まれたペンダントだった。その宝石は淡い金や白銀が混ざりあったような不思議な色をしていて、見る角度によって色を変える。繊細な装飾で作りこまれたそれは、一目で特別なものだとわかった。
「おほん。この石は、サヴァルディンの魔力覚醒を祝って用意した《守護石》だ。 クラフィナイトという最上級の魔鉱石を使用した特注品である。 光の精霊様の依り代とするにはうってつけだろう」
わざとらしい咳払い。 そのペンダントの説明は、サイレス直々に行われた。どうやらサイレスも良いカッコをしたいのだろう。
俺は前世ではかなりの鉱石好きだった。そんな俺から言わせてもらうと、この宝石は凄い。何がどうとかは言い表せないが、とにかく凄いのだ。――なるほど、サイレスが言ったちょうど良いものとはこのペンダントのことらしい。たしかにこれがあればティティの依り代問題は解決しそうだ。でも家にするには小さすぎる気もする?
「外套と剣も含め、すべてお前のために用意したものだ。 14歳の誕生日祝いには間に合わなかったが、今こうしてお前に渡せたことが、父として何より嬉しい。 ティティ様と女神様に感謝せねばな」
俺が魔鉱石に目を奪われていると、サイレスは本当に幸せそうに頬を緩ませ、そう語った。周りの者たちも、このサプライズに嬉しそうだ。
14歳の誕生日祝い。サイレスは確かにそう言った。今俺の目の前に差し出されているのは、彼らが14年をともに過ごしてきたサヴァルディンのために用意したものなのだろう。14年間大切に育てた愛息子のために、心をこめて用意したのだ。
俺はそれに、胸が締め付けられる思いがした。
本当だったら、この‟愛"は全てサヴァルディンが受け取るべきものだったのに……。
「どうした? サバルディン、体調でも悪いのか?」
暗い表情で俯いたせいだろう、サイレス達が心配しはじめる。
「いえ、あまりに凄いプレゼントに……その、嬉しすぎて」
俺は罪悪感をごまかすようにそう言って、無理矢理笑顔を作る。
(今、うまく笑えているだろうか?)
自然に笑えているか不安だったが、サイレスたちが安心したように笑ったのをみて、俺も安心した。
「ティティ、この魔鉱石は依り代としてどうかな?」
これ以上彼らをまっすぐ見ることができなくて、話をそらすようにティティに話しかける。すると俺の胸元から光のオーブが再び現れ、俺の目だけにその姿を映した。淡い光は溶けるように、ペンダントの美しく煌めく魔鉱石の中へ、ゆっくりと吸い込まれて行く。
――光が魔鉱石に完全に沈んだ、次の瞬間だった。
そのクラフィナイトと呼ばれる魔鉱石は、ひときわ強い、澄み切った銀白の輝きを放つ。
「凄い……綺麗だ……」
思わず、眼を奪われるほどの美しさに、感嘆の声が漏れるサヴァルディン。
(あぁ、とても澄んだ魔素……すっごく心地いいわ)
魔素というのがいまいち何なのかピンと来ないが、ティティが喜んでいるのは声色で伝わる。
「どうやら気に入ってくれたようです。ティティも喜んでます」
それを聞いて、一同はほっとした様子で表情を明るくさせた。
(よかった……俺が乗り移っている間に、サヴァルディンまで死ぬようなことにならなくて本当に良かった)
これで俺の命は、とりあえず繋がったようだ。それと同時に、サヴァルディンの‟身体"も殺さずに済んだ。その事実に、俺は心から安堵したのだった。