第1話「魔力覚醒」
初投稿です。
テーマは王道異世界ファンタジーとブロマンスです。
第一章くらいまでは、世界観の説明が多くなりすぎましたが、ご了承ください。
空は朱に焼け、遠くの屋根が金色に縁どられている。
風がどこか冷たくなり始め、直に日が暮れようとしていた。
職人たちは手を止め、酒場からはかすかな笑い声がすでに漏れ始めていた。
そんな穏やかで静かな夕暮れ時。
領主の屋敷へと赤髪の男が息を切らして駆けていた。
赤髪の名前は、《ザイン・アズバーン》
領主である《サイレス・イシュタルト》の元で共に暮らしている従者である。
領主の家は街のほぼ中心、小高い丘の上にあった。
ザインは屋敷へと駆け込むと、サイレスのいる書斎へ一目散に駆け、ノックもせずに扉を押しのけた。
「――親父殿! 大変だ、サヴァルディンが魔力覚醒をっ……!」
書斎では、白髪交じりの威風漂わせる男が机で書類に目を落としていた。
血相を変えたザインを見て、一瞬戸惑う。
しかし、その言葉を聞きすぐさま立ち上がった。
「……魔力覚醒だと!?」
《魔力覚醒》
14歳前後で身体の成熟にともない、魔力が体外に表出される現象のことである。
つまり、魔法を使用出来るようになるために誰しもが通る、当たり前の通過儀礼。
そして、ソレは子が健康に育った証でもある。
「おぉ、そうか!サヴァルディンがついに……良かった!」
サイレスは安堵の声を漏らした。
魔力量の多い者ほど魔力覚醒は早く起こるとされている。
そんな中、14歳の誕生日を迎えてもなお、未だ魔力覚醒が起きないことをサイレスは日々思い悩んでいた。
サイレス自身も13歳を過ぎた頃には魔力覚醒を経験している。
魔力覚醒の時期が遅い事、つまり領主を継ぐ息子の魔力量が少ないのではと、内心かなり気を揉んでいたのだ。
「違うんだ親父殿! サヴァルディンが魔力覚醒したのはそうなんだが、そのまま魔力を垂れ流し続けちまって止まらねぇ! 10分ほど様子を見たが、まるでコントロールも出来ねえ!今すぐ助けに来てくれ!」
鬼気迫る様子で、必死に訴えるザイン。
それは異常事態であり、緊急事態なのだと物語っていた。
サイレスは、何が起こっているのかを理解した。
本来喜ばしい知らせであるはずの魔力覚醒。
安堵から一変、ドン底に叩き落とされたような顔である。
サイレスは全身の血の気が引くのを感じた。
それでも、すぐさま掛けてある外套を手に取りながら、急ぎ馬を用意するようにザインへと指示を飛ばした。
魔力覚醒で初めて放出される魔力は身体の周囲を滲む程度の事もあれば、時に荒々しく湧き出ることもある。
だがそれはあくまで一時的なものであり、自然と収まるのが通常であった。
それなのにサヴァルディンに限って、それが止まらず垂れ流しになっている。
魔力は無尽蔵に湧き出るものではなく、人にはそれぞれ魔力の容量に限りがあるものだ。
使いすぎれば身体は異常を訴え、無理をすれば気を失ったり、死ぬこともあり得る。
さすがに魔力が尽き掛ければ止まるだろうが、万が一という事がある。なんせすでに異常事態だ。焦るには十分な理由である。
そんな緊急事態において、サイレスは胸の奥に沈めていたある記憶を思い出していた。
早足で棚から古びた小さな木箱を取り出す。
それを外套のうちに隠すと、踵を返した。
厩舎へ向かうと、すでにザインが鞍を付け終わす所だった。
2頭の馬を厩舎から連れ出すと、ザインがサヴァルディンの元へと先導し案内する。
偉丈夫な二人が鉄のような脚で馬腹を蹴ると、けたたましい蹄の音が夕方の静けさを切り裂いた。
ーーー
ここイシュタルトの街は、旧都ロノレアの南方、ククリカの森を越えた先に位置する。
四季折々の実りをもたらす、古くよりロノレアの穀倉と称された肥沃な大地である。
そんな旧都ロノレアの要衝である地を代々統治してきたのが辺境伯の家柄たるイシュタルト家であった。
名家のただ一人の世継ぎである
《サヴァルディン・イシュタルト》は、大きな期待と責務を背負い育った。
領主の子が学ぶべき教養は膨大だ。
それがこれほどの名家ともなれば尚の事である。
領地の運営に関わる政務――収穫と課税、治水と交易。
軍備と防衛の基礎に加え、剣術と騎乗の訓練、簡易戦術や伝令の扱い。
さらに、貴族社会の礼儀作法から王国史、国の地理まで――
それらすべてが、「領主の子」として当然の教養とされた。
普通ならば、過剰とも言える教育や責務に押しつぶされ、心が歪んでもおかしくはない。だがサヴァルディンは違った。毎日のように勉学や特訓に励み、それでも決して弱音を吐かなかった。それは彼の才能と真面目な性格故だろうか。
否、それだけではない。
彼が折れなかったのは、――常に傍らに、従者である二人がいてくれたからだ。
《ザイン・アズバーン》と《ステンドラ・マーカイン》
年齢は19歳と18歳と、14歳のサヴァルディンより年上だが、二人はただ仕える者としてではなく、時に叱り、時に笑い、そしてともに学ぶかけがえのない「親友」だった。
ーーー
その日は珍しく午前中で勉学を終え、サヴァルディンにとっては束の間の自由が与えられた日だった。
ザインとステンドラという気の置けない二人の従者と共に、街へと足を伸ばし、久しぶりに年相応の笑顔を見せていた。
小川のせせらぎに耳を傾けたり、小高い丘から街を一望したり、ほんの僅かな時間ではあったが、それは何よりも貴重な息抜きだった。
そして日が傾き始める頃、三人はゆるやかな帰路に就く。
どこからか夕飯の良い香りが漂ってくる。
サバルディンは道中見つけた石ころをコロコロと大切に蹴とばしながら屋敷へと歩いていた。
――そんな時
それは何の前触れもなく、突然始まった。
胸に違和感を感じふと立ち止まったサヴァルディン。
次の瞬間、光と闇の二つの魔力が忽然と内から溢れ出たのである。それは瞬く間に全身を覆うように迸った。
ザインが息を呑む。ステンドラも目を見開いたが、すぐに状況を察する。
――《魔力覚醒》だ。当然彼ら2人もかつて経験した現象である。
サヴァルディン自身も直に来るとは思っていた。
だが、あまりにも激しい魔力の噴出に戸惑いを隠せない。
「大丈夫だ、それはお前の力だ。深呼吸して徐々に抑えてみろ」
ザインが落ち着いた声で優しく言った。
「おめでとうございます、サヴァルディン様。ついに魔力覚醒ですね。旦那様も奥方様もお喜びになりますよ」
ステンドラが嬉しそうな笑顔で言う。
そう、これは喜ばしいことなのだ。
だが数分経っても魔力の放出は一向に収まる気配を見せない。サヴァルディンも魔力のコントロールを試みるも、濁流のように溢れるそれを止めることが出来ない。
ザインとステンドラの2人にも、段々と焦りの色が見えてくる。
……でも大丈夫。
もう直収まるはずだ、普通ならそのはずなのだ。
そうして、一体どれくらいの時間見守っていただろう。
すでに10分は経過しているのではないか?
いや、もしかしたらもっと長い時間続いていた気もする。
「さすがにこれはヤバいだろ……」
ザインの顔が焦燥で歪む、ステンドラはだいぶ前からすでに青ざめている。
間違いなく異常事態、このままでは死ぬかもしれない。
最悪が脳裏をよぎる。
ザインが息を呑み、決断する。
次の瞬間には彼は駆けだしていた。
「親父殿を呼んでくる! お前はサヴァルディンを頼む!」
「……え? あぁ、わかった!」
呆然としていたステンドラだが、すぐに理解したようだ。
彼はイシュタルト家に代々仕える貴族の息子であり、常に冷静沈着で、どんな状況でも的確に物事を判断する優秀な男だった。それは1歳年上だが、平民の出であり教養なく育ったザインを普段から小ばかにするほどである。
だが自分の命よりも大事なサヴァルディンの危機に、彼は完全に動きを失っていた。
ザインのように決断できずに、逡巡してしまった。
ステンドラはその場で、ただサヴァルディンを見守ることしか出来なかった。
ーーー
時は戻り――
サイレス達は馬を走らせながら、サヴァルディンの元へと向かっていた。
ザインから事の経緯を聞いたが、幸いにして屋敷からはそう遠くない場所だった。
「俺の判断が遅すぎたばかりに、本当に申し訳ございません……」
ザインを責めることは出来まい。
本来、魔力覚醒で出る魔力などたかが知れているし、次第に止まるものだと誰だってそう思っている。
他の者がそばに居ても、自然に止まるのを待っていただろう。
だがすでに時間が経ちすぎていた。
ザインの話からして20分、いや30分近く経っているだろう。
すでに魔力が無くなり、力尽きているんじゃなかろうか……。 道端で倒れている我が子、それを見て涙するステンドラの姿。
そんなこと想像するだけで恐ろしい。
知らず知らずに馬の手綱を握る手に力が入る。心臓は早鐘のように激しく脈打っていた。
1秒でも遅れれば、すべてが崩れてしまうような嫌な予感がした。
だが、現実は違った。
前方から、テクテクとこちらに歩いてくる集団。
その先頭を歩く、少年と青年。
見間違う訳もない、サヴァルディンとステンドラである。
遠目からでもサヴァルディンが今なお魔力を纏っているのがはっきりと見えた。
向こうもこちらの存在にすぐさま気づいたようだ。
「……お父様! 魔力がまだ止まらなくて!」
サヴァルディンの額には薄く汗が滲んでいたが、表情に苦悶の色はない。
父サイレスがやって来てくれたことで、困ったとばかりにちょっと肩をすくめる余裕すらあるようだ。
とにかく無事だった!
サイレスの緊張が一気に解ける。
馬を止めると、勢いよく地に飛び降り駆け寄る。
「無事か!身体は大丈夫なのか?」
「さすがに疲れてきましたが、今のところは」
これほどの魔力を数十分垂れ流しているのに、本当に平気だと言うのか?
安堵と、ほんの少しの拍子抜けと、そして、えも言えぬ不安を感じる
「大丈夫なわけねぇだろ!!」
ザインの心配そうな声にハッと我に返る。
そうだ、大丈夫な訳がない。
魔力はまだ止まったわけではないのだから。
「待て、今から魔力を抑える」
そう言うとサイレスは、外套の内側に手を差し入れ古い木箱を取り出す。
そっと蓋を開けると、中から二つの腕輪を取り出す。
複雑な紋様が掘られた、美しい乳白色のソレは、《白鎖晶》と呼ばれる貴重な鉱石から作られた
魔力封印の抑制具であった。
魔力封印の抑制具自体は貴重だが、捉えた犯罪者が魔法を使って逃げ出せないように存在はする。
しかしサイレスの取り出したソレは一目見て、そこいらの物とは一線を画す、最上級の代物であるとわかるものであった。
二人の従者が思わず息をのむ中、サイレスがサヴァルディンの右腕に一つ付ける。
すると先ほどまで荒ぶっていた魔力がガクッと減る。
すぐに左腕にもう一つ同じ腕輪を付けると、魔力の放出は完全に停止した。
「……ありがとうございます、お父様!」
しばらくぶりに魔力の放出が収まり、ホッとした様子のサヴァルディン。
それを見て、周囲の人々も一安心とばかりに一息つく。
何やら騒がしいと、集まった野次馬の群れだが、領主様の子と知ってさぞ心配していたのだろう。
ステンドラも漸く緊張が解け、目に涙を浮かべている。
しかしザインはその様子を訝しげに見ていて、そして口を開いた。
「どうして……親父殿はこのようなものを二つも持っているんですか?」
その質問に一瞬の沈黙が流れる。
サイレスは木箱を閉じながら静かに答えた。
「必要になるかもと思っていてな……念のため準備していただけだ」
親父殿はつまりこういったことを予期していたとでも?
さらなる疑問を抱くザイン。
しかしこれ以上の問いを防ぐかのように、サイレスは大袈裟に言った。
「まぁ良いではないか、無事だったのだから!
それより凄い魔力量じゃないかサヴァルディン、これは盛大に祝わなければな!」
その一言で、付いて来た群衆たちからは、盛大に祝福の声や歓声が上がる。
疑問は残る、だが確かにそうだ。
今は何よりサバルディン様の無事と魔力覚醒を祝おう。
かつて孤児になったザインを助けてくれたサヴァルディン、そして屋敷に従者として住まわせてくれた大恩あるサイレス様に、生涯をかけて恩を返すと誓った身だ。
ザインもそれ以上の追及をしようとはしなかった。
屋敷へと帰るころには完全に日は落ちて、空を見上げると夜空には星が瞬いていた。
屋敷の窓辺から暖かな灯が揺れている。
慌てて飛び出していったサイレス。
そして、なかなか帰ってこない我が子を外で心配そうに待つ、綺麗な顔立ちの女性。
サヴァルディンの母、《リズ・イシュタルト》が執事たちとともに玄関で待っていた。
それを見つけるやいなや、サヴァルディンは駆け寄った。
「お母様っ! やっと魔力覚醒が起きましたよ!」
リズは嬉しそうな息子を見て、サイレスが慌てて飛び出した理由がやっと腑に落ちたようだ。
「それは良かったわ! もう、何事かと思ってびっくりしたのよ」
興奮と昂揚が入り混じった声でさっきまでの事を説明するサバルディン。
優しい目、しかしどこか優れない顔のサイレスに、何かを悟ったのか彼女の瞳が僅かに揺れたのだった。
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