異世界転生したけど、どうやらここはゾンビパニック中!?
チートなユニークスキルを持って、異世界転生。平凡な男子高校生からすれば、それはそれは魅力的な話だ。
トラックに跳ねられたり神様の手違いだったりで死んだ後、転生した先ではチート能力で無双しちゃったり、女の子に囲まれてチヤホヤされたり、いけすかないやつなんかも少なくて、毎日ハッピー!
そう、そんな生活が俺の理想だった。例外とか流行とかあるにしても、それが基本だとそう考えていた時期もあった。
いや、言わせてください。チート能力も入りません、俺の好きな女の子もいなくていいです、いけすかないやつがほんの少し増えても構いません! 毎日ハッピー、そうじゃなくても全然構いません!
なので、どうか命だけは助けてください!
そんなことを考えても、目の前の荒ぶった緑色の体をした人間のなれ果ては俺を目掛けて突進してくるばかりだった。
なぜ、こうなったのだろうか。初めはまだ良かった。どこかの施設で父、母、その子供として生まれた俺の三人は仲良く暮らしていた。
不便はあった。食事は少ないし、いつも固形食ばかりで、飲める水の量も上限が決められており、肉や魚、米すらも食べられない毎日が何年も続いていた。風呂に入ることもできず、ぎゅうぎゅうに詰められたこの施設では走り回ることはおろか、歩くことすらもままならず、健康とは程遠い体をしていたと思う。
しかし、優しい父と母、そして、隣で過ごす同い年のさっちゃんとともに過ごすことができるだけで十分だった。
しかし、そんな非現実だが平凡な日々は、一夜にして崩れ去っていった。
とある日の深夜、別の施設からやってきた五人組がこの施設へつながる厳重に閉じられている扉を数秒だけでもいいから空けて欲しいと言ってきた。
「私たちは第五九地区からやってきました! お願いですから空けてください!」
外からやってきた生存者に、この施設で何年も過ごしている俺たちは皆目を見開いた。
俺たちは毎日、別の地区と施設に配置された通信装置で通信を行い、生存確認を行なっている。
ゾンビの大群に襲われた地域を炙り出すためというのもあるが、どちらかというと生きる希望を見出すための行動という側面の方が強いだろう。
第五九地区はここから少し離れた川の向こうに存在する地区で、応答はここ一週間ほどなかった。そのため、その地区の住民は何らかの理由で全滅したと思われていたのだが、ここに来てまさか生存者がいたことに俺は驚いた。
迫り来るゾンビとそれに怯える外の生存者五人組。このままでは、同胞である彼らはあの悍ましいゾンビに食われてしまうだろうという情けをかけてしまったのだ。
そう、俺たちは先駆者たちの掟を破り、その扉を開けてしまった。
そこからはお察しの通りだろう。ゾンビの走るスピードは思っていたよりも早く、生存者五人を喰らうとドア目掛けて突っ走ってきた。
慌てて、扉を閉めようとする施設の人。しかし、扉が閉め切られる前に彼らは施設に入り込み、次々と人を襲っていった。
そうして、この施設は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
敵対するは、約10体のゾンビ。人がごった返しており、身動きが取れない人。その勝敗は火の目を見るより明らかだろう。扉付近の人々は何もすることができずに次々と殺され、地面に倒れていく。だんだんと減っていく生存者。逸れてしまった父と母。この様子じゃあとてもじゃないが生きてはいないだろう、そう思った。
俺目掛けて走ってきたゾンビが、倒れていた死体に足を引っ掛けて転けた。俺はそれを見逃すまいと、死体の山々の中に身を隠し、息を潜めた。
響き渡る銃声。どうやら、非常事態のために備えてあった銃が使用されているらしい。ゾンビたちと、それに巻き込まれた人間が血を流しながら地面に倒れていく。
俺はただそれを見ていることしかできなかった。
そうして、しばらくしてけたたましい銃声が鳴りを顰めると、一点から一人歩く音が聞こえてきた。
俺は、ゆっくりと死体の山から這い出て、姿を見せた。
「生き残りがいたのか」
そのおじさんは銃口を俺に向けたが、人間であると分かると目を見開いた。しかし、それも束の間。何事もなかったかのようにどこかへ歩いてゆく。
5歳という小さな体を持つ俺はそのおじさんに置いていかれないように、慌てて追いかける。
道中で、父が死亡しているのを発見した。俺は手を合わせると彼の冥福を祈った。
おじさんはどこに行ってしまったのだろう、と俺が辺りを見回すと、おじさんは食糧庫の前で足を止めていた。
「こりゃあダメだなあ」
半開きだった食糧庫の扉を開くと彼はそう呟き、銃弾を放った。俺はその言葉の意図を知るべく、ひょっこりと食糧庫の中を覗き込んだ。
人、人、人。そうして、倒れこむゾンビ。先ほど打たれたのはこのゾンビなのだろう。
どうやら、何十人という人はここに隠れようとしたが、あまりの人の多さに扉が閉まらなかったことに加えて、運悪くゾンビが来てしまったのだろうということが窺い知れた。
あまりのぐちゃぐちゃ具合におえっと俺は嘔吐した。
保存されていた食料も人の体重で粉々に砕けている上に、人の血や肉片で台無しになってしまっている。これでは食べられない。そう思った。
「坊主、ここにいたらお陀仏だけどどうするよ?」
「おじさんと一緒に行く」
ここでためらったら、置いていかれると思った俺は間髪入れずにそう言った。
そうして俺たちは安寧の地を探すべく長い長いゾンビとの戦いが幕を開けたのだった。