エピソード09 挑戦、第一層中心部
地獄第一層の調査中、ルナたちは謎めいた建造物を発見した。そこで見つけたのは、ユース・アンブラルという人物による日記だった。
その内容から、この世界の正体についてある程度の推測は立てられたものの、やはり情報が乏しく、妄想の域を出るには至らなかった。
とにかく今は調査を続けることが先決だ。三人は当初の計画通り、五日目あたりで第一層の中央突破を目指し、共に行動を開始する。
「流石に……そろそろ敵の数が厳しくなってきたね」
「うん……はぁ、ロイさんが味方になってくれて本当に良かった……」
「さすがに俺ひとりじゃ、これを突破するのはキツかっただろうな」
四日目に突入した頃、戦闘の合間にひと息ついた三人は、疲れた様子で息を整えていた。
中央に近づくにつれて、敵の密度は確実に増している。
たとえ動きが鈍い敵でも、数が増えればそれだけで脅威になる。三人になったことで多少の余裕は生まれたものの、気を緩めるには早かった。
「それにしても、さっき銃に切り替えてたよな。他の武器も使えるのか?」
「え? うん、一通りは使えると思う」
「いろんな武器を使えるのも不思議だよね……それに、なんだか使い方も自然とわかってるみたい……」
「んー……なんて言えばいいのかな。覚えてるとか、使ったことがあるっていうより、握ると“こう動かせばいい”って自然に思い浮かぶ感じ、かな」
「へぇ〜」
「私はここに来るまで、銃なんて怖くて触ったことも無かったから……ルナちゃんと一緒に練習するまでは、使い方もさっぱりだったのに……」
「俺はここに来る前からちゃんと使ってたぜ! ……ま、槍じゃなくて、ただの長い棒だったけどな」
話しながらルナが次々と武器を切り替えて見せると、ロイはそれを興味津々といった様子で眺めていた。
日常で武器を使う機会など滅多にない。そんな前提で見れば、ロイやアリアはごく普通の一般人であることがわかる。
一方のルナは、記憶がないにも関わらず、戦闘技術を身につけていた。それは努力で習得したというよりも、最初から“備わっていた”ような感覚に近いものだった。
「ロイはここに来る前、何してたの?」
「んぇ? あー……陸上やってた」
「陸上? 陸上競技のこと?」
「そうそう、棒高跳び。長い棒を使って跳んで、バーを飛び越えるやつな」
「だから“使ってた”って……いや、武器とは全然違うでしょそれ」
「でも今こうして使えてるし、いいだろ? あんな競技用のポールなんて振り回せるもんじゃないしな!」
ロイの過去の話を聞きながら、三人は思わず笑い合う。
自分に無いものだからこそ、ルナも興味深そうに耳を傾けていた。
「そういえばアリアは何してたんだ?」
「へ? 私は……うーん、特に何も……? ただの学生だったよ」
「学生……学校かぁ」
「ルナちゃんは……小学生くらい? でも記憶が無いなら、学校に通ってた記憶もないのかな」
「うん、無いね」
“学生”という言葉に、どこか羨ましげに目を伏せるルナ。
本来であれば小学校に通っている年齢の少女が、まるで馴染みのない言葉をゆっくりと反芻する。
「ここから出られたら、きっと学校にも行けるよ!」
「……外に出たら、すでに世界は滅んでた! なんてオチだったらどうするよ」
「もぅ、水を差すようなこと言っちゃダメ!」
笑い交じりの会話が続く中、時間は穏やかに過ぎていく。
疲労も癒えたところで、三人は再び立ち上がり、進み始めた。
目指すは中央――地獄の第二層へと続く階段である。
ーーーーーーーーーー
そして五日目を迎えた。予定通り、三人は第一層の中央へと到達する。
「着いた……あれが――」
「うん、あそこが第二層に続く階段がある建物、そして――」
「……でかいな。あれがこの層のボスってことか」
少し離れた廃墟の上から中央の様子を伺う。アリアの言っていた通り、建造物を守るようにして、巨大な怪物が鎮座していた。
その姿は、これまでに相手してきたゾンビもどきをかき集め、人型に固めたような異様なものだった。
複数の腕が絡み合ってできた太い腕、男女さまざまな体型の胴体をつなぎ合わせたような胴、そして人間の顔を貼り合わせて作られた、悪趣味なモザイクアートのような歪な頭部。
遠目にも不快感を覚えるその異形の姿に、ルナは思わず吐き気を覚える。
「あれをどう突破するか……いや、どう倒すか」
「る、ルナちゃん……? まさか、あれと戦うつもり!?」
「おいおい、あんなの、こんなちっちゃい剣や槍で倒せるわけねーだろ。チェーンソーでも足りねぇぞ!」
およそ10メートルもの巨体を前に、アリアとロイは戦慄した表情でルナに視線を向ける。だが、ルナはその巨大な敵を真っすぐに見据え、攻略方法を考え始めていた。
「倒さなくても、隙をついてすり抜けることはできるかもしれない……でも――」
「でも?」
「私たちの今の目的は“第二層に到達する”こと。でも、いずれもっと先へ進む時が来る。それなら、こういう強敵にどう立ち向かうかを考えておくべきだと思う」
「たしかにな……ははっ、もしかしたら下の階層じゃ、あいつみたいなのが雑魚としてうじゃうじゃ出てくるかもしれないしな!」
「そ、そんなとこ……絶対行きたくないよぉ……」
ロイが笑いながら冗談を飛ばす一方で、アリアは想像しただけで震える。
だが、階層がさらに続くのであれば、ロイの予感もあながち外れてはいないかもしれない。あるいは、これ以上の敵が待っている可能性だってある。
そう考えたルナは、敵の様子をじっくり観察し、静かに武器を握った。
「よし、行こう」
「っ……すぅ、はぁ……わ、わかった……!」
「よっしゃ、気合入れていくか!」
三人は覚悟を決め、突撃を開始する。眼前に押し寄せる怪物の群れをかき分けるように、武器を振るい、ひたすらに斬り伏せていく。
いくら倒しても次々と湧いて出てくる怪物たちに、終わりが見えないと感じ始めたその時、不意にルナの視界に影が差す。
「巨人が来る、回避!」
「「っ!!」」
その声に反応し、アリアとロイは巨人の方へ視線を向ける。
巨人が高く振り上げた腕が、赤く光る上空の光源を遮り、地面に濃い影を落とす。
そして――
空気を押し潰すような重圧音とともに、その巨腕が地面へと叩きつけられた。
ドゴォン、と地響きが鳴り響く。衝撃に巻き込まれた周囲の怪物たちが、爆風に煽られるように宙へと跳ね上がっていく。
「ひぃっ、こ、怖い……っ」
「流石にあんなの直撃したらぺしゃんこだね……当たらないように気をつけつつ、上手く利用してまずは周囲の雑魚を減らそう!」
「あいよ! 動きがのろくて助かるぜ!」
破壊力こそ凄まじいものの、その動きはやはりゾンビもどきの集合体らしく、見てから回避できる程度の遅さだった。
注意さえ払っていれば十分に避けられる。
そんな中、ルナは片手に剣を持ったまま、巨人が振り下ろした腕へと向かっていき、その柱のような巨腕へ剣を振り下ろした。
「……っ、硬い……なるほど、骨か」
「る、ルナちゃん!? 危ないよ!」
肉を裂いて刃が通ったかと思えば、途中で「ガリッ」と硬いモノに引っかかるような感触と音が返ってくる。
この五日間、斬り続けてきた感覚が、刃を止めたその硬さの正体が“骨”であると教えてくれた。
「大丈夫。確かめたかっただけだから」
「確かめたかったって、何を?」
「倒せるかどうか。もし刃すら通らない無敵の身体だったら、今の私たちじゃ太刀打ちできないから」
「ほ、本当に倒す気なのかよ? ははっ、面白ぇ。で、勝てる見込みでもあるのか?」
「うん――見た目と、斬った時の感触からして、あれは肉と骨の塊。それも、ゾンビもどきを集めて固めたって感じの、中身もそのままの構造だと思う」
「どうやって動いてるのかまではわからねぇけど、ある程度は物理法則に従ってるってわけか」
「そう。自重で潰れてもおかしくないくらいだけどね」
戦いながら、ルナは冷静に観察と推測を重ねていく。
どんなに異形でも、肉体がある以上は無敵ではない。
実際、斬りつけた跡が再生する様子も見られないことから、攻撃は有効だと判断できた。
だが、問題はそこではない。
大量の肉と骨が折り重なってできた巨腕――それを切り裂こうにも、密集した骨が刃を弾いてしまう。
つまり、別の弱点を狙う必要がある。
「仮にこいつが、そこら辺にいるゾンビもどきと同じ性質のものだとするなら――倒し方は2つ。頭を潰すか、胴体を真っ二つにする」
「ははっ、どっちも現実的じゃねぇな! 胴体は論外だし、首だってあんなデカさじゃ、斬れる気がしねぇって」
「大丈夫。私に、考えがある」
そう言うと、ルナは手元のデバイスに視線を落とし、それから巨人を見上げるように睨みつけた。
――本気で倒すつもりだ。その意志が、行動に変わる。
ルナは、躊躇なく巨人へと駆け出していった。