エピソード07 予期せぬ再会
一日目は敵を数体倒し、二人は休息を取った。
第二層を目指す一週間の道程。これから先に何が待ち受けているのか、予想もつかない。
疲れを癒すための休憩を終え、二日目に突入すると、二人は軽くストレッチをして、気合を入れ直す。
「よしっ――二日目も頑張ろう」
「そ、そうだね……頑張ろうっ」
二日目は、より中央寄りのルートを選んで進んでいく。一日目よりも敵の数は増えていたが、多少なりとも慣れてきたことで、処理の効率も上がっていた。
不気味な怪物も、慣れてしまえば隙だらけの鈍重な存在でしかない。距離を取って戦えるアリアはもちろん、小回りの利くルナにとっても、もはや脅威とは言い難かった。
そうして探索を続けていると、やがて開けた場所に出る。
そこは5体ほどの怪物が徘徊する広場で、それ自体は特筆すべきものではなかったが、一際目を引く建造物があった。
「あれは――」
「不自然に綺麗で……周囲の建物とは雰囲気が違うね……」
「当たりかもしれない。あれで何もなかったらちょっと悲しい」
「あはは、何かあるといいね?」
「うん。それじゃあ、調べるために――」
「敵を倒さないと!」
煤けた瓦礫が散乱する廃墟ばかりの第一層において、あまりに不釣り合いなほど白く美しい建物。
近づかなければ詳細はわからないが、遠目にも異質さが際立っていた。
あの建物を調べるためにも、まずは広場の敵を片付けなければならない。
少女たちは武器を構え、広場へと突撃する。
「アリアは左を!」
「わかった!」
これまでの戦闘は、多くても二体までを相手にしていた。
五体の敵を同時に相手取るのは、二人にとって覚悟のいる戦いだった。
いくら敵の動きが鈍いとはいえ、数がいれば意識の外から攻撃を受けかねない。
それを防ぐため、手分けして敵へと向かっていく。
「やぁぁっ!」
「当てる……っ!」
ルナは剣を振るい、アリアは銃を放つ。一体、また一体と確実に仕留めていくが、一本道とは違い、複数の道と繋がった広場という構造のためか、戦闘音を聞きつけた怪物たちが次々と集まってきていた。
「きりがない……」
「どうする? 一旦退いて立て直すとか――」
「どいたどいたァ!」
戦闘を続ければ敵が集まり続ける。撤退も視野に入れ始めたその時、高揚した少年の声が響いた。
声のした方へ視線を向けると、そこには槍を片手に握り、怪物をなぎ倒しながら広場へ突入してきた少年の姿があった。
「君は誰――いや、助かった、ありがとう!」
「お? 可愛い女の子が二人、いっちょ助けてあげますかっと!」
ルナが礼を言うと、声に気づいた少年は二人の方を見る。少女の姿を確認すると、にぃっと不敵な笑みを浮かべ、槍をくるくると回しながら戦闘に加わった。
戦力が三人に増えたことで、広場の敵の掃討は一気に進んでいく。前衛が二人となったことで、アリアは援護に集中できるようになり、戦闘の効率は飛躍的に向上していった。
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「ふぅ、これで終わりかな」
「みたいだな……いやぁ、まさかこんな世界で可愛い女の子と出会えるなんて思わなかったよ!」
「あ、ありがとうございます……?」
最後の一体が地に倒れ伏し、ルナはほっと一息つく。周囲を見渡しても、怪物の姿や声はもはや聞こえず、安心したように息を吐いた。
その様子を見た少年は、槍を肩に担ぎながら、にかっと笑ってみせる。
「私はルナ。こっちはアリア。君の名前は? 天国では見かけなかったけど……もしかして、降りてきたばかりの人?」
「ルナとアリア、ね。あぁ、そうそう! さっき上で目が覚めてよ。とりあえず降りてきてみたら、こいつらがうろちょろしてたからさ、槍の試し切り……いや、試し突きってやつをしてたんだ」
「ゆ、勇敢なんだね……?」
良く言えば豪快、悪く言えば無鉄砲――そんな印象の少年の言動に、二人はやや引きつつも武器を下ろした。
「おっと、名乗りが遅れたな。俺は――ロイ。ロイ・カリエスだ。よろしくな!」
「――は?」
その名前を聞いた瞬間、ルナの表情がわずかに凍る。
それはつい最近アリアから聞いたばかりの名前。第二層への挑戦時、アリアと共に行動していた仲間の一人――すでにこの世にはいないはずの、槍使いの少年と同じ名だった。
「ちょ、っと……待って。ロイ……? アリア――」
「ロイさんですね、よろしくお願いしますっ」
「……えっ?」
動揺するルナがアリアの反応を伺おうと振り返ると、そこには穏やかに微笑むアリアの姿があった。
彼女は、まるで本当に初めて会った相手にするような、ごく自然な態度でロイに応じていた。
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「……つまり? 俺はあの……アリアって子と一緒に行動してて、死んだはずだって? 馬鹿言うなよ。俺はさっき目が覚めたばかりだぜ?」
「いや、でも……じゃ、じゃあ別人……?」
戦闘が激しかったこともあり、ルナは「休憩」という体でアリアから少し距離を取り、ロイと話をしていた。
アリアから聞いた話では、“ロイという名前の人物が死んだ”ということだったが、ロイと名乗った少年は呆れたような視線を向けながら、その話を否定した。
もし死んでいないのだとすれば、本当に偶然にも名前や特徴が似通っただけの“別人”――それが現実的な線だろう。
だがルナには、どうしても拭えない違和感があった。
――仮に別人だったとしても、「ロイ」という名前の少年の槍使いという共通点があるのに、アリアがまったく動揺を見せなかったこと。
(アリア自身がトラウマになるような出来事だったはず……。たとえ容姿が全然違っていても、少しは反応があってもおかしくないのに)
「ねぇ、アリア。ごめんね、ちょっと確認したいんだけど……第二層に挑戦したときのこと、覚えてる?」
「? うん、いいよ。何を聞きたいの?」
「えっと……アリアが第二層に行ったとき、一緒に行った仲間の中に“ロイ”って人がいたと思うんだけど――」
ロイのもとをそっと離れ、視線が届かない場所でアリアに尋ねる。ロイの様子を何度か確認しながら、慎重に切り出した。
「? 誰のこと? 第二層には……私、ひとりで行ったんだけど……?」
アリアは、きょとんとした顔でそう答えた。その言葉に、ルナは思わず息を呑む。
“第二層には一人で行った”――その言葉には、明らかな異常性があった。
「な、何を言ってるの……!? アリアが言ったんだよ!? “ロイ”って少年と、“メラ”って女性と、三人で第二層に向かったって……!」
「る、ルナちゃん? いきなり大きな声出してどうしたの……? 確かにルナちゃんにあのお話はしたと思うけど、その……ロイくん? メラさん? その人たちのことは知らない……」
あまりの衝撃に、ルナはこれまでにないほどの大声を上げてしまう。
だがアリアは、ふざけている様子もなく、本当に「心当たりがない」とでも言うように首をかしげていた。
あまりに不自然な状況に混乱するルナだったが、一度深く息を吸い、気持ちを落ち着けようとする。
そして、状況を整理するためにロイを呼び寄せるのだった。
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「二人は初対面で、どちらも“メラ”という人物については知らない。――間違いない?」
「あぁ」
「はい」
「ロイはさっき目を覚ましたばかりで、この場所については何も知らない……ってことでいい?」
「ああ、そうだ。上にいた案内人が言ってたんだ。“これを使って生き残れば、天国に行ける”ってな。だから、敵を倒しまわってたってわけさ」
「じゃあ……ここに来るまでの記憶は?」
「んぁ? んー……いや、わかんねぇな。俺が昔どんな人間だったかってのは覚えてるけど、どうやってここに来たのかとか、直前のことは思い出せねえ」
「……ふむ、それも他の人たちと同じだね」
もしかしたら自分のように、記憶喪失の可能性もあるのでは――そう期待しかけたが、どうやらロイは“自分が何者か”という基本的な記憶は保持しているようだった。
それが少し、残念に思えてしまう。
「で、その……私は“その二人”と一緒に第二層に行ったって、ルナちゃんに話した……んだよね?」
「うん。けど、アリアにはその記憶がない。それなら……一体どうやって第二層に行ったの?」
「え、えっと……確か第一層の中央を目指して、敵に見つからないように隠れながら建物に入って……。それで第二層に行けたんだけど……降りた先で悲鳴が聞こえて、怖くなって隠れて……」
「……それは、前に聞いた話と全然違うね」
改めてアリアの口から語られた過去は、以前ルナが聞いたものとはまったく異なっていた。
結末――「隠れて生き延びた」ことだけは同じだったが、それまでの過程や、何より“ロイ”と“メラ”の死を目撃したという事実そのものが、初めから存在していなかったかのように語られた。
「……まぁ、今この場で追及しても仕方ないね。わかることから進めよう――まずは、あの建物を調べようか」
「う、うん……そうだね……」
「うだうだしてると、また敵が来るかもしれねぇしな。まっ、俺はもうちょい戦って体を慣らしたいとこだけどな!」
二日目にして明らかになった違和感と異変。
だが、これがなぜ起きたのか、どうして起こっているのかは、今の時点ではわからない。
わからないことを延々と考えるよりも、まずは手がかりになりそうな“異質な建物”の調査を優先すべきだと、三人は足をそろえて、その近未来的な構造物へ向かって歩み出した。