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エピソード05 事前準備

 アリアの語る第二層の脅威を理解してもなお、ルナは前に進みたいという意思を見せる。


 それは、自分のためだけではなく――ここにいるすべての人のためなのだと。


 アリアには、それが理解できなかった。


 なぜ、このような小さな子が、出会ったばかりの……いや、出会ってすらいない誰かのために危険に飛び込もうとするのか。


 なぜ、自分自身を顧みることがないのか。



「ルナちゃん……」


「教えてくれてありがとう、アリア。私は、一人でも頑張れるから」


「ま、待って!」


 無垢な少女は慈愛に満ちた笑顔を向け、アリアに背を向けようとする。


 アリアはその背中を見て、逡巡する。


 ロイの死に顔を、耳を塞ぎながら聞かないふりをしたメラの悲鳴を、そして……


 逃げ出した報いを受けるはずだった自分を助けてくれた、あの勇敢なルナの背中を思い出す。


 思わず手を伸ばし、呼び止める。このまま見送ってしまえば、きっと自分はもう立ち上がれないと、そう理解していたから。



「私、も……行く。ルナちゃんと……一緒に」


 トラウマによるストレスのせいか、言葉に詰まりながらも、複雑な表情でルナを見つめる。


 誰が見ても、無理をしているのは明らかだった。


 けれど、自分を助け、自分よりも幼い彼女を――ひとりで行かせるほど、非情にはなれなかったのだ。



「……そう。ありがとう、アリア。じゃあ、ついてきて?」


 ルナは、少し驚いたような表情を見せるが、明らかに無理をしているアリアをたしなめることも、拒むこともせず、あっさりと受け入れる。


 そしてそのまま歩き出すと、アリアは慌ててその後を追いかけた。



「ど、どこに行くの?」


「ハリーさんのところ。このデバイスの使い方を教えてもらう」


「デバイスの使い方……戦うこと以外の使い方ってこと?」


「うん。何ができるのか、知っておきたい」


 そう言ってルナは、第一層でアリア以外に初めて出会ったハリーのもとへ向かう。


 ハリーによれば、このデバイスからは生活に必要な物資を生成できるという。


 布、ロープ、釘、木の板……。基本的な資材は揃えられるが、生成できる量には限りがあるということも教えられた。


 二人はハリーに礼を言い、再び集落から離れた平原へと向かっていく。



ーーーーーーーーーーーー



「よし、この辺でいいかな」


「あ、あの……ルナちゃん? ついてきたのは私だけどさ、何がしたいのかな?」


 辺りを見回したあと、ルナは頷いた。目的が見えず戸惑うアリアは、困ったように尋ねる。



「ん? 練習……鍛錬? 第二層に行くなら、強くならないと」


「そっか、そうだよね」


「アリアも。ここで生き残るにしても、最低限、敵に当てられるようにならないと」


「うぅ……はい……」


 銃の命中精度を指摘され、アリアはぐさっと胸に刺さるものを感じた。


 第二層に行くにせよ、第一層に残るにせよ、自衛の力が必要だというのはその通りだ。


「えっと、ここを2回押して……こうかな」


 ハリーに教わった通りにデバイスを操作し、材料を生成する。武器を作る時と同じように、光の塊が無から現れ、あっという間にロープや木の板へと変わっていく。


 ルナが何をしているのか見守っていると、不格好ながらも木の板や棒を組み合わせていく。



「これは……?」


「射撃の的。これをここに置いて……よし、まずは10メートルくらいから」


「う、うん」


 ルナが作ったのは、木の板と棒をロープでまとめただけの簡素な的。それを地面に差し込み、土を軽くかぶせて固定する。


 その後、アリアを連れて10メートルほど後退し、ルナはデバイスを銃に変形させて狙いをつける。


 パン、パン、パン――と乾いた破裂音と共に3発。すべて命中するが、反動が強すぎるのか、的の中心からはやや外れていた。



「おぉー……す、すごいね、ルナちゃん」


「ありがと。じゃあ、アリアも」


「へっ、あ、う……うん」


 淡々とした表情でルナがじっと見つめてくる。こんな小さな子でも当てられるのかとプレッシャーを感じながらも、アリアは深呼吸し、ゆっくりと銃を構える。


 狙いを定めて、引き金を引く。


 パン、パン、パン――同じく3発。


 結果は、二人にとって予想外のものだった。



「全弾中心……すごい」


「あ、えっ……な、なんで……?」


「なんで撃ったアリアが一番驚いてるの?」


 銃弾はすべて的のど真ん中を貫いた。まるで怪物に襲われた時、明後日の方向に外した人間とは思えない精度に、ルナは目を見開く。


 それ以上に驚いているアリアに、ルナは少し呆れたように細めた目を向けた。



「……こういう的当て、したことある?」


「な、ない……かな」


「じゃあ、初めてでこれかぁ」


「その……銃って撃つと手がびりびりして……だから、あんまり使いたくなくて……」


「……まぁ、うん、まあ……そう、だね」


(そういえば、上でこれをもらった時に、“全種適正あり”って言われたっけ。もしかして……その人に一番適した武器が出るようになってるのかな? もしそうなら……ちょっと確かめてみようかな)


 戦うために作られた人間ではなく、普通の少女だったのだから、銃を進んで使いたがらないのも無理はない――そう自分に言い聞かせるルナ。


 そしてふと、ここに降りてくる前のことを思い出す。あの風船のような案内役に手渡されたこのデバイスは、アリアに「いろんな武器が出せるんだね」と驚かれた。


 つまり、本来は人によって出せる武器が決まっているのだろう。ということは――その人に最も適性のある武器が自動的に選ばれている可能性がある。


 事実はどうあれ、これだけの才能を見せているのなら、放っておくのはもったいない。そう考えたルナは、ふと何かを思いついたように顔を上げた。



「次は20メートルくらいの位置から。拳銃の有効射程は大体これくらい」


「う、うんっ……って、どこ行くの?」


「的を追加で作るだけだから、気にしないで」


 てくてくと離れていくルナを見ながら、アリアは心配と不安が混じった表情で声をかける。


 手のひらをひらひらと振って応えるルナを見届けると、アリアはもう一度深呼吸して意識を切り替え、再び拳銃を構えた。射撃練習を再開する。


 乾いた破裂音とともに放たれる弾丸は、的確に的を撃ち抜いていく。


 これまで銃を撃ってもまるで役に立たなかったのに、こうも簡単に狙った場所に当たると、不思議と楽しくなってくる。


 次第にアリアの表情も明るくなっていった。そんなとき――



「アリア! 敵が出た! 後ろ!!」


「っ!? なっ――」


 鬼気迫るルナの声にアリアはビクッと肩を震わせる。そして声のした方へ振り向くと――



「きゃあっ!?」


 何かがこちらへ飛びかかってくる姿に驚き、思わず銃を撃つ。


 振り向きざまの反動で尻もちをつき、弾は見当違いの方向へ飛んでいった。


 お尻を打った痛みに顔をしかめつつ、恐る恐る目を開けると――



「──なにこれ……?」


「ふむ……やっぱり咄嗟に撃つと当たらないよね」


 目の前に転がっていたのは、布をかぶった何かだった。


 ぴょこんと耳のような突起が二つ、胴体のように長く伸びたそれにルナが近づき、布を捲って見せる。



「木の……模型? はぁぁ……っ、も、もう! 悪戯でもこれは流石に怒るよ!?」


「……ごめんなさい」


「う……も、もう、いきなり驚かせるようなことはしないでね?」


 布の下にあったのは、木の板とロープを組み合わせた簡素な模型。布をかぶせて獣のように見せた的だった。


 胸がキュッと締めつけられるような驚きを感じたアリアはルナを叱るが、素直に謝られると罪悪感が芽生えてしまう。



「うん……」


「あー……えっと、それで、これを使って何をしようとしてたのかな?」


「……敵に当たらない理由がわかるかなって」


「う……それで……わかったの?」


「えっと、とりあえず、これに向かって撃ってみて? これが敵だと思って」


「? わ、わかった」


 何を試そうとしていたのか尋ねると、敵に弾が当たらない原因を確かめるためだと聞かされ、アリアは気まずさを感じる。


 言われた通り構え直して、獣を模した模型をじっと見つめる。


 その姿は、第二層で見た実際の獣の姿と重なった。


 仲間の喉を食いちぎり、無残な死体へと変えた、あの怪物。


 恐怖がよみがえり、ぞわりと背筋を這い上がるような感覚とともに、アリアは引き金を引く。



「──外れたね」


「あ、あれ……?」


「さっきもそうだったけど、敵を前にすると目を瞑っちゃってるね。怖いから?」


「そ、そりゃ怖いよ……!」


 アリアが弾を外す原因――それは、恐怖によるものだった。


 敵を前にすると身がすくみ、無意識に目を閉じてしまう。それがすべてを狂わせていた。


 トラウマの残る第二層での体験が、それをより強めている。



「でも、アリアはちゃんと撃てば当てられるんだよ」


「ルナちゃん……?」


 ルナはそっとアリアの手を握る。


 微かに震える拳銃を握ったその手を、小さな手が優しく包み込み、模型に向かって構え直す。


 引き金に指を添えて、ふたりでそっと引く。


 乾いた音とともに放たれた弾丸は、模型に見事命中した。



「だから大丈夫。落ち着いて、しっかり目を開いて狙えるように練習しよ?」


「……うん、わかった……!」


 ルナに励まされ、自分を肯定されたことが嬉しくて、でも情けなくて――いくつもの感情が胸の中で渦巻く。


 それでも、いつまでもこのままではいられない。


 奮い立たせるように、アリアは模型を見据え、再び練習に取り組み始めた。



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