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エピソード02 最も低い天国で

 少女たちが握手を交わした瞬間、鐘の音が響くとふわりと二人の身体が浮き上がった。


「うわわっ⋯⋯!?なに、これ!?」


「え、えっと⋯⋯”転刻の時節”は初めて⋯⋯?」


「て、てんこくのじせつ⋯⋯?」


 文字通り地に足つかない感覚に、慌てて四肢をバタつかせる幼子は、落ち着いた様子の少女に対して怪訝そうな表情を向ける。



「そう、今から私たちは“安全な場所”に移動するの。……正確に言えば、そこが“安全な場所になる”って感じかな。とにかく、危険はないから安心して」


「う、うん⋯⋯わかった」


 少女は落ち着いている⋯⋯どころか、むしろ安心したような面持ちで幼子をなだめていた。


 危険はないと言われると、幼子も緊張した様子ではあったが、気づけば遠くなった地面を眺め、周囲に視線を配る。


 広大な地獄の空には、ぽつぽつと同じように宙に浮かんでいる人の姿が見受けられた。



「ほら、見てて⋯⋯空と地面が――入れ替わるよ」


 地響きと共に、足元の台地が動く――


 それはまるで砂時計が入れ替わるように、流れきった時間を再び進めるように。


 灰と炎の世界は一転して一面に広がる草原と花畑へと入れ替わっていった。



「これは⋯⋯?」


「さっきまでのが地獄とするならここは天国⋯⋯かな? ひとまずあの怪物に襲われるようなことはないから安心だよ」


 完全に世界が入れ替わった後、不思議な力で浮かんでいた二人の身体はゆっくりと落ちていく、そしてふわりと着地すれば、先程までの不快な乾ききった匂いとは違う、青々とした草原を撫でる清涼感のある香りが鼻孔をくすぐった。



「天国⋯⋯その、ここってどこなのかわか⋯⋯りますか?」


「そんなにかしこまらなくても平気だよ。えっと、さっきは助けてくれてありがとう。それで⋯⋯ここはどこか⋯⋯うーん、説明が難しい⋯⋯」


「じゃあ、名前⋯⋯も、私わかんない⋯⋯」


 わからないことが多すぎるためか、何から聞けば良いのか迷いつつ、質問をしていく。


 先に自己紹介を済ませておこうかと思えば、今度はそもそも自分の名前すらわからないという事実に、幼子はしゅんと表情を曇らせる。



「名前がわからない⋯⋯? えっと、私はアリア、アリア・フォールン。あなたは名前が無いの? それとも思い出せないの?」


「⋯⋯わからない。気がついたら上の何も無いところに居て⋯⋯」


「中層のことだよね⋯⋯うーん。記憶、記憶か⋯⋯えっと、どの程度記憶が無いかわかる?」


 アリアと名乗った少女はしゃがみ込み、幼子に目線を合わせるようにしながら一つずつ確認をしていく。


 幼子は表情をしかめて何か一つでも思い出そうとするが、やはり何一つ思い出せずにため息を漏らす。



「あはは⋯⋯それじゃあその、ここで二人で話してても何もわからないだろうし、人の居るところまで移動しよ? もしかしたら何かわかるひともいるかも知れないから」


「他に人がいるの⋯⋯?」


「うん、本当はここの一つ上の第二層の方がいろんな人が居るんだけど⋯⋯今は登れないから」


「登れない?」


「うん、さっきの“ぐるん”で地獄と天国が入れ替わったでしょ? でも、天国側からは直接上に行けないんだよね。下に降りていって、地獄の第二層でさっきの”転刻の時節”が来たら、天国の第二層に行けるんだよ」


 指をぴんと立てて、幼子に教えるアリア。頼りになるところを見せたいのか、自信ありげな表情を浮かべている。


 アリアの説明を受け、幼子は顎に手をあてて考え込む。その様子があまりにも幼いその姿に不釣り合いで、アリアは苦笑しつつ立ち上がる。



「取り敢えず行こっ、じっとしてても何も始まらない! ⋯⋯かも知れない」


「そう⋯⋯そうだね、うん。アリア、案内お願い」


 そうして二人は天国第一層を歩いていく。興味深そうに辺りを見渡す幼子だったが、進めど進めど視界に入ってくるのは草原や花畑と木々、一面大自然であった。



「天国⋯⋯?」


「あはは⋯⋯天国のイメージって楽園とか、桃源郷みたいな感じあるよね⋯⋯」


「天国というより未開拓の地」


「ずばりというね⋯⋯というかあの怪物に挑んだときもそうだけど、子供らしくないよね⋯⋯所々」


 退屈な風景だとばかりにばっさりと言い放つ幼子にアリアは苦笑する。


 しかし、幼子の通り、仮にここが天国だとして、救われるような場所のようには思えず、原始的な生活を強いられるという点においては現代人にとってはある意味地獄のような場所と言えるかも知れない。



ーーーーーーーーーー



「おや⋯⋯おぉ~い、アリアちゃん、無事だったか!」


「ハリーさん! はーいっ、ハリーさんも無事で良かったです!」


 体感で2時間ほど歩いた所で、アリアに向けて一人の男性が声をかける。


 初老の人当たりの良さそうな男性で、その声に気づいたアリアも笑顔を向けて手を振り、幼子へ一度視線を送った後、二人は男の元へ駆け寄っていく。



「おや君は⋯⋯見たことのない子だね、新しい子かい?」


「えっと、多分?」


「ハリーさん、この子記憶がないらしくて⋯⋯いろいろお話してあげてほしいんです」


「記憶が⋯⋯? ふむ、取り敢えず中へどうぞ」


 アリアがハリーに事情を説明すると、ハリーは不思議そうに首を傾げる。そして、二人はハリーに連れられるまま、テントが立ち並ぶ集落のような場所に案内される。


 周囲を見渡せば、ここには老人や子供といった人物が多いことがわかる。



「ここが私のテントだ。どうぞ」


「おじゃまします⋯⋯」「失礼しまーす⋯⋯」


 そうしてハリーのテントに案内されると、3人はテント内に移動し、適当な場所に腰を下ろし、改めて話を始める。



「改めて、私はハリー、この通りしがない老人でね。私で良ければ知っていることを話そう」


「ハリー⋯⋯さん。えっと、それじゃあ⋯⋯ハリーさんも、アリアも⋯⋯記憶はあるんですか?」


「記憶か。完璧にあるとは言い切れないが、少なくとも自分が何者か、どういった人生を歩んできたかという断片的な記憶はある」


「私も、ただ⋯⋯どうしてここに居るかという記憶は無いかな⋯⋯」


「うむ⋯⋯ただこの世界に来た時、漠然とした知識は与えられたように思う」


 ハリーの言葉に幼子は首を傾げると、ハリーは懐から棒状のデバイスを取り出した。



「例えばこれの使い方。武器になる他にもこの場所では色々なことに使える、戦えない私達にとっても生活を支える重要なツールと言えるな」


「えっ⋯⋯武器になるだけじゃないの⋯⋯?」


「⋯⋯どうやら、本当に何もわからないようなんです」


「これは⋯⋯困ったな」


 驚いた様子でデバイスを取り出す幼子に、ハリーは苦笑しつつ頬を掻く。



「例えばほら、このテントもこのデバイスから素材を取り出して作成しているんだ。より上の階層の天国に行けば、デバイスから取り出せるものも増える⋯⋯つまり、もっと豊かな生活ができるということだな」


 それからハリーは自分が知っていることを一通り話した。この世界は天国と地獄、それぞれ五層ずつに分かれているということ。地獄は下っていくほど過酷で生存が難しい環境になるということ。ここ、第一層に居るのは戦えない老人や子供を中心に、下の階では生き残れないと判断した者たちが集まっているということ。



 そして、これまで出会った者の中で記憶喪失の者は居なかったということ。



「そう、ですか⋯⋯」


「ご、ごめんね? 少しは何かわかるかと思ったんだけど⋯⋯」


「特殊な事例と言えるだろう。大人と比べると子供は比較的思い出せないことも多いが、自分のことについて何一つわからないという子供は見たことがない⋯⋯例えば襲われたショックで記憶喪失になった、というのならまだわからない話でもないが、そんな話も聞いたことが無いし、そうではないだろうからな」


「じゃあ、その⋯⋯他の人⋯⋯私と同じぐらいの年の人と話してきてもいいですか⋯⋯?」


「ん、あぁそうだな。君もここで暮らしていくのなら、友達が居た方が楽しいだろうし、仲良くしてくるといい」


 結局自分のことについて何一つわからなかったという事実に、しゅんとうつむく幼子を見てアリアはそっと肩に手を置く。


 とはいえ一人だけに話を聞いて諦めるのは早計であると、顔をあげて自分と同年代の子供達から話を聞きに行きたいと顔を上げる。


 ハリーに見送られるように、二人はテントを出て集落内で子どもたちを探しに行くことにした。



「あ、そうだ。助けてもらったお礼……って、その前に、なんて呼べばいいのかな?」


「名前⋯⋯」


「思い出せないのは仕方ないけど、このまま名無しちゃんとして自己紹介するわけにはいかないし、仮でも良いから呼び名があったほうが良いと思うんだ」


「⋯⋯つけて?」


「えっ!?」


「名前、つけて。それがお礼」


 アリアに向けてにこっと無邪気な笑みを向ける。名付けをして欲しいと言われ、アリアは冷や汗を浮かべて眉間にシワを寄せる。


 むむむ、と頭を悩ませること5分程度、ぱっと思いついたように目を見開いたアリアは、しゃがみ込んで目線を合わせた。



「ルナ。もうダメだ~って諦めてた私を照らして助けてくれた綺麗なお月さま、どう?」


「ルナ⋯⋯」


「あ、やっぱり無し、なんか自分で言ってて恥ずかしくなってきた!」


「ううん」


 思いついた名前を口にするアリア。


 薄暗く、光あるものが失われていく地獄の中で、諦めかけていた彼女を照らした無垢な光⋯⋯名前の由来を話しながら、アリアは恥ずかしそうに顔を赤くして、手をぶんぶん振って誤魔化そうとしたが、その手をぎゅっと握り、柔らかく微笑んで――



「私の名前はルナ。ありがとう、アリア」


 幼子――(ルナ)と名付けられた少女は無垢な笑みと共に感謝を告げた。



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