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エピソード01 廻る世界

 私は死というものが嫌いだ。


 それは終わりを意味し、行き止まりを意味し、無を意味する。


 死んだ先には何も無いなんて現実を受け入れたくなくて、私は研究者の道へと進んだ。


 だから、私は⋯⋯死というものを嫌い続ける。


 意思を持って活動を続ける限り――人は生きているのだから。



ーーーーーーーーーー



 人が100人集まっても埋まりそうにない大きな広間があった。


 何にも仕切られておらず、黒く光沢のある床と白く吸い込まれそうな天井だけがあるその空間で、1人の幼子が倒れていた。



「ん⋯⋯ん」

 幼子は目を覚ます。まぶたを開き、鈍痛が脳に響き、泣きたくなる気持ちがふつふつと湧いてくる。


 しかし幼子は泣かない。ぐっと唇を噛み締めて顔を上げ、辺りを見渡す。


 やはり何も無い。視界の先にはだだっ広い黒の床と白の天井、そしておそらくは”外”であろう暗闇が広がっていた。



「ここはどこ⋯⋯? ⋯⋯わたし、は⋯⋯誰だろう⋯⋯?」

 幼子は次に自分自身のことを思い出そうとする。しかし、不思議と何も浮かんでこなかった。


 自分の名前も、過去も、目覚める前に何をしていたのかも思い出せない。ただ、空虚な疑問だけが浮かび上がった。



「⋯⋯誰か、誰か⋯⋯」

 ふらふらと立ち上がる。てち、てち、てちと足音を響かせ、影も形も見当たらない誰かを探して歩き回る。


 幼子は存在しない自分の記憶と誰も居ないこの場所に対する不安感で涙ぐんでしまう。そして、涙を貯めたダムが決壊しそうになったその時――



『おや⋯⋯? おやおや、本日の予定はー⋯⋯っと、うん? 新しい子が来るなんて予定は無いし⋯⋯うん、初めて見る顔だ。まぁ良いか、取り敢えずぱぱっと対応してしまおう』


「ぴぃっ!? だ、だだ⋯⋯誰⋯⋯?」

 不意に後ろから声がする。電子音のような声の主は、振り向いた幼子に視界に映る。


 ふわふわと浮いた⋯⋯幽霊、ではなく、白い風船のようなシルエットにマジックハンドのような手がついたなぞ存在であった。


 幼子の質問に答えるつもりはないらしく、案内人を自称する謎存在は幼子に近づく。すると、案内人の目から光が照射され、それはスキャナーのように幼子の身体を測定してく。



『む、むむ⋯⋯むむむ?』


「⋯⋯?」


『⋯⋯全種適性有り⋯⋯? うーん、こんな子が? 不思議なこともあるもの、だ⋯⋯?』

 何かを調べ、結果がわかると同時に驚いたように表情を白黒とさせる。


 そして、改めてまじまじと幼子を眺めると、訝しげな表情を浮かべた。



『どっかで見たことあるようなー⋯⋯でも無かったようなー⋯⋯まぁいいや、じゃあはい、どうぞ~』


「えっ、あ、ちょっと⋯⋯っ!」

 そうして、特に説明をしてくれるわけでもなく、風船マスコットは棒状のデバイスを幼子へ手渡すと姿を消した。


 幼子の静止は虚しくだだっ広い虚空に響く。再び幼子は疑問を解消する手がかりを失い、手渡された棒状のデバイスをじっと眺める。



「⋯⋯わっ!? これは⋯⋯なに⋯⋯?」

 棒の先端付近には丁度親指で押すのに適した凹みがあった。そこに指を置くと、棒の先端に円形のコンソールのようなホログラムが浮かび上がる。


 コンソールはそれぞれアイコンが描かれており、親指の操作でどれかを選べるらしい。


 幼子は適当にアイコンを一つ選ぶと、棒の先端から光が溢れたかと思えば、それは形をとり、次の瞬間には剣の形となった。



「剣⋯⋯」

 幼子が手にしたのは剣であった。ぱっと見は鉄製の、幼子の体格に合わせた細身の剣であった。だが、その小さな腕でも振り回すことができるくらいには軽く、見た目通りの重さではないことがわかる。


 もう一度同じアイコンを選ぶと、刀身は再び光となり、元の棒状のツールに戻ってしまった。



「それで⋯⋯何をすれば⋯⋯?」

 武器を手にした。だからなんだという話で、幼子は困ったような表情を浮かべて辺りを散策することにした。


 数分、辺りを見渡しながら歩いていると、一箇所だけ床の模様が違うことに気づく。とてとてと、近づいていくと、それは下へと続く階段であるとわかった。



「下に降りる⋯⋯しかないよね」

 知らない場所へ向かうというのは恐怖が伴う。幼子であれば尚更である。


 特に彼女は子供ゆえの無鉄砲さよりも慎重さが勝っているようで、考え無しに先に進もうとはしなかった。


 とはいえ、他には何も無い。ならば下に行くしかないと、覚悟を決めた少女は一歩を踏み出す。



 かん、かん、かんと靴音が反響する。


 下る階段は外側に広がるように降りていっているようで、どこかむわっと漂う嫌な熱気と、衣類が肌に張り付くような嫌な感覚が強くなっていくように思えた。




「――わ、ぁ……なに、ここ……!?」

 ある程度下ったところで、暗闇だけが広がっていた階段の先に光が見えた。


 出口だろうかと、階段を下る足取りが早まり、視界が広がる。


 そこに見えたのは炎、瓦礫、退廃……それら全てを一言にまとめるとするのであれば……「地獄」が相応しいだろう。


 そこには地獄が広がっていたのだ。


 灰と火が舞う、乾いた空気が頬を撫でる。ここから見下ろす世界が運ぶ香りは、決して心地の良いものではなかった。


「やっぱり、上に戻って――」

 当然、そのような目に見えた死地に降り立とうなど誰が思うだろうか。幼子はその場から踵を返して上に戻ろうとするが、その一瞬、視線を動かした先に何かが見えたような気がした。



「あれは――」

 幼子は何かを捉え、一心不乱に走り出す。その瞳が捉えたものに向けて、一切の躊躇なく。



ーーーーーーーーーー



 私は、なんでこんなところに来てしまったのだろう。


「はぁ、はぁっ……!」

 肺が張り裂けそうで、足も痛い以外の感覚が無くなってしまったかのようで。



「誰か、誰か……っ」

 この期に及んで、また誰かに助けを求めてしまっている。


 そんなどうしようもない自分が嫌で、嫌で、嫌で――



「――死にたくない」

 溢れるように漏れた一言とは対照的に、ぺたりと膝をつく。


 もう逃げられない。いっそ諦めた方が楽なんじゃないか。そんな吐き捨てたくなるような考えが、一瞬だけ脳裏に浮かび……まるで、月光に遮られるように消えて無くなってしまった。




「――大丈夫?」


「あなた……は……?」

 目の前には、自分よりも幼い少女が……どうしようもなく弱い私と”それ”の間に立ちふさがり、なんでもないような無垢な笑みを向けて手を伸ばしていた。



「っ、危ない!」


「あなたは⋯⋯おばけ? 悪いことするなら、お仕置きだよ!」

 幼子に震えた手を伸ばしていた少女は、幼子の先に居た怪物が動き出したことに気づき、声をあげる。


 幼子はデバイスから剣のアイコンを選択し、再び光は刀身を生成していく。


 少女二人へ襲いかかろうとする怪物は、まるで黒く光る粘液に蝕まれた人のような姿であり、ゾンビを彷彿とさせた。


 唸り声のような軋む音をあげて駆け寄るそれを、幼子は迎え撃つ。震える手を、ぎゅっと武器を握ることで押さえ込み、後ろに退きそうな足をぐっと踏み込んで恐怖を呑み込む。


「っ、やああぁぁっ!」

 振り上げた腕を受け止めるように剣を振る。鈍い衝突音と共に硬質化した手のひらを、火花を散らしながら刀身が滑っていく。



「っ、固……っ!」


「え、援護を……っ!」

 拮抗した状態を見て、少女はよろよろと立ち上がる。そしてデバイスを拳銃の形に変化させると、怪物に向けて発砲するが、照準が定まっていないのかあらぬ方向へと弾が飛んでいく。



「っ…はぁっ!」

 少女の発砲によって怪物の意識が逸れる。幼子はその一瞬を見逃さず、固い手のひらで刃を滑らせるように剣を振るい、脇の下から斬り上げるように腕を切り飛ばした。



「これで――ッ!」

 返す刀で刃を振り下ろす。肩から胴体を袈裟に切り下ろし、化け物は次第にその不快な異音を潜め、地に倒れ伏す。



「ふぅ、なんとかなった……もう大丈夫、私が助けに来たから!」

 額の汗を拭うように一息つくと、少女の方へ振り向いて幼子はにぱっと笑顔を向ける。


 その笑みは純粋な子どものものでありながら、同時に、相手に不安を抱かせまいと気を使う良心が垣間見えるものであった。



「あ、ありがとう……ございます……」

 自分よりも一回りは幼い少女が、果敢に立ち向かい、笑顔を向けて手を差し伸べてきた。そんな光景に少女は呆気にとられつつも、恐る恐る手を伸ばす。


 小さな手を包むように、もう一つの手がそっと触れた。純粋無垢な幼子の笑顔に対し、少女がぎこちなく微笑みを返した、その瞬間――



 ゴォン……と、鈍く鳴る鐘の音が響き渡り……その瞬間、少女たちの身体は宙へ浮かび上がった。


 

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