07「マーブル計画」
成り行きでヴィランに引き入れられゴア・ラガルトというトカゲヴィランになった俺は『マーブル計画』というものに参加するらしい。ブルースという男が説明を始める。
「マーブル計画の目的とは『神話時代の強力な因子を再現する』ことです。みなさん、歴史にはお詳しいですか?」
黒髪の男ソーンはそれなりにと答えるが緋色の髪の少女ウーファーは首を振る。俺も詳しく歴史を学べるような環境ではなかった。
「ではざっくりと説明していきましょう。
神話に出てくる神々や怪物は天候や災害をモチーフにしたものが多いですが、超人/怪人因子を持った者もまた英雄、神々の化身として多く語られてきました。事実、現在の因子よりも高い性能を持っていたであろう物的証拠がいくつも見つかっています。
この時から怪人因子を恐れる文明はありましたが、神々から力を授けられたとして崇拝の対象となる文明もまた世界各地に興りました。」
そりゃそうだ。常人とは違った力を持って生まれたら神様とかの影響と考えるのは今でも普通のことだ。
「文明が発達して活動地域が広がり、世界の国々が争うようになると宗教や利権も相まって『超人因子は神に愛され人々の理想となる善』、『怪人因子は悪魔に魅入られ人々を惑わす悪』という考えが広められていきます。
これを大義名分として怪人因子に神性を見出していた国や文化を侵略していったわけです。長い歴史の果てに最後は鉄と火薬により差別意識が勝利しました。それは歴史に影響を与えてきた因子能力が戦争の暴力に屈したということを意味します。」
これは俺も聞いたことがある。超人因子が優遇されてきたのは努力するほど効果が上がるという点が大きい。パワーを三倍にする因子持ちならパワー30だと90までしか上がらないが、パワー50まで鍛えれば150まで上がる。
一方で怪人因子は元々の能力は影響しない。パワー20から鍛えなくても180の力を持った異形に変身できる者が唐突に現れる。
要するに怪人因子は「ずるい」と思われたのだ。
「そして侵略も一段落し現代の文明が始まっていきます。因子の科学的な研究も飛躍的に進み構造が完全に解明されるのも時間の問題でしょう。
しかしこの研究に反対する者や国もそれなりにいますし国際条約での規制も年々厳しくなっています。」
なーんーでー?とウーファーが問う。こうして見るとただの女の子だな。ヴィランとはとても思えない。
「200年以上前の研究者の一人がある仮説に辿り着きました。『超人因子と怪人因子は遺伝子的に同じものではないか』というものです。これは現代文明で事実であることが裏づけされます。
しかし当時、つまり超人因子を崇拝し怪人因子を迫害してきた者にとってその考えは許されざる異端だったのです。
彼は悪魔の手先と呼ばれ家を焼かれ家族を殺され亡命しなければならないほどの迫害を受けました。」
そりゃ大変だな。
「その流れから超人、怪人因子の解明に目を背ける人はいまだに多くいます。自分達が差別して得た利益が無くなるのも、自分達の差別が間違っていたことも認めたくないからです。」
ソーンとウーファーが頷く。何か思い当たることがあるのだろう。
「そして100年ほど前、超人因子持ちのみで戦闘員を構成されたヒーロー組織『LOWS』が発足、国際的な活動が認められたことで現代のヒーロー対ヴィランという構図ができあがりました。
もちろん、私含め超人因子持ちのヴィランもいますのでそんなものは虚構に過ぎませんが。」
へえ、ブルースさんは超人因子持ちなのか。まぁ、因子で善悪が決まるわけなんてない。あまり報道されないが超人因子持ちの犯罪者なんて探せばどこにでもいるだろう。
「マーブル計画とは遺伝子研究などの力を用いて鉄と火薬に屈さぬ、神話に語られるような強力な因子能力を発現させ人類の更なる発展を促す計画です。
この計画が成功すればあらゆる因子所持者の強化は当然、人工的な因子の開発や因子非所持者にも因子能力の移植が可能となるでしょう。」
凄いこと考えるな。そんなことになれば社会は大騒ぎだ。
「ヴィランが先に因子強化技術を手に入れれば、国やヒーロー、その他の組織も使わざるをえない。
それがより強力な因子の発現に繋がりやがて因子は超人、怪人というくだらない分類を捨て効率的に組み合わされていくようになる。
因子の一般化が因子による差別を無くし、世界はより優れたものになるとミスター・ネイビーは考えています。
皆様はその先駆けであり様々な活動をしてもらうことになります。」
他の二人、特にソーンはミスター・ネイビーの考えに深く賛同しているようだが、俺はいまいち実感が無い。いや、因子や遺伝子の研究が進めばそういった未来はあるだろうし差別が無くなるのは良いことだろう。
だがマーブル計画で全ての因子差別が無くなるかは分からない。因子の強化や移植に値しない因子持ちは結局差別されるままではないだろうか。
ミスター・ネイビーやその賛同者の計画がうまくいけば世界は変わるかもしれないが、俺程度の頭では本当の意味で世界が良くなるかは分からなかった。
なにより俺のようなどうしようもない奴にとっては結局のところ大差ないだろうと思う。
何かで世界に危機が訪れそれをみんなで乗り越えたとしても、そこに俺のような奴らが関わることはないのだから。