03「諦観」
存在が紺色の男、ミスター・ネイビーは俺に人生を変えるきっかけが欲しいか問う。紺色の瞳は真剣だった。騙まし討ちするため舌なめずりしているとは思えない……がそれも根拠はない。
これで実は良い人なのではと思うのはそれこそ『早くて不正確な思考』ってやつだ。
なにより、俺はもうそこまで人生についてまともに考える気はなかった。
「そうですね……今までの人生、ろくなもんじゃありませんでしたが。なにせ……ああ、長くなりそうだ。」
「構わない。好きなだけ話したまえ。」
「かいつまんで言えば、俺の人生は自分のしたいこととまるで関われなかった。因子も出てないガキの頃は月並みにヒーロー組織に所属するのが夢でした。まぁ怪人因子が出て不可能になったんですけど。
そして物心がつきはじめ、怪人因子によってスポーツ選手などの道も断たれていたことを知った。別に才能に恵まれてたわけでもないけど、因子持ちはプロスポーツの参加に条件が色々ありますからね。」
「よくある話だ。」
「ええ、怪人因子持ちの俺と関わるなと親から言われた子供が何人もいた。教師の態度も目に見えて違った。バイトの求人先さえ限られ人生の選択肢が驚くほど狭まっているのを実感しました。
だから因子と関係しないことをやろうとしたが、芸術関係はセンス無し、ついでに貧乏人には金がかかりすぎる。
なにより……。」
「遠慮することはない。続けたまえ。」
「……最近まで気づかなかったんですけどね。なにより、俺が何かやろうとしても何故かふいになることが多かった。
例えば必要な連絡が来ない。それは俺が因子持ちとかではなく、相手が『もう知っていると思っていた』というのが大半でした。俺は大抵の人が知っているからこいつも知っているだろうという扱いがやたら多かった。聞かされていない話を聞いていない俺が悪いとされることもかなりありましたね。
他にも色々ありましたが、どうも俺の人生はそういう『抜け』ばかりだったみたいです。集団の中にいながら集団から抜けていた。気づけばやりたいことの入り口にすら立てないまま時間だけが過ぎていった。」
「抜けが無ければ人生はうまくいっていたと?」
「ああいや、俺は因子や抜けとは無関係にろくな人生を送れていなかったとは思います。」
「なぜかな?」
「えーと、つまり、俺は社会……人と金に興味が無かったのかなと。
人生の価値を稼ぐことに見出したり、お金が無くても誰かと幸せならばいいとかありますが、俺の見てきた大人達というのは金があろうがなかろうが幸せそうには見えませんでした。
だってほら、幸せなら誰かを馬鹿にする必要なんてないでしょう?」
「実にシンプルな判別方法だ。」
「誰もが何か馬鹿にできることを探していた。きっと、幸せを探すより優先していたと思います。だから俺は社会で生きることが幸せに繋がるとは思えなかった。
そして自分が大人になるにつれ、俺を含めた大人達の言っていることがガキと大差ないその場の都合のでまかせが大半だったことに気づきました。それで相手が黙るならまともな会話なんて必要無いですからね。」
「……ふむ。」
「誰かに文句を言いたいんじゃないんです。ただ社会で生きるということは俺が思っているよりはるかに面倒なのに、俺が思っていたより他の人はずっといい加減だと知った時、なんか興味が失せたんです。
ダウンロードした話題のアプリが合わなくてすぐ放置したみたいな?そんなんだから俺は貧乏から抜け出す気も起きなかった。そしてこのザマです。
すいませんね、長くなって。」
「問題無い。」
「……まとめると、俺はもう人生が終わってくれたほうがいいんです。正直に言えば、疲れました。誰かと争っていたり、何かしら悔いがあれば人生を変えたいと思うかもしれませんが、何もありません。
俺は人生を変えたいのでなく終わらせたい。もし誰かに人生を変えるきっかけを与えられるなら、それは俺ではなくもっとまともに生きたい人に使うべきでしょう。」
ミスター・ネイビーの表情は変わらない。だが周りの男達はこいつ馬鹿じゃねえかというような表情だ。馬鹿じゃなけりゃヴィランから盗みを働こうなんて思わんだろう。
「なるほど、謙虚ではなく諦めだね。」
「はい。無気力で怠惰とよく言われます。でも、俺に偉そうに説教する人もそんなに精力的でも賢そうにも見えなかったし。
いや、それで生きていけるならあまり考えない方が賢いのかな。俺にはできそうにないですが。」
「では私はどう見えるかね?正直に言ってくれて構わない。」
「……紺色ですね。
失礼かもしれませんが、人と喋っているというより壁にかけられた紺色の絵を見ながら自伝の草案を練っている気分です。」
「正直で大変よろしい。」
「それはありがたい。褒められるのも久しぶりですよ。」
そろそろ、この会話も終わるな。どうなるんだろうな俺は。
「ザマリ君、君を殺すのは簡単だが死ぬ前に手伝ってほしいことがある。」
「……いいですよ。楽に終わらせてくれるなら多少の無理はします。」
「私は君の人生を変えることはしない。だが君は世界を変えることができる。」
「……はぁ?」
ぐわっとミスター・ネイビーが紺色の目を見開いた瞬間、俺は気絶した。……したのだが体の一部は起きているような感覚があり、自分が再び運ばれていくのが分かった。
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ぐぉんぐぉんとくぐもった轟音が響く中、誰かが話している。
「これが今回の『適性者』ですか。話した印象はどうでしたか?」
ぐぉんぐぉんぐぉん
「愚かではない。『早くて不正確な思考』の中で『遅くて不正確な思考』しか使えなかっただけだ。」
ぐぉん ぐぉんぐぉん ぐぉんぐぉんぐぉんぐぉん
「ホホ、であればこれで生まれ変わりましょうぞ。」
ぐぉんぐぉん ぐぉんぐぉん ぐぉんぐぉんぐぉんぐぉん
「いや、生まれ変わる必要は無い。彼は彼のまま仕事をこなすだろう。」
ぐぉんぐぉんぐぉんぐぉん
「……なるほど。難儀なものですな。」
ぐぉんぐぉんぐぉんぐぉん ぐぉんぐぉんぐぉんぐぉんぐぉん
……ああ、この音は俺の体の中から鳴っているのか。