02「紺色の男」
残念なことに俺は目が覚めた。つまり俺はまだ生きているらしい。どうやら意識がはっきりした状態で拷問を受けねばならないようだ。眠ったまま豚の餌になる方が気楽だったのだが、起きたまま豚の餌になるのはきつそうだなぁ。
だが奇妙なことに俺はゲロまみれの状態ではなく体は洗われヒゲも剃られ、地味だがそれなりに質の良い紺色の作業着のようなものを着せられていた。部屋も仮眠室のような場所でこれから拷問する奴に使うものではない。
俺が起きたからか扉が開けられ複数の体格の良い男が入ってきた。はっきりいって超怖い。男達に連れられ俺は大人しく廊下を歩く。四人ほどが俺を囲んで歩いているため逃げ場は無い。
いくつか扉をくぐると紺色一色の廊下に出た。そういえば男達の服も紺色だ。あ、俺もか。照明すら紺色になりまるで深海の中を沈んでいくようだ。不安で仕方ないのでもうこの辺で殺してくれないかな。
最後に黒に近い紺色の大きな扉が開き、応接間のような部屋に出た。内装はやはり紺色一色。そして紺色のソファには紺色そのものの男が座っていた。肌まで紺色、なんなら吐く息まで紺色なのではないだろうか。
俺は周りの男達に腕を捕まれ紺色の男の前に座らされる。
「ようこそ、楽にしたまえ。」
紺色のような落ち着いた声色だった。周りの男達も俺を離した。俺は座り直し、とりあえず挨拶をする。
「それは、どうも。あの、あなたは?……あ、俺の名前はザマリです。」
紺色の男は口を開く。白目と歯は白かったが舌は濃い紺色であり一層目立った。
「私はヴィラン組織『トマリコン』を率いる者。見た目通りミスター・ネイビーと呼ばれている。」
「それは、その……ぴったりですね。雰囲気とか、配色とか。」
「君は、神は存在すると思うか?」
「え、はい?神様……ですか?」
「君の宗教は問わない。」
予想外の展開だがどういうことだろう。トマリコンとは世界有数のヴィラン組織だ。俺達が盗みを働いた相手はこの組織の傘下だったのかもしれない。
だがなんでトップが出てくる?目の前の男が実は影武者のミスター・マリンブルーだったとしてもこそ泥相手に時間を使う意味などないはずだ。
ともかく、返答によっては長く苦しむだろう。ただ、神様か……。
「俺は、神様は居ると思ってます。」
「根拠は?」
「根拠というか、一般論みたいなもんですけど宇宙ってとんでもなくでかくて広いじゃないですか。それが何の意思も無くできるわけもないっていうか、とにかく人間以上の存在がいないと考えるのは傲慢でしょう。」
「では人間より優れた存在は神かな?」
「うーん、難しいですね。俺は人間としては底辺だから、人間より優れた存在の底辺が自分を神様だと思っていたら何言ってんだこいつ、とは思うかもしれません。
ええとつまり、神様って何かとの優劣で決まるものじゃないと思うんです。」
「神は神であるから偉大だと?」
「あー……なるほど、はい、そんな感じです。うまく説明できる気がしなかったけどそう、神様は神様なんだから人間とか他の生物の優劣とは無関係な位置にいるというか。
雲の下でいくら嵐が起こっても雲の上、ましてや太陽に影響は無いでしょう?」
「ずいぶんと素朴で素直なのだね。」
「学が無いだけですよ。じいちゃんだかばあちゃんだかが昔言ってたことをそのままなんとなくそうなんだと思ってるだけです。」
「なるほど……。」
ミスター・ネイビーは穏やかに口を閉じたが紺色の瞳ははっきりと俺を見ている。何かを品定めしているようだった。
あれか?俺の神様への考えを知った上でそれを全部ぶち壊すような拷問を考えているのか?俺の知り合いは借金をチャラにしてくれれば誰だって神様だとか言ってたがそれであんな拷問を受けたのかもしれない。
ミスター・ネイビーが口を開く。
「人には四つの思考がある、という話に興味はあるかな?」
「四つ?喜怒哀楽とかですか?」
「それは感情だね。」
「ああ、確かに。思考……興味は、はい、ありますね。」
「一つは『早くて正確な思考』、直感と言えば分かりやすいだろう。
もう一つは『早くて不正確な思考』、残りはこれらの逆となる『遅くて不正確な思考』、『遅くて正確な思考』となる。」
「へえ、そう言われれば、なんとなく思い当たることはありますね。」
「常人というのは『早くて不正確な思考』を中心に生きている。なぜならエネルギーの消費が少ないからだ。どれだけ的外れでも、自分に都合が良ければ、それが一番楽であれば選ぶ。
ここまでは分かるかな?」
「……金が無いからヴィランの金を盗んだ俺にとっては耳の痛い話です。」
「『早くて不正確な思考』を中心にする者は『遅くて正確な思考』を疎む。なぜなら『遅くて不正確な思考』という壁を超えることが苦手だからだ。だから『遅くて正確な思考』には価値が無いと思いたがる。」
「なるほど。」
「逆に『早くて正確な思考』は尊ぶ。なぜなら自分のすぐ近く、いつか手が届くものと思っているからだ。
もっとも、早いという共通点だけを見て不正確な部分を見過ごしている限り何の意味もないことだがね。」
「当てずっぽうで手が届くなら誰も苦労しませんね。」
「ザマリ君。」
「は、はい。」
「君は、人生を変えるきっかけが欲しいか?」