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ホラー小説(仮)

作者: 中性

   


学校の下駄箱を過ぎたその先に、

ねっとりと吸い付くような悪意のある笑みを僕は忘れない。


中学1年生。

誰もがワクワク2割、ドキドキ2割、残りは恐怖みたいに中学生になる瞬間に怯えていると思う。


少なくとも僕はそうだった。


それまで、小学校も2回転校して、この地域にやってきたのは

小学校4年生の3学期という特例。


周りと馴染めずに、転校初日からクラスメイトと殴り合いの喧嘩。


僕は当時のことは覚えてないけど、とりあえず「なんでこんな田舎者と一緒に勉強しないといけないんだ」と思っていた。いや、軽蔑していた。


子供の頃の価値観なんてちっぽけなものだし、

今は田舎の良さに気づいているけど


当時は、全く理解できなかった。いや理解したくなかった。


そんな僕でも友達ができて、やっと馴染めたと思ったのも束の間、

中学生になってしまった。


学ランは大きくて、硬くて、重い。

なんて着心地が悪いんだと思った記憶がある。


制服に着られている、なんて言葉があるけど、

もはや制服に侵食されている気分だった。


そんな気持ちで、不安でいっぱいいっぱいなのに、

知らない上級生がたむろしている


ヤンキーの巣窟みたいなところに、これから3年も行かないといけないなんて。


なんて人生は残酷なんだろうかと思っていた。


小学校で仲良くなった友達ともクラスは違うし、

みんな同級生のくせに、昨日まで小学生だったくせに、


急に大人ぶるやつがクラスには、1人はいて

それがとても気持ち悪かった。


なにより、関わりたくないと思った。

だからお昼は1人で無言で食べてたし、

今すぐに家に帰りたいと思った。


もはや小学生どころか、幼稚園まで戻ってやり直したいレベルの不愉快感


そんな中学校生活、一日目だった。


それから、当たり前のように部活選びが始まり、

みんな当たり前のように友達を作って、どの部活にするか悩んでいた。


僕にそんな選択肢はなかった。


親が元野球部


だから、僕は野球部を選ぶ以外の選択肢すらない。


すでにユニフォームやグローブを買いに行く予定も決まっていたし、

今更、変えることなんてできない。


そして気になるのが、いつも下駄箱付近にあるトイレでたむろする

柄の悪い、背の高い先輩。


この人だけには近づきたくない。

そんな野生の間が働いていた。


まー、結論から言うと、

僕はこの人と関わることになる。


それも誰よりも近いところで。


もう感のいい読者の君にならわかるだろう。


この人は野球部だったんだ。

しかも同級生からも邪険に扱われているし、野球も上手くない。

そのくせ短気で、暴力だって振るう。


僕はそんな人と、あろうことかポジションが被ってしまった。


もっと周りを見てからポジションを決めろよ。

と今の服なら思う。


本能的に、誰も選ばないようなポジションを選んでしまった。

その結果がこの先輩がいるポジション。


考えてみれば、すごく当たり前なこと。

このポジションをだれがやりたいと言うのか。


誰も行きたくないのは明白。


僕はそれに気づけなかった。


さらに最悪なのが、サブポジションまで被っていた。


僕は中学生の頃から身長が高くて、親からは

「ピッチャーになった方がいい」と言われていた。


僕はそんな責任重大なポジションは嫌だったけど、

もしピッチャーで活躍できたら、みんなから注目されるし、人気にもなる


そう思って、サブポジションとしてピッチャーを志願した。


しかし、その先輩もサブポジションがピッチャーという悪夢。


今、30歳を過ぎた年齢になったけど、これほど最悪の選択肢を連続で選ぶのも

もはや運命と言うしかないかもしれない。


2個上の先輩なので、約半年間だけしか一緒ではないというのは、

せめてもの救いだったかもしれないけど。


もうその日のうちから、僕へのいじめはスタートした。


野球部には入部するにあたって伝統恒例みたいなもが存在する。


それは、グラウンドの端まで走っていってから、

大声で自己紹介をして、自分の希望するポジションを叫ぶというもの。


当然、声が小さければやり直しだし、

先輩と仲良いやつは声が小さくてもOKがもらえる。


つまり、いじめの対象になるようなやつは、

どんなに叫んでも、学校中の窓ガラスが割れるような、超音波みたいな声を出せたとしても


無限のやり直しが行われる。


これは顧問がグラウンドに現れるまで、ずっと繰り返される。


先輩からすれば、この恒例行事は練習をサボるためのいい口実になる。


後輩の声が小さくてやり直しをさせたら、こんな時間になりました。

今日は、この練習しかできません。的な感じね。


もちろん、僕は最後まで残された。


たぶん30分は叫んでいたと思う。


途中、先輩は意地悪で、尊敬する先輩の名前を呼ばせるなど、

もう意図が最初とずれたことをさせてきた。


あ、ここまで書いておいて言っておくのを忘れた。

僕は人の名前を覚えるのが、とてつもなく苦手だ。


一度、1日に3回、人を間違えて声をかけたこともあるぐらいだ。

それぐらい、名前と顔を一致させるのが不得意。


そんな僕が、入部初日に名前がわかるはずがない。

それでさっきの質問だ。もう地獄。


だからこそ、誰よりも悪目立ちしまい、

いじめはエスカレートしていった。


練習中に砂をかけられるのは当たり前だし、

後ろから殴られたり、

ボールを打つときにわざと僕に当たるように打ってきたり(これに関しては、もはやバットコントロールがいいというポジティブ思考もできるが)


一番厄介だったのは、僕が普通に返球したボールにわざとあたって、

「おい!どこに投げてんだボケ!」とバットで殴られたとき。


もう理不尽すぎて、理解が追いいつかない。


そんな何の取り柄もない、野球も上手くない僕だけど

唯一、野球部メンバー全員の中で飛び抜けた能力があった。


それが脚力。


僕は、1年生にして、野球部の誰よりも足が早かった。

50m走のタイムは、5.2秒だった。(うる覚えだけど)


だから、バットに当たりさえすれば、内野安打になるし

守備範囲も人より広かった。


いじめの先輩は足は鈍足。


僕の真逆である。


というか、その人のいじめで、走り回ってたから足が速くなった説もあるんだよね。


それが発覚し始めた頃、監督にも足の早さに認められたころ、

ここから周りを見返すことができそうだった夏に入る直前。


僕のメンタルは崩壊した。


全くグラウンドに向かえず、ズル休みを繰り返す。

熱も頻繁にでるようになって、学校も早退や休むことを繰り返し。


もう負の無限ループに入ってしまった。


そんな僕を、あの先輩は嬉しそうに笑っていたことも知っている。


悔しかった。悲しかった。いや、何もなかった。


そんな意味不明な感情がとめどなく溢れて、溢れて

もう自分が自分では無くなってしまった。


野球も嫌いになった。






そんな生活が1ヶ月ほど続いたある日の日曜日。

僕は父親につれられて、近所の公園に行った。


そして何も言わず、キャチボールをした。


当然、父親は僕がいじめられていることに気づいていたと思う。

だからこそ、何も言わずに、キャッチボールをしたんだと思う。


そのときのキャッチボールは久しぶりに何も考えずに

何の不安もなくできた、最高に楽しいキャッチボールだったことは覚えている。


父親に「野球楽しいか?」と聞かれて、楽しいと答えた。


そこから僕はまた学校にも野球部にも顔を出すことができた。

まだ完全復活とまでいかなくても、少しは足が前に出れた。


校長室に顧問と父親、僕の3人で話したことがある。


僕は足が早かった。それしかないと思っていた。

だから陸上部に入ろうと思っていた。


そのことを伝えたときに、顧問と父親にまた聞かれた。

「野球は楽しいか?」と。


そのとき僕は、無意識に「楽しいです」と答えた。


そしたら不思議と、野球部を辞めたくなくなった。


その日から、僕は野球部に戻った。



顧問と父親が職員室で話し合っていることは、他のメンバーももちろん知っていたと思う。

というか、誰がどう見てももうやめる流れでしかない。


なのに僕は、野球部に戻った。

その時の僕の顔は、泣くのを我慢するとっても不細工な顔だったと思う。


でも戻ってきた根性を周りのみんなは感じ取ってくれたんだと思う。


その日から、僕のイジメは激減した。

まーゼロには流石にならなかったけど、周りのメンバーがフォローしてくれて

僕はなんとか保つことができた。


あの憎い先輩は、それからも僕に小言を言い続けた。

小言しか言えないレベルに落ちたのは、今考えるとおもろい。


その小言は、「おまえの顔ってつまんない、どこにでもいる顔だよな」と。


今でもよく覚えている。このセリフも。

今振り返れば、この言葉はシンプルで軽いいじめのように思えるけど、僕を長く苦しめる。


この文章を書いている、今、そのことに気づいたの。



僕は元カノからずっと、「自分がない」「もっと主張してほしい」と言われてきた。

社会人としては、これはいい人生の渡りかたかもしれない。


でもあまりにもいろんな人から言われて、

自分自身、なぜだろうかと思うことが多々あった。


その度に、僕は自分を出しているのに、とまで思っていた。


でもこの「どこにでもいる顔、おもしろくない」が僕の中にトゲとしてずっと残っていたのかもしれない。


それに、この文章を書きながら気づくことができた。


おい、くそ先輩。なんてことしてくれたんだ

15年苦しめやがって。ばかやろう


お前が卒業したあと、部活の雰囲気はめっちょよくなったよ。

しかもお前の弟が野球部に入ってきて。


皆でお前のことボロカスに言ってたよ。

くそ右ひじ野郎ってな。


今、出会ったら、お前の右肘粉砕してやる。


もうお前には負けねぇ。

というか人生レベルでは絶対に勝っている。


お前はせいぜい、ゴミみたいな人間関係で終われ。

おれは次のステージにいく。あばよ。



お前のおかげで、俺は少し強くなれた。

ありがとう。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。


これはノンストップで走り書きしたな内容で、

中身も筆者の実体験です。


もし、今いじめで苦しんでいる人がいたら。


もしあなたが苦しんでいる立場なら。


何か前に進めるきっかけになれば嬉しいです。


僕もやれる。君もやれる。

無責任な僕からのアドバイスだよ。

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