86 天敵、其の五
「庭に野菜を食い漁る虫が出たら、誰だって手で触れないようにするものの潰す。それで出た汁は水で流す。それと同じだ。ぼくはぼくなりの目的があったのに、きみ達はきみ達の目的があるからと、ぼくの元へ訪れて、遠回しにぼくの目的を阻害する。それがぼくにとって堪らなく耐えられるものではなかった。他者の介入とか、本当に迷惑。それに先に邪魔をしたのは、害したのは、きみ達だ。神が嫌いなぼくの前に、よりにもよって搾りカスになってまで生きてるイストワールなんかを連れてきた。……これは正当防衛だろう?」
顔を覆う無骨な鉄屑を張り付けたまま、彼女は話し続ける。通りで、聞き取りずらい訳だ。表情も全く読めない。彼女がこちらにどのくらい心を開いているか、逆に分かりやすい。
嫌われること自体は分かるし、しょうがないことだ。私にも、嫌いな人の一人や二人居る。
私達が生きて、自我を持って、欲望を抱えている限り、衝突も、不公平も、好き嫌いも、絶対に生まれる。だって、皆自分の思い通りに生きたいのですから。思い通りにするために、時に他者を蹴落とし、害することも必要になる場合がある。
理想の実現、体現には他者の存在はたまに、どうしようもない程邪魔に思う時が訪れる。
でも、これは、……あまりにも、…………
「正当防衛、?……これが?別に暴力で従わせようとしてあなたを訪ねた訳じゃない。あなたが神を嫌っていることも知らなかった。ただお願いをしたいと思ってきた。なのに殺されかけたのよ⁉」
「きみ達は死なない。ディディだろう?」
金切り声に近い私の声を受け止めても、当たり前、というように彼女は言う。
”いつも通り、きみはコーヒーだろ?”。当たり前だけど毎日の癖で思わず言ってしまったような、朝の日常の事実確認のような軽さ。
彼女のこの言葉の軽さは、彼女が感じる命の重みそのものなのだろう。
確かに、私も、キジェも、カダチも、ディディで苦しむけど死なない。ディールスは神様だから、彼も同じ。
だけど、一人。
「……気付いていると思うけど、私の仲間の中に、人は居る」
「良かったな、運が良くて。きみの仲間の人間は死んでいない。気に食わなかったのなら、謝罪しよう」
「――そんなんで済まされる訳ねぇだろ!」
謝る訳もないくせにさぁ――!
激昂して、怒鳴る。今すぐにでも胸ぐら掴んで一発かましたかった。
それらは、彼女に対して意味を持たない行為だろう。でも、この怒りを向けなければ、意味のない行為だったとしても、気が済まない。
事実、彼女は怯えも、反省を示すこともせず、ただこちらを見据えて立っているだけだった。
私の大切な人が一人、死んでいたかもしれなかったのに……!
万が一、万が一にも一番が謝罪の言葉を述べても、それはただの言葉の羅列だ。命の重みを理解していない彼女が謝罪しても、それには何も意味はない。言われても、全く嬉しくない。
ただ苛立たしい、ただむかつく、ただ許せない、ただただ虚しい。
「何故怒っているんだ。無事だったのだから、無事を喜べば良いだろうに」
——は?心は、無いのか。この生き物には。
母親の胎の中に忘れてきたのか、育った過程で失ってしまったのか。それとも、元から持ちあわせていなかったか。どうしてコイツは持つべきものを持たずして生まれて、傷付ける術しか有していないのだ。
何なんだ、コイツは。度し難く、理解し難く、赦し難く、ひたすらに気持ち悪い。
…………どうして、私よりも生きやすそうにして居るんだ……?こんなやつが。
「唐突だが、武器は、目に見える物体だけではないと思っている」
「……はぁ?まだ何かほざくの。まだ無駄な話をするの。黙れよ。その口閉じれないなら、私が代わりに縫うわ。とびきり、不細工に」
「攻撃、いや、自身よりも上の存在を殺すには二種類の方法があると自負している。自分の攻撃の技を磨き上げる方法と、相まみえる相手を毒などで弱体化させる方法。ぼくは生憎、後者の方が断然得意だ。時間もコストも、後者の方が掛からなく、合理的に殺せるから」
「何、勝手に話を逸らしてんだ、おい」
「さて、きみも見た、彼女が見た未来。世界が、人類が、文明が滅ぼされた事象。世界が綺麗さっぱり漂白されたように地上から全てが消えた元凶。——それが、きみ自身だと考えたことはあるか?」
「………………ぇ?」
「もっと分かりやすく、端的に聞こう。——世界を救うためにきみは彼女に殺されかけたと考えたことはあるか?お嬢さん」
「な、なんっ、何で急に。という、か、あな、た、どこまで……」
「分からないのなら、この顔に聞くと良い」
彼女が、鉄屑を脱ぐ。
ゆっくり、しかし一気に、彼女の醜い表皮が剥がされて、本来の顔が露わになっていく。
目を離せない、体が動かせない、喉が詰まる、胸が張り裂けそう。
声が、聞こえた。耳元で確かに聞こえたの。悪意に満ちた声、自信に溢れた声。消えたはずの、乗り越えたはずの幻覚の声。
”ね、勝てなかったでしょう?”
——今度は、幻覚じゃ、ない。
いやだ。いやだ、やめろ、やめろやめろ、……いや。やめて。
……そこにたたずむのは、息を忘れる程とても美しく、端麗な容姿をした一番。
陶器のように透き通る肌、絹のような真っ白の短髪、イエロージルコンを嵌め込んだような黄金の瞳、知っている少女よりも幼さを捨て去った顔立ち、儚げで可憐で苛烈な悪意を秘めた女性。
——あの方、だ。
まるで成長して、大人になったような姿のあの方。そして、さっきの彼女の言葉。
世界を救うために、あの方に殺されかけた……?
その可能性を考えなかったことはない。でも、信じたくなかった。嘘だと思いたかった。だから、心の奥底に仕舞って深く考えることをやめていた。
――未来は、予言は、変わっていない?
だから、殺され




