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78 雨の中の幽霊

 ――雨って、人に嫌われていますよね。


濡れることが嫌だったり、そのせいで体が冷えることも嫌。濡れたもの一式を乾かすのにも一苦労。


それでも、私は雨が好きです。その理由は、案外単純だったり。



雨模様が広がり、日も暮れてきたからか、住宅街でも人々はめっきりと姿を消しました。曇天の空の下、雨が降って暗くて見えずらい地面の土が跳ね、雨粒が幾つか出来上がった水溜まりに浮かぶ葉を沈めようと躍起になっている風に見えました。


誰もが家に閉じこもり、眠りにつく準備をしている。明日を迎える準備をしている。生きている。生き続けている。これからも、生きようとしている。


「ここら辺の予定だったわ」


彼女はそう言いましたが、周囲に彼らの姿は見えず、居るのは閉まったダンゴ屋の椅子に座る男性だけでした。


深く俯き、濡れた髪で顔が隠れたその彼は、着慣れているであろうキモノを僅かに着崩し、何をしている訳でもなく、ただ座っていました。この街で私達以外の外出者。雰囲気も何だか不思議で、まるでトネリカ風の幽霊のよう。


トネリカの幽霊、ゴーストは女性の姿で描かれることが多いらしいですが、男性の幽霊が多く描かれていたら、まさに目の前の男性のような人物像になるのでしょうか?それとも、もっと口を裂けさせたり、脚が透けていたりしていたでしょうか?


まぁ、関係ないので、彼について特に何も考えずに放って通り過ぎると、


「何処行くんですか?()()をほっぽり置いて」


何と、その人物が私達の探していた人だったというオチでした。


「人を服装と髪型だけで判断しているのですか?」


私の若干の驚きを気にせず、髪を軽く上げ、嘲笑うディールス。笑う、ではない。嘲笑う、の方が適切で適当な感じの笑み。


……ふぅ。そう、ゆっくりと息を吸う。頭を冷やす。

何か言う前にそうしないと、第一声が「めんどくさい」になってしまいそうだったので。


…………うわ。……雨の中、傘も差さずに居た時点で嫌な予感はしていましたが、何だかものすっごくいつもよりも面倒臭い。


「あぁ、それとも眼中にな――」


「あら、ごめんなさい、色男」


わざと遮るように、わざとこちらも嘲笑うように、言いました。言ってやりました。嫌味ったらしいのは、もはやご愛嬌。これも一種のスパイスということで。……これで精一杯だったので。


……うるさい。うるさいな。うるさいですね。これ以上今のあなたの言葉を聞きたくありません。


あなた、本当にディールスですか?

いつもの冷静さは何処に置いて忘れてきたのですか?それとも、自棄になりたくなった出来事でもありましたか?


というか、あなたが無茶な潜入の計画を立てたのに、何をそんなに怒っているのですか?本来だったら、怒りたくなるのはこちらでは?


 ――面倒。


人の気持ちが分からなくて困惑すること、悲しかったこと、申し訳なかったことは結構ありましたが、面倒だと感じたのは初めてです。特に彼に関してこのような感情を抱いたのは。


「あ、皆さん!おかえりなさい!」


「ただいま戻りました、キジェ。そちらはどうでした?何か楽しいことがあったのでしたら、ぜひ教えてください」


ディールス同様にキモノを着たキジェが、彼の後ろの建物の奥からひょっこりと出てきました。


面倒な人と違い、キモノというものに慣れていないからか、キッチリと着こなす彼。トネリカにうまく溶け込めそうだと、一瞬思いましたが、両目を包帯で隠しているのに普通に歩けている時点でアウトでした。


まるで警戒心のない人懐っこい子犬のように、無いはずの尻尾を振り、頭頂部に付いた無いはずの耳を後ろに倒したように見える私は相当疲れているのでしょう。


「……!わぁぁぁあ!血まみれ!リディアさんどこかケガしたんですか⁉」


「え?……あぁ、これですか。大したことはないので、気にしないでください。怪我もすでに塞がっていますよ」


……本当のことを言ったのに、キジェは心配そうに私の心臓の辺りを眺め続けていました。大丈夫ですよ、もう慣れっこなので。


この程度で弱音なんか吐いていたら、あの方の代理人として不合格も良い所。

この程度でへこたれていたら、この旅の終着点にたどり着けない。彼を助けられない。

この程度で負けるのなら、居ても価値はない。


「……」


突拍子もなく、無言で立ち上がったディールスが、拗ねたように大股で歩き出しました。

私達はそれに付いていくことしか出来ず。


 ——雨が私達の足跡を隠すように、私達の存在を隠すように、変わらずに降り続けていました。

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