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76 御子という存在について

「さて、それじゃ行きますかっと」


「……お兄様達と合流するのよ。…………お姉様、しばらくこのままで居させて」


私の手をがっしりと掴み、離さないカダチ。込められた力の強さは、親が子供とはぐれないように手を繋ぐそれではなく、二度と離さないという気概がある気がしました。


「甘えたか?可愛いトコあんじゃん」


「うるさい黙れ消えろ」


「はは、涙が出てきたぜ」


服の袖で涙を拭くオーウィルが不憫でならない。カダチの素直になれない所と毒舌な所が同時に彼を襲いましたね。いえ、元々の好感度と彼の要らぬ一言も加味すればまぁ当然、この結果になるのですが。



……結局、『御子』は何も変わりませんでした。

彼はあの場で逃げたいという訳でも、手を振り解く訳でもなく、ただ私の中を見透かすようにずっとこちらを見ているだけだった。その瞳が段々と不気味に思えてきて、遂に自分から掴んだ手を離して逃げるように去ってしまいました。


彼のラピスラズリの瞳は、何と言うか、文字通りの深淵でした。底が無く、光も届かず、覗いているはずなのにこちらが覗かれているように錯覚する。それなのに、()()が奥で蠢いている。


あれ以上、私があの瞳を凝視していたら、私の何かが狂っていた、私の何かが壊れていた、私の何かが崩れていた。それだけは、はっきりと分かったのです。


彼はダメ。人が手を出して良い存在ではなかった。そもそも人なのか?私には、人の形をした()()か、人の皮を被った()()にしか見えません。

今なら『魔術師』達の対応の意味が嫌になる程分かる。


口をきいてはいけない。

見てはいけない。

目を合わせてはいけない。

触れてはいけない。

近付いてはいけない。

興味を持たれてはいけない。

気遣ってはいけない。

関わってはいけない。

そもそも、存在を知らない方が良いまである。


全部、自分達を守るために。



「お~い、愚図は置いてくぞ~」


彼の言葉でハッとして前を向くと、私の歩幅が短くなっていたらしく、一本道の先でオーウィルが後ろ歩きをしながら、私達を煽るようにわざとらしく大きく手を振りました。


すると、当然。彼は自分の脚がもつれてそのまま後ろに。

あら、盛大に転びましたね。顔にも土が付いて、少し所々擦り剝いてる。あらあら、一張羅も台無し。


「……大丈夫ですか、ポンコツ」


笑いをこらえて言うのに必死でした。思わず心配よりも、ざまぁ、と思ってしまいました。

大きな怪我でもありませんし、正直、自業自得。


その時、今まで手を繋いでいただけだったカダチが私の手を引きました。私は彼女にされるがまま、特に抵抗もせず、彼女に付いていきました。


そのまま、私の手を引く小さな神様は、何事もなかったかのように目の前の障害の腹を踏み抜き、下から聞こえる嚙み殺された短い悲鳴を無視して素敵な笑顔でこう言い切りました。


「お姉様、こんな奴さっさと置いていきましょ?」


「……煽った手前、言いずらいけど、心配してくれても良いんだぜ?」


「フン、どの口がほざくのよ。生憎だけど、あたしはお前に割く時間は持ち合わせてない」


「カダチ、もっと踏んでも良いのですよ。いえ、むしろこの際、思い切りやり返しましょう」


「リディア君⁉君が言うと洒落にならなグエッ……」


「お姉様の許可も出たのだし、……え~い、おりゃ、と~」


「ゆるい言い方の割に本気で腹にクる!」


一通り踏んで満足したのか、程なくして彼女はオーウィルから降りました。

カダチは彼女の体格と背なら、強い力もなく、重くはないはずなので、そう大きなダメージはないはず、……。そう思っていましたが、彼は私の想像以上に貧弱だったらしく。呻き声が微かに聞こえているだけでした。

——そんな訳もなく、


「また狸寝入りですか?運べる人はここには居ませんよ」


「……流石に何度も通じないか。…………えへ?」


「……イラっとした。踏み足りない気がしてきたから、もう一セットやろうかしら」


「すみませんでした」


躊躇なく頭を下げ、カダチの機嫌を伺う彼が貧相に見えて仕方ない。

プライドが高いくせにこういうおちゃらけた時だけ躊躇がなくなりますね、彼って。


……いえ、放っておきましょう。彼に構っている時間も無いですし。それよりも優先することがあります。


「ほら、速く行きましょう。ディールス達も心配して……、心配……、していますかね?」


彼が?


心配するのなら、こんな雑な計画なんて立てなかったでしょう。潜入するにしても陰から見守るでしょう。いつもしれっと無茶なこと計画して、その無茶を通そうとする。


きっと、良く言えば信頼されている。悪く言えば体の良い道具。そんな扱い。……どっちでしょうかね。


「きっと心配していたわ。お兄様は優しい方だし、キジェだってそうだもの」


「それはおれも同感。君の方が付き合い長いだろ。君から見てディールスの旦那はそんな薄情なヒトなのかい?」


「……そう、ですね。えぇ、あなたの言う通り。——彼はきっと、私が知っている中で、最も優しい神様です」

最近は非常に忙しく、そのせいで掲載が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

一つ申し上げると、私は死なない限りこの作品を掲載するつもりですので、どうか気長に彼女達の旅の行く末を見守っていただけると幸いです。

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