75 おかえり
「……またね?」
何だかそのまま立ち去るのは気まずくて、思わずそう声を掛けてしまいました。
返事をする訳でも、頷く訳でもない。聞こえて、意味が分かっているのかも分からない。流石に言語までは一緒だと思いたいのですが。
周りに人が集まり、なあなあな対応を貫きながらもまんざらでもないように、ここから離れていく『騎士』。対照的に誰もが遠巻きに見るだけで近寄らず、何を言う訳でもなくずっと一人でこちらを見続ける『御子』。
普通、逆では?……いえ、グレスターを例に挙げるなら、ですが。
一般的な国では、王族は愛され、優遇され、政治をこなし、国の象徴となる。
だが、彼はどうでしょう?
軽く疎まれ、冷遇とまではいかない処遇に、為政者としての全ても魔術師の家系に移行し、この国の象徴なのに秘匿されて表に出ることはない。その癖あの言伝を言う役割を果たしたら消える。
それで、良いの?
「――来る?」
そう考えると何だか悲しくて、気が付けば彼の手を両手で握ってそう言ってしまいました。
「付いて、来る?」
もう一度、繰り返す。ゆっくりと、噛み締めるように。
前の私だったら、絶対に出なかった提案でしょう。”嫌だったら自分で何とかすれば良い、自分で行動を起こせば良い。私は関係ない”。そう吐き捨てていたでしょう。
当然、この国の御子の逃亡補助とかバレたら本当にどうしようもないですが、別にもう良いじゃないですか。そんな役目捨てても。自分の幸せ探しに行っても。この国にあなたの幸せがあるとは思えない。
この旅を続ける私だからこそ言える。この旅を続ける私しか言えない。
——あなたのこれは逃亡じゃない、あなたのこれは今までの対応に対する正当な、仕返しだって!
* * *
少し先、学校の校門でソワソワとしているオーウィルとカダチを発見しました。二人も私とほとんど同時に互いの存在に気が付いたようで、オーウィルの顔には安堵が浮かび、カダチは今にも泣きだしてしまいそうな顔をしていました。
それでもカダチは泣きださないように必死に涙を堪えて、私に抱き着いてきました。力一杯に腕を締め付けてくるので、何処かの骨が軋む音が内側から聞こえてきます。
「………………バカ」
「ごめんなさい、カダチ。でもほら、大丈夫だったでしょう?」
彼女から一度離れて、お得意のターンで一周してみせる。矢を受けた以外は怪我をしていないことを見せるために。
それに、彼女が喜びまではいかなくとも、少しぐらい笑ってくれないかと。そんな浅薄な希望を抱いて。
「そうっ、——そういうことじゃないでしょ⁉」
「カダチ君、落ち着けって」
再び、彼女が私に抱き着く。先程よりも強い、彼女の込める力。それよりも、カダチはきっと怖い思いだったのでしょう。甘んじて受け入れます。
……本当に?本当に私は受け入れてる?受け止めてる?
彼女達が心配すると分かっていながら分かり切った罠に飛び込み、心の奥底から反省もせず、ただ悲しませてしまっているのに?
「取り敢えず、無事そうで何よりだよ。おかえり、リディア君」
「……えぇ、ただいま」
オーウィルが言ったただ一言、”おかえり”が頭から離れない。脳裏を叩き、何度も反芻する。
家ではないけど、帰る場所が出来た。ただいまと言えばおかえりと返してくれる仲間が出来た。私の帰りを心から待ってくれる大事な仲間が出来た。
その仲間を大切に思っている。なのに、本当の意味で大切にすることが出来ない自分を殺したい。




