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8 あの方を殺した世界

夜遅くだというのに、舞台の上には多くの村の人達が上がっていた。

狂ったように暴言を吐き、石を投げつける光景は平凡で平和な村とは正反対だ。数日前まで温厚な知り合い達が知らない人のよう。リディアは戦慄の本当の意味を知った。


「俺は遠くから見たぞ!そいつが美しいあの方を刺す姿を!」

「違う!僕は彼女を殺していない!信じてくれ!」

「黙れ悪魔!お前の言うことなんて信じられるか!よくもあの方を殺したな!」


暴言の嵐を遮ろうとした反論が暴言に呑まれた瞬間を聞き逃さなかった。

人で溢れた舞台で、一際目立つ存在が椅子に縛られていた。


殴られたあざ、黒にまだらに染まっている服、黒髪、オニキスの瞳に薄っすらと不思議な紋様が刻まれていた。


彼も、ディディに……?お、おかしい。だって――


「あの方を殺したのは私よ……」


弱弱しい告白は誰にも届かずに消えた。


力一杯握った手には血の付いた大きなガラスの破片があり、少女の手のひらに裂け目を作った。ずっと握っていたらしい。……?目に違和感が生じた。


 一瞬だった。――少女は映ったガラスに彼の首が飛ぶのを見た。


素早く頭を上げるが、彼の首は未だあるべき場所にあった。しかし絶対に錯覚ではないと思った。錯覚でも幻でも夢でもない、——あれはこれから起こる未来だ。


だから少女は舞台に向かって走り出した。もう間違えたくなかったから。


舞台に突如、壮年の男性が上がり始めた。無骨な斧を持って目標を睨みつける。

エドワーズは諦めたのか反論を止め、視線を床に落とした。顔から血の気が引いており、体が震えているのに。


ゆっくりと彼に近づき、斧を振り上げる。

客席は大いに盛り上がりを見せ、罪人を処刑するという最高のフィナーレを迎えようとしていた。


 ――振り下ろした斧は、華奢な少女の背中に一筋の深い傷をつけた。


リディアは前のめりに倒れた。舞台の屋根が落ちた日、彼が庇ってくれた時のように。


観客は突然の飛び入り参加に驚いたらしいが、劇の参加を許してくれたようだ。少女の服と瞳を見て。

観客はより一層の盛り上がりを見せ、木こりは先に少女から片を付けようと斧を振り上げた。


「……劇、観に来てくれてありがとう。アートンおじさん」


真っ直ぐに、男性を見つめる。

こんな時に言うことでもないが、リディアはこの言葉を今、伝えたいと思った。


アートンと呼ばれた男性に一瞬、動揺が走る。瞳の奥に焦りが見えた。


「――今すぐこの不愉快な劇をやめろ」


その声が、舞台を支配した。


暗めの赤毛にレッドジャスパーのような、今にも燃えだしそうな緋瞳の男性。

明らかに不機嫌な顔だが、一声で全てを黙らせた男性はいつの間にか舞台にいた。


値踏みをするかのようにリディアとエドワーズをじっと見ている。その姿を見ていながら、村の人達は喋れないでいた。黙ってしまった。


突然現れこの状況で強気な様子、美しい顔立ち、この国で見ない服装、太陽を彷彿とさせる存在感、何よりも直感がこの緋色の青年を神だと言っていたからだ。


「視線がうるさい。『この村の人間は次の朝日が昇る時まで家から出てはならない』というルールを設ける」


男性の緋瞳がより一層鮮やかに輝く。その瞬間、村の人々が消えた。


その場に残ったのは、リディア、エドワーズ、灰色の青年、緋色の青年だけとなった。

彼が「ルール」を設定した時、人々は「ルール」に従った。ということは彼はおそらく――


「人間に名乗るのは癪だがお前らは人間ではなく世界の敵だったな、失礼。オレはオルドル。お前らが殺した彼女から生を受けた四番目の神、秩序の神だ」


こちらを馬鹿にした半笑いで彼は話し続ける。村の人達が居なくなった後の方が機嫌が良さそうに見えた。


しかし、リディアは青年が「彼女」を口にした時、目が伏せられたのを見逃さなかった。

この方も私のせいで悲しんでいる。世界の全てがあの方の死没を悲しみ、原因の私を憎んでいるだろう。


「さて、話す価値も無いお前らと遊ぶ程オレも暇ではないんだ。端的に終わらそう。女、お前さっき神の力を使ったな。どっちだ?」


「……どういう意味でしょうか?」


問い返した瞬間、首から大量の血が流れる。文字通り、首の皮一枚繋がった状態。かろうじて、両手で落ちないようにしている。


「おい、誰が質問を許した。言われたことだけ答えろ」


実際の秩序の神は想像より理知的ではなかった。


少なくとも背中を斧で切られ、地を這いつくばっている少女に追撃を入れる神がいることすら信じられない。そんな事を考えていたが、冗談ではすまなさそうだ。


血が出すぎており、不死身のはずなのに死の恐怖が襲ってくる。向けられた紅い槍が命の灯を潰そうとしている。


彼が言う神の力は心当たりがあった。

ガラスの破片を見た時の感覚、おそらく私の瞳も輝いていたのだろう。


血の水泡音が喉から予期せず出てしまう。僅かにせき込みながら懸命に先の問いに答える。


「私が使ったのは、予言の力かと」


「……へぇ、お前が。しかも不死の方もお前に行ったか。じゃあ今、用があるのは愚かな男の方だけだ。お前は後回しにするが、必ず殺す。彼女を殺した罪は取らせる」


器用に縄だけを槍で切り、乱暴にエドワーズの襟を掴んで引きずる。彼が苦しそうに抵抗するが、全く意味をなしていない。

こちらはこちらでまともに息も出来なければ、首も今にも落ちそうだ。

腕がくっついた時のように速く治れよ。治れ、治れ治れ治れ治れ治れ治れ!


また、目の前で彼が傷つくの?


「――まじかよ?さっきまで普通の人間の女だった奴が、背中と首切られて立ち上がるなよ」


傷は依然変わらない。でも関係無い。痛いのが何だ。


奇跡も、魔法も起こらない。ならば自分の手で抗うしかない。


緋色の神に向かって走り、ガラスの破片を振り上げる。相手は無防備。両手は槍とエドワーズで埋まっている。


 ――振り上げた手を、少女はいつまで経っても下ろせなかった。


「ぁ、あぁ……」


今、腕を下ろさなかったら後悔する。分かってるのに、震える手をどうしても下ろせなかった。


「………」


青年は槍を落とし、リディアの額を軽く中指で弾いた。


 それだけでリディアの頭は簡単に胴と別れを告げ、地に落ちた。

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