72 サクラのお茶会、其の三
風鈴がなって、陽が落ちて、影が伸びる。
お家に帰ろう。鍵を閉めよう。耳を塞げ。鏡を持て。ディディが来る。悪い子食いにやって来る。
あの方の化身よ、あの方の影よ。我らを守り、慈しみ、長きに渡る繁栄をもたらし給え。
いつか、ディディを打ち滅ぼす御子が現れる、その時まで。桜の下の約束違えるな。
また明日、憎しみを持ってお茶会を開こう。
一息に彼女は言い切ると、ため息をつきました。頬杖をついて、深く深く、悲しそうに。心底、疲れたように。
「……これはね、何代もの御子が一言ずつ伝えてきた言伝だよ。神託なのか、はたまた予言の類であるのかすらも不明。いつの何処を指したことなのか、誰かのことを言ったことなのか、何も分からないんだよ」
「ということは、彼も?」
「いや、まだだ。御子は消える二十日前にこの言伝の一部を口にするんだ。その子にはまだ十分、少なくとも二十以上の猶予があるってことさ。……いや、『御子』がその言伝を口にするよりも先にこの国が滅びるかもね」
だからこそ、さらりと『魔術師』が言ったことにとても驚きました。
謁見の時も、今も彼女は明らかに愛国心を抱いている。それこそ、形は違えどオーウィルと同じ。……いえ、訂正します。違いますね。
国民と文化を愛する殺人鬼 オーウィル、子供と神に愛されたというレッテルを愛する実質的な為政者 『魔術師』。
……笑えませんね、どちらも。
「この国は遠くない未来、いずれ滅びるよ」
彼女は上を向き、遠くの雲を眺めながらそう言いました。
「……仮に百歩譲ってそうだとしても、なぜ断言出来るのですか?」
「単純な話、ワタシ達が人間だからさ。人間は両親から良い所も悪い所も受け継ぐ生き物。他の国が積極的に貿易をするのに対し、この国は千二百年もの間、こんな辺鄙な所で引きこもっていたツケが回ってきたってことさ。ここの国民は一定の病気に極端に弱ければ、他の所の環境で生きていく耐性もない。流行り病なんか流行れば全員漏れなく死んじまう。まさに歴史的な自業自得、さ」
……なるほど。
私はそういうのに疎いですが、確かに一理ある説ですね。
「ねぇ、アンタの仲間のこと、聞いて良いかい?どう思ってる?名前は?」
「……え~っと」
興味、あるんだ。
「アンタがあんなに啖呵切って庇ったんだ。それ程、思い入れがあるのだろう?」
……あぁ。彼ら個人には微塵も興味はないけど、私が大切にする仲間には興味がある、ということですか。…………私にそこまで価値があるとは思えませんが。
「そうですね。では端的に紹介を。誰よりも優しく知的なディールス、笑顔が素敵で無垢なキジェ、照れ屋で素直になれないけどそこも可愛いカダチ、皮肉屋と煽り屋を同時経営している、人のために行動出来るオーウィ、……ウィリアムです。これで全員」
「へぇ、で?アンタの恋人はどれだい?」
「ヒュッ、……ゴッ、ゲッホゲホ!」
気管にお茶が……。自然に涙が溢れ、嗚咽が漏れました。陸でお茶に溺れる所でした。
急に何を言うのかと思えば……。
「オホン、……居ません。全員等しく、大切な仲間です」
「――あぁ、もう一人の指名手配犯、四番目のディディの片割れか」
頭に血が昇る感覚がする。それと同時に不意にエドワーズのことが出てきたことに対して、背筋に寒気が走った。
あぁ、嫌だ。人に詮索されるのは嫌いだ。嫌い、大嫌い。いい加減にして欲しい。何、止めてよ。それされて嬉しい人なんて居ないでしょ。




