71 サクラのお茶会、其の二
「……なぜ、そこまで私に良くしてくださるのですか?」
彼女、もとい『魔術師』は子供が好きなのだろう。だからこそ、カダチやオーウィルへのキツイ対応の差が気になってしまいました。
「私がディディだからですか?それとも、リディア個人に何か価値を見出したからですか?」
手配書はルジャダでは『司書』が広まることを防いでいたし、何より広まるような状況ではありませんでした。
この国でも、手配書が広まっていることはほぼ確実。事実、先程『騎士』は名乗っていないのに私の名前を言ったことが何よりもの証拠。
「……両方、じゃな。アンタ達の手配書は確かにワタシ達の国にまで届いた。血眼になって探すグレスター王国、黙秘と不干渉を貫くルジャダ国。グレスターに至っては、鎖国をしているウチにまで図々しく捜索の要請をしてきた程。でも、我々はそれを拒否して、グレスターの使者を手酷く追い払った。不法入国っていう素敵な理由も付けてね」
「手酷く?それは、どうしてですか?下手をすれば、それに反感を買った向こうが戦争を仕掛ける可能性もあったでしょう」
「それはないね」
「断言、しますか」
「あぁ、グレスターは今年作物が歴史的な凶作かつ長年に渡るルジャダとの貿易の縮小が響いている。いくらディディが憎かろうと、武器と食料難じゃ、戦争なんて出来る状態じゃないのさ。何より、ディディを憎むあまり、この国を攻撃するのは目的がすり替わっている。本末転倒どころじゃない手痛い損失になる。そこまでアイツらも馬鹿じゃぁないね、ルジャダじゃあるまいし」
……いくら御子を演じていたとしても、その頭の良さは本物でしたか。広い視野に長期的に物事を見る目、先まで見通す計算高い頭脳。おそらくは御子に変わってこの国を統治する実質的な支配者なのでしょう。
「そして、追い払った理由だね。我々は唯一信仰だよ。言い換えると、あの方以外の神の存在を許容していない。あの方以外の神を殺したディディなんて、邪魔以外の何者でもない。そいつらの存在すらも認めていないのさ」
唯一信仰。カダチの言った通りですが……、何かが引っ掛かりますね。
「――だから、この際アンタがあの方を殺したかどうかなんて極論、どうでも良い。あの方の生死も。いや、そもそもアンタみたいな小娘が殺せるはずない、と考えている。とにかく、アンタという存在があの方の存在を確固たるものにすることを願っている、だからここにアンタだけを呼んだのさ」
——あぁ、分かった気がします。
唯一信仰、なんて言っておきながら、本当に彼女達の心を支えているのは、神に愛された国というレッテルではないですか。
今ならカダチの言ったことがよく身に染みました。信仰の仕方が歪。これ程までに、この国のことを表した言葉はないでしょう。
「さぁ、この話はお終いだよ!何でも聞きなさいな。ワタシはこの国で一番長生きだから、答えられないことはないぞ~」
「……え?」
衝撃の事実。いえ、前にも似たようなことが……。
……あぁ、キジェの時と同じですね。キジェの時は、タイミングが悪くて驚く暇がありませんでしたけど。
「ん?あぁ、もともと魔術師の家系は巫女の家系でね。まぁ、御子と色々と被るから名前が変わっただけで役割は変わっていない。しかし、その名残としてこの家系のおなごは姿が少女のままなんだよ。ワタシも、こんな見た目で体が止まっちゃったけど、実際は婆さ。何人もの御子がワタシの代で姿を消したし、何人もの騎士が現役を退いたのを見届けてきた。この国一番の古株さ」
その『魔術師』の言葉を聞いて、ずっとお菓子をとっかえひっかえしていた『騎士』の手が止まり、重く閉ざされていたその口を開けました。
「……自分はあんたが死んでも、騎士やめるつもり毛頭ないっすよ」
「それは無理だわさ、意地っ張り小僧。負けず嫌いもそこまで行くと疎まれるぞ、程々にしなさいな。先々代も、その前も、おんなじこと息巻いて死んじまった。アンタがワタシより長くこの役目を続けることはないね」
「あんたが無理だと言っても、自分はやり遂げてみせます。あんたが家の伝家の宝刀真っ二つにぶち折った時から、決めてるんで」
「そのことは突っつかないで欲しいのう」
急におばあちゃんらしくシオシオを肩をすぼめてお茶を啜る彼女。対照的に『騎士』は何事もなかったかのように片手でお茶を啜っていました。
喧嘩、ではないのでしょう。彼女達の関係は不仲には見えません。……『御子』は除いて。
『御子』の方を向くと不意に目が合いました。何処までも奥に続きそうな深淵を映した美しいラピスラズリがこちらをじっと覗き込んでいます。
ふと、その美丈夫がこちらに向かって微笑みました。何かを思い出したような、遠くの家族に思いを馳せるような、そんな何気ない笑み。それが、酷く心を刺し留めました。
それが何か嫌で、咄嗟に『魔術師』に話を振りました。
「あの、話題が変わるんですけど、神殿?でしょうか。先程の場所の柱の文言って何ですか?」
「あれかい?良い目の付け所だね、魔術師に向いているよ」
風が吹く。太陽の下、木漏れ日の下、……椅子の上。
サクラの花びらが舞って、あの民芸品がより一層激しく音を掻き鳴らし、サクラの花が擦れる。
地面に生えた短い芝生が、自身の上を何かが駆けていくように頭を垂れる。何度も、何度も。何度も、何度も、何度も。それでも、何度もその草々は頭を上げて上を向いてみせた。……確かに、上を向いていました。




