70 サクラのお茶会、其の一
トネリカ風の神殿のようなものから追い出され、はや二十分程。
私の近くには、カダチも、オーウィルも居らず、唯一騎士という役職の青年が案内役に居るだけでした。
あの出来事、……アクシデントでしょうか?その後、御子は騎士に私だけを連れてくるように指示を出し、そのまま奥の部屋へと消えていきました。
当然、カダチ達は反対しましたが、滅多な機会ですので、”危なくなったらすぐに逃げる、助けを呼ぶ”ことを条件とした約束をすることで許可をもらってきました。
前を歩く青年に目をやると、……ん、え?
リンゴ……?
この人、リンゴ食べながら歩いてる……⁉
「リディア嬢、あんまうろちょろしないで貰えますか」
いや、……リンゴ食べながら言わないでいただけます?
とは到底言えず。
本当にあの素晴らしい一射を放った騎士と同一人物でしょうか?信じられない、というよりも、信じたくないです。
初手から幸先不安ですね……!
彼と何か話す訳でもなく、ただ付いていった先にはとても立派な中庭が広がっていました。
中央には太いサクラの樹、枝にはガラスで出来た工芸品のようなものがいくつかぶら下がり、樹の下にはテーブルとティーセットがありました。
そのガラスの工芸品から、この国に来てから何度も聞いた、遠くで幾たびも反芻する、軽く、凛として、頭を離れない鈴のような音が奏でられていました。これだったのですね。
……トネリカは、良い所ですね。一年中、こんな透明で繊細な音を聞けるのなら、こんなに綺麗なサクラの花を見れるのなら、この国での暮らしは悪くない、どころか好ましい。
「――ようこそ、『桜のお茶会』へ」
テーブルにある四つの椅子の一つに座った御子が、そう言いました。
日の下に出ただけで彼女の少しだけ青緑掛かっていた髪色はより白く、瞳はより青紫に見え、さらに儚さが増した気がしました。
先程あった時とは違う、柔らかで友好的な雰囲気を持った少女は、こちらに向けて穏やかに微笑みました。
「『サクラの、お茶会』?」
「『桜のお茶会』は御子、魔術師、騎士の三人が息抜きに他の者に内緒でやってた恒例行事さ。桜の木の下だから、『桜のお茶会』。単純だろう?もっとも、この国の初代の御子の名前が”桜”だったという説もあるがね」
彼女の言葉を理解するよりも先に、その口調に驚いたのは言うまでもないでしょう。歳に合わず、大人びた完璧な、一国を導く御子としての使命を担った少女は何処へ?まるで、おばあさんのような話し言葉に、思考が止まり、言葉を忘れました。
「遠慮はいらないさ。取り敢えずお掛けなさい。『騎士』、アンタもだよ」
「了解です」
「さっきは失礼したね。ワタシは本当は、この国の当代の魔術師。といっても今や、簡単な占いくらいしか出来ないがね。名ばかりの役職さ」
……魔術師?彼女が?……なるほど、先程の謁見での自己紹介は嘘だったのですね。
では、本当の御子は何処に……?
「さて!堅っ苦しいのはここまで!」
彼女がおもむろに席を立ち、ものすごい勢いでこちらに向かって歩いて来るではありませんか……!
咄嗟に両手を顔の前にクロスに出し、防御の姿勢を取ってしまいましたが、それは全くの無意味な行為でした。
「やーん、可愛い!ひ孫を思い出すねぇ。アンタ、何かつまむかい?『騎士』も遠慮したら承知しないからね」
「……え⁉うぇ、んぁ……、ぐえ……」
「いいんすか。ありがとうございます」
彼女の小さい手で頬をひたすらこねくり回される。伸ばしたり、押されたり、つままれたり。痛、くはない。全く痛くはありませんでした。
私もそこまで子供ではないのですが……。どうやら、子供がお好きなようで。
小さなおばあちゃんみたいですね。でも、姿は私よりも幼く見えるのですから、不思議です。
……おや、気が付きませんでしたが、テーブルにもう一人着いている人が居たではありませんか。
気ままにお菓子を咥え、テーブルにうつ伏せに伏せっている青年。お菓子も食べているわけではなく、本当にただ咥えているだけでした。今も、口角は上がっておらず、何か一言でも喋った訳ではなく、彼は何処か遠くを見つめていました。
「もう罪遠には行ったかい?この国の宝、おっきい霊園と納骨堂が見れる。ここのすぐ隣の都市だから、行ってみるといいよさ」
「へぇ、今度行ってみますね。あの、それで、お二人のことは何と呼べばよろしいでしょうか?お名前は?」
「……どうします?自分から説明した方が良いっすか?」
「いや、ワタシから言うよ。アンタは好きにくつろぐか、『御子』の面倒でも見ていておくれ。あー……、名前。名前ね、うん。ワタシ達はこの役職に就いた時に、名前を捨てなければならなくてね。名前が無いのさ。もう思い出せもしないけどねぇ。ワタシのことは『魔術師』、そこで寝っ転がっている彼のことは『御子』、アンタをここまで連れてきた彼のことは『騎士』と呼んでくれ」
「それは、……すみません」
「どおして謝るの?良いんだよ、そんなこと気にしなくても。お菓子お食べ、口に合うと良いねぇ」
「……いただきます」
お菓子は色んな種類がありました。真ん丸なお餅とか、フワフワの生地で餡子を挟んだものとか。でも、あんまり冒険する勇気もなかったから、見慣れないお菓子の山から、私でも馴染みのあるクッキーを選びました。
私でも感じる程甘く、上に乗ったリンゴのドライフルーツが甘酸っぱかったです。歯で軽く噛んだだけでホロホロと崩れていくクッキーは、口に良く合いました。




