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69 サクラの花びら

その言葉を受けて、待ってましたと言わんばかりに矢がリディアの心臓を貫く。まるでそこに飛んでいくことが既に決定付けられていたように、真っ直ぐに。

深く深く、矢の勢いで後ろに倒れる程の威力。傷口から広がる血が、……先ほど道すがら見たヒガンバナを彷彿とさせます。血がゆっくりと、ゆっくりと、傷口を中心としてベッタリとドレスを円状に染めていく。


「どうせ、それは死にはしないでしょう。後で座敷牢にでも繋いでおくように。さて、あと二人。そちらはどうでも良いので、そのまま始末します。早急に狙撃準備を。逃げ回られても手間なので、頭を狙いなさい」


騎士は何も言わず、次の矢をつがえ始めました。人を撃ち慣れた躊躇いのなくなった動作が、次のターゲットに向けられる。


「お前ら……!」


カダチの額に血管が浮き出し、瞳が輝いて、髪が逆立つ程憤慨しているのが分かりました。私なんかに怒ってくれるのがたまらなく嬉しい、ですが、


「カダチ、私は大丈夫です」


おもむろに立ち上がり、矢を乱暴に抜いてへし折ってやりました。手の甲で雑に口元の血を拭い、御子達に向き合う。


二人に動揺の色が見えたのは嬉しいですね。


先に喧嘩を売ったのはそっち、先に手を出したのもそっち。

ディールスへの言い訳(手土産)が増えたのは嬉しいですね。


まさに、戦いの火蓋が切られる、その瞬間に、


 ――突拍子もなく、タカミクラに一番近いフスマが静かに開きました。


見ると、フスマに手を掛け、こちらにやって来たのは、無表情の青年でした。無表情と言っても、決して不機嫌には見えず、ただボーっとしている人。

夕陽に当たった小麦のように輝きを放つ金髪、ラピスラズリのように美しいのに何処か光が無い碧眼、シュッとした輪郭、その整った顔立ちと背格好は大陸の少女達が夢にまで見た白馬の王子様のようでした。

頭にはサクラの枝で出来た知恵の冠が斜めに被さり、高価そうなキモノは帯が解けてしまっています。両手で大事そうに、本当に大事そうにサクラの花びらのようなものを取りこぼさないように持っていました。


謎の乱入者を見て、無言でタカミクラの隔離された空間から出てきていた御子。美しい動作を一つ一つ丁寧にこなす姿は、まさに御子たる存在にふさわしく。ミスを片手で上げた時でさえ、音がしませんでした。


目を引くタンザナイトの紺色の瞳、弓を構えた青年と同じ目尻の紅、ふわふわの肩に届かない長さの濁った白色の癖毛、髪色と同じ色の長いまつ毛、華奢を通り越した細過ぎる体格が色鮮やかなキモノ越しでも分かりました。


ふと目を離せば、サクラに攫われてしまいそうな程、その少女は可憐で、優雅で、儚げでした。


「――どうしてこのようなものを手にしていらっしゃるのですか?」


だからこそ、その御子の重い一言が刺さるように恐ろしく感じました。

口調こそは変わらないものの、その姿からは想像も出来ない程、その声は今までの会話の中で最も不機嫌で、最も不快感を露わにした声色でした。


 ――思い切り眉をひそめた彼女が乱暴にその青年の手をはたきました。


彼の手の中のサクラの花びらがこちらまで飛んできて、私の頬にぶつかり、頬を這って落ちていきました。


しかし、青年の表情は何も変わらない。怒りも、悲しみも、喜びも、何も無い。本当に、何もありませんでした。死人のように顔色も、表情も変わらない。しかし、決して空虚ではない。


全く訳の分からない青年。訳の分からない状況。


だからでしょうか?なぜか今になって、堪らなく恐ろしく感じてきました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


結論として、下を見た所、サクラの花びらなんてありませんでした。いえ、そもそもサクラの花びらだったら、当たり前のこと、ここまで飛んできません。


橙色の小さな欠片。光を透過して一本一本細い筋までしっかりと見える、それは、


……は?


何、これ……?何でこんなものが……。意味が分からない……。いえ、分かることを脳が拒む。ただ一つ、()()()()()



  ――それは、金魚のヒレでした。



御子は()()を気にも止めず、手際よく青年のキモノの着付けを素早く直し、冠を正すだけでした。


青年はそのことに対し、感謝すら伝えず、さっきまで少女が座っていたタカミクラの中の座布団にストンと腰を下ろし、御子もそれが当たり前かのように、何も言わずにタカミクラの後ろに隠し置いていた大きな旗を持ち、騎士と対称になる場所へ移動しました。


……全く状況が見えてきませんが。


「……困った子だよ、ホント」


御子がそう呟いた気がしました。その顔は慈愛に満ちた母親のものではなく、本当に疎ましく思っているもので。

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