68 決裂
突然響いた声に驚き、柱から目を離すと、清廉で凛とした声の主は……、えぇと、タカミクラ、でしたっけ?ミスで分かたれたその中で、正座で座っているのが影で分かりました。
影だけで見ると、華奢な体格で、ふわりとした巻き毛が肩よりも短く、カダチと私の間程の年齢に見える少女。それしか分かりませんでした。
――幼い女の子。しかし、年相応ではない、非常に大人びた口調に強く違和感を感じました。
隣にタカミクラのすぐ近くで正座する青年。赤黒い髪、黄緑色のヒデナイトのような瞳の細い目、異様に目を引く目尻の紅、への字に曲げた口、褐色の肌、立派なキモノに身を包み、トネリカ流の大きな弓を持った人でした。顎の右側から首の下にまで伸びる刃物で出来ただろう傷跡が、酷く目を引きました。私達に矢文を放った人物で確定でしょう。
状況的にも、彼が騎士で、先の少女が御子なのでしょう。となると、魔術師の居所が気になりますが……。
「時代に、ディディに、噂に振り回されない、一貫性のある強固な意志を持つ、神に愛された国にお越しくださったこと、大変嬉しく思います。ワタシといたしましても、わざわざ港と学校の警備を緩めたかいがありました」
その思考は、御子の言葉によって遮られました。
港と学校の警備を緩めた、……やはり誘導でしたか。分かっていましたよ、もちろん、当然。矢文とか、露骨でしたものね。
でも、思ったよりもずっと友好的ですね。
「紹介が遅れました。ワタシはあの方の化身、あの方の影、あの方の言葉を代弁する者。この国の当代の御子です。以後、お見知りおきを」
「それで、あたし達に何の用なのよ?」
「カダチ君、一旦落ち着こうぜ。向こうに敵意が無いなら万々歳だ」
……カダチが好戦的というか、敵意剥き出しというか。確かに彼女はトネリカを恐れていましたが、流石に警戒しすぎですよ。まずは平和的に情報収集を優先すべきです。
「?……何をおっしゃっているのですか?」
「ん?どゆこと?」
きょとん、としているであろう御子は首を傾げ、続けました。
「――ワタシが歓迎するのはアナタだけです。アナタ達はあくまでお客人のオマケですから、この場において発言を許していません。身の程をわきまえるように」
そう言って、彼女は一直線に私を指さしました。
友好的な態度から一転、まるで気に入らない使用人を虐めている王族のような冷酷な視線を送っているように見えました。
そこで突如一つ、ピンと来るものがありました。勘です。
仕事と私生活のオンオフと言われたら否定は出来ません、が、彼女は間違いなく猫の皮を被っています。それも数ヶ月で身に着けた生半可なものなんかではなく、数年、数十年掛けて生み出したもの。
いやはや、恐ろしい。それ即ち、私が何年も踊っていた間よりも長く、彼女は御子としての役割を優等生のようにやって来たということなのですから。
いえ、そんなことはどうでも良く、
「――私の大切な友人です。僭越ながら、先程の発言の撤回と彼らの待遇について再審する旨の異議を申し立てます」
私は、善意を持って私に接する方には善意を持って返しますし、悪意を持って私に接する方には悪意を持って接します。
――そして、彼女が彼らに敵意を向けるのなら、私に向けられたも同然。
私も、今から敵意を持ってあなたに接します。あなたが考えを改めないのであれば。
沈黙が続く。先の言葉に怒り、私達を断罪しようとするか、はたまた素直に受け止め、謝罪するのか。どちらに転んでも地獄そうですが。……地獄は無いんですもの。精一杯、暴れさせてもらいます。
「そうですか、立場も分からないとは愚かな子。御子たるワタシに口答えするとは。では、——我々の誇りにかけて、我が国の脅威にはなりえない矮小な存在どもを排除します」
――声色が一変、それは背筋がぞくりとする程冷徹なものへと変わりました。
敵意を向けられたことに腹が立ったのか、気に食わなかったのか。彼女は細い片腕を軽く上げました。意味は、”発射準備”。
この国で”誇りにかけて”という言葉は最上級の誓い。何せ自称、神に愛されている国ですから。そのプライドはルジャダの雪山よりも高いでしょう。
ならば、今からこの国の全てが私達に敵対するのでしょう。
ごめんなさい、ディールス。でも、私、後悔してませんから、説教ならいくらでも受けますから。
赤黒い髪の青年が弓と矢をつがえ、こちらに向けてゆっくりと振り絞る。美しく、長い歳月を掛けて洗練されたであろう動作、こちらが息を呑む程の集中力、息遣い一つ、聞こえません。体幹が一切ブレないのは、腹呼吸だからでしょう。
「逃げようとするのなら脚を、攻撃をしかけようとするのなら腕を、服従を選ぶのなら見せしめに心の臓を穿ちなさい。外すことは許しません。よく狙うように」
限界まで引かれた弓が、キリキリと音を立てています。それでも、騎士の視線はたった一ヶ所だけを見つめていました。
「服従も、隷属もしません。私達の旅は、何にも縛られない風、誰も掬い取れない海、生物に支配されない惑星。誰にも止められるものではありません」
「……この場において、何もしないというのは最も愚かですよ、外の娘。疾く這いつくばって許しを請えばよいものを。それに、服従とはするものではなく、恐怖で縛るものです」
呆れたようにため息をついた御子の手が、私達に向けて降ろされました。
「――放ちなさい」




