67 人気のない学校
靴を脱いだ足が、盛大に音を立てて階段を軋ませます。警備は無し、……生徒らしき人物も居ない。
難なく侵入出来た校舎の中、不気味な静寂を破って、トネリカ人に扮した三人は探索を推し進めています。……何だか、うまく事が進み過ぎている。
低い天井、開けた廊下、緑のタタミ、光を透かすショウジ、……それが人一人居ない二階建ての校舎の全てでした。
キモノ、というものは動きづらいですね。ボタンという花の柄が非常に可愛らしいですが、いざという時に脚が前に出せない。万が一の時、走って逃げられませんね。
涼しげでシンプルなキモノが似合うオーウィルと、大きなユリの花の模様のキモノが似合う、私と同じ年齢程の姿になったカダチ。
二人と共にこの校内を歩き始めて三十分以上が経とうとしていました。
――というか、どうして学校に御子や魔術師が居るとディールスは思ったのでしょう?
一般的に彼らはこんな学び舎を活動拠点には選ばないでしょう、王宮みたいな所に居るでしょう。
しかし、ディールスはまるで絶対に御子や魔術師が学校に居るような口ぶりでした。だからこそ、私達をここへ来させたのでしょうが。
……正直、私はここには来たくありませんでしたよ、……なんてね。
「……二人とも。既に結構な時間が経ったものの、いまだ手がかりゼロですが、これからどうしまし――」
立ち止まり、振り返って彼らの話を聞こうとした瞬間、——目の前、顔をすれすれで飛んできたものに驚き、後ろに倒れてしまいました。いえ、正確には腰を抜かしました。
一直線に、ものすごいスピードで飛んできたそれは、僅かに空いていたショウジの隙間をすり抜けるように飛来し、壁に深々と刺さっています。
——矢⁉
もう少し前に出ていたら、想像したくはありませんが、目が潰れ、頭が壁に貼り付けになったでしょう。今更、背筋に悪寒が走りました。
矢には白い紙が括り付けられており、私達に向けて放たれた矢文であることは一目瞭然でした。オーウィルが丁寧に手紙を取り外す間、私はカダチの手を借りて何とか立ち上がりました。
三人で開いた紙を覗き込むと、共通語なのは分かるのですが、トネリカ風の字体で流ちょうに書かれ過ぎており、私は解読出来ませんでした。オーウィルも頭を抱えており、この場で唯一口を開いたのはカダチでした。
『そこからまっすぐ行って突き当りを右、階段を降りてすぐの厠から四つ奥の扉と五つ奥の扉の間を叩け』
……明らかに、罠。招待状みたいな生易しいものではなく、命令口調で誘導しようとしている点にも、多少、警戒心が滲み出てしまいます。
「……ディールスの旦那に言ってからの方が良いんじゃないか?」
「いえ、このまま行きましょう」
「正気か?」
「えぇ、罠でしょう。……それでも、この矢文が私達を狙って飛んできたということは変装は意味がないということ。ここからは変装も解いて正面突破しましょう」
「何かあったら、あたしが全力で逃がすわ。リディアお姉様は、お姉様のしたいことに集中してくれて構わない」
「頼もしいです、カダチ。ありがとう」
おそらく、ディールスはこれを知っていたのでしょう。なら、知らせるよりも先に多くのものを掴んで戻りたい。それが、この場においての最善でしょう。
「……は⁉リディア君、着替えはっや!というかいつの間に⁉」
「特技は早着替えですので。赤子の手をひねるよりも容易いです」
* * *
指示書の言う通りに、例の扉と扉の間を軽く叩いてみると、ふと隙間風が吹く音が聞こえました。さらに思い切ってその場所を押してみると、手の付いた壁はいとも簡単に後ろへ下がり、新しい通路が出現しました。
鍵のかかっていない隠し扉、といった所でしょうか。
警戒心を解かないまま、三人はゆっくりと進んでいきました。長い一本道に窓は無く、非常用の隠し通路のようでした。災害時の避難用……、ではないのでしょう。
やがて、とてつもなく開けた空間に出た私達は目を見張りました。トネリカ風の木造建築にも関わらず、造りは他の国に似通った神殿のような場所。光沢を持った木製の床、天高くそびえ立つ立派な木の柱が連なっています。
その太く、高い柱に一文ずつ刻まれた文言。
風鈴がなって、陽が落ちて、影が伸びる。
お家に帰ろう。鍵を閉めよう。耳を塞げ。鏡を持て。ディディが来る。悪い子食いにやって来る。
あの方の化身よ、あの方の影よ。我らを守り、慈しみ、長きに渡る繁栄をもたらし給え。
いつか、我らへの久遠の愛が証明される、その時まで。桜の下の約束違えるな。
また明日、憎しみを持ってお茶会を開こう。
詩か、国歌の類でしょうか?それにしては随分と、まぁ、——
「――ようこそ。舎人火聖教国焼悪の街へ。歓迎します、見知らぬ若き旅人」




