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65 生きづらい

「隣、良いですか?」


「……どうぞ」


全員が寝静まった夜、ランプの光で本を読むディールスにちょっかいを掛けに行きました。何だか、眠くなくて、寝たくなくて。雲が厚く、月明りが全く届かない暗い夜でした。少しの風も怖くなってしまう。


指先に息をかけ、寒さを誤魔化そうとしましたが、ほとんど無意味な行為でした。


「この時間は寒くなってきましたね」


「えぇ、そろそろ冬が来ますから。ルジャダ以外も寒くなってきますよ」


二人だけで会話したのは、久しぶりですね。

オレンジのランプの光に照らされた彼の輪郭がぼやけ、暗闇に混じって溶けてしまいそう。


「ねぇ、どうして死んじゃうのですか?」


「……貴方にしては、随分と直球ですね」


「ヘルトに言われたのです。もっと仲間と会話した方が良いと。私もそう思ったので」


実際、私は仲間と心を通わせられたようで、案外そうでもありませんでした。

言葉が足りなかったと思う。行動が足りなかったと思う。思考するのみに留めてしまった感情がありました。それらを、これからは頑張って言葉に紡ぐから、彼らに知って欲しいのです。


本を閉じ、上を向いて瞼を閉じる彼。まるで私には見えない何かを感じ取っているよう。やがて、静かに目を開けました。

空を見上げても、今日は雲が厚いので一等星は攫ってくれませんよ。


「……当たり前ですが、私はあなたに死んで欲しくありません。何より、あの子(カダチ)を一人にするつもり?」


「……一番目のディディに会えば全て分かりますよ」


「あくまであなたの口から語ってくれないのですね」


どうしようもなく、もどかしい。なぜ教えてくれないのですか。なぜこちらを見てくれないのですか。

それ程までに、私は――


「そんなことより、自身の心配をなされては?」


「?……どうして?」


「トネリカでは、そううまく事が進まないかもしれないということです」


「……ふーん。そうですか」


トネリカは未知の領域。文化も、人柄も、風土も、何も知らない閉ざされたかの国。彼が言うことは最も。それでも、何だか話題を逸らされた気がしてしまいます。


夜風に吹かれた彼のピアスが揺れる。ふわりと舞い上がり、光を微かに反射して、耐え切れないように震える。それは、私の心情でしょうか。それとも、


「貴方の決意を鈍らせることは言いたくない。それでも、貴方が私に生きて欲しいと思うように、私も貴方に普通の、何気ない日常を送って欲しかったと思うのも本心です」


かつて、彼は私をただの人間の少女だと言ってくれました。

あなたの母を一時の感情で殺し、ディディになり果てた愚かな私を、彼は許そうとしているように見えました。

でも、私は許されたいのではない。許さなくて良い。きっと、あなたが私を許すのは、恐ろしく苦痛だろうから。

私は、償いたいの。償い切れないこの罪を、私が許すまで。


「そんなことを言っても、貴方は何も変わらないのでしょうけど」


「ディールス。……普通って、難しいですね、痛いくらい」


笑ってみせました、困ったように、弱ったように。口角を上げ、目を僅かに細め、困ったように肩をすくめる。

変われなくてごめんなさい。それでも、あなたを困らせても、あなたは受け入れてくれると信じ切った私は傲慢でしょうか?それぐらい、思っても良いですか?——あなたに、寄り掛かっても良いですか。


……私は、何が痛いと思ったのでしょう?どこが痛かったのでしょう?分からない。それでも、一つの罪で終わる人生なら、大きな失敗一つ許されない人生なら、——私達はとても、生きずらいですね。



本当に突然、無言を貫いていた彼の両手が私の首に絡みつきました。声を上げる間もなく、何かを思う前に、そのまま後ろに押し倒されました。


冷たい土の上、ランプが倒れて辺りが暗くなりました。月明りも何も無いので真っ暗。こんなに近くの彼の顔も満足に見えません。


首をグッと締め上げる冷たく、まめの一つも無い綺麗で長い指とは裏腹に、彼の瞳は確固たる意志を持ったように、燃え続ける炎の如く揺らいでいました。


そのアクアマリンがあまりに切なくて、思わず呆気に取られてしまう。


ルジャダで二人で会話した夜とは違う。彼は怒ってもいませんし、声も荒らげていません。

……いえ、彼が本気で怒って、怒鳴っていたのは後にも先にもあの時だけでした。


「何を……、貴方が普通で居ようとしないくせに……!」


「……ごめん、なさい」


ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ディールス。

人の悲しみを自分のことのように感受してしまう優しいあなた。世界で一番憎いであろう相手にすら同情してしまう慈悲深いあなた。


彼の言う通り。自分勝手に私が動くから、彼が縛られている。私のせいで、彼は今もあの方の願いを叶えなければならなくなっている。私が、あの時あなたと逃げていれば、——あなたは笑っていられましたか?


 ——彼の本当にしたいことって何でしょう?


彼の指にさらに力が加わる。確かに力一杯に絞められているのにあまり苦しくありません。それなのに、意識はゆっくりと途切れていくのを感じます。


とにかく、最近色々鈍いんです。先程いただいたシチューの味とか、まだ治らない霜焼けの痛みとか、あまり感じなくなってしまった。……私としてはその方が都合が良いのですが、あなたにはそうではないのでしょうね。


でもね、私、どうすれば良いか、全く分からないのです。罪のことも、あなたとの向き合い方も。


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