62 円満?
「……殺すんじゃなかったのか?」
ウィリアムがモールを睨みながら、嫌味ったらしく言いました。せっかく彼の手が止まったのにどうして挑発するようなことを言うのでしょう……!
しかし、モールは動きません。……いや、微かに手が震えています。明らかに、怯えて嫌悪感を示している。先程まで一切無駄のない動きをしていた彼が、初めて人間らしい行動をしました。
分かラナい。お前ヲ殺サなイトいケない。デも、お前見ルト気持チ悪い。初メて見タ時かラ、ずッと。
突然頭に誰かの声が直接響きました。片言で細々とした声がはっきりと聞き取れる。慣れない感覚が不快で、肩を担いでもらっているキジェに至っては眉をひそめていました。
「は、気持ち悪い?そりゃどうもっ!誉め言葉だよ」
あなたはどれだけ不用心に相手を煽れば気が済むのですか⁉
何デだ?何故?何故何故何故何故何故何故何故——⁉
底知れぬ恐怖が渦巻く。怖い。彼を刺激してはいけない。彼の逆鱗に触れてはいけない。……彼に関わってはいけない。
「――それは君の大切な人がおれに似ているからじゃないか?」
え――?
「オーウェンの恋人。昔からこの国に伝わる伝説。オーウェン家のお嬢さんと庶民の男が互いに惹かれ、恋焦がれ、破れた身分違いな悲恋を書いた物語。君はその男のモデルで、おれはそのお嬢さんのモデルの子孫何じゃないか?」
いや、いやいやいや!そんな偶然、ある訳ない。そんな運命、存在する筈がない。それはあなたの理想でしょう?証拠も無いのに。
「……いや、違うな。おれがそうあって欲しいと思ってるだけかもしれん。そこの所、どうなんだ?」
それを聞いて、はい、そうですと答えてくれる相手ではないでしょうに……。度胸があるというか、変な所で肝が据わっているというか。
大体、その返事をしてもらったとして、それを聞いてどうするつもりですか……⁉
お嬢さん?は、はは、はははははははははははははははははははははははは――!
地の底から響く、地震ような笑い声。人目をはばからず、本気で、心の底から笑っている。モールのそのような声を初めて聞きました。
いつだって、そうだ!人間は都合の良いように歪曲させる!事実かどうかなんてどうでも良いんだ!事
実でなくても自分が楽しかったらそれで良い!面白半分で燃やした枝の後のことを歯牙にも掛けぬ愚か者どもめ!
我とあれの記憶を、我等だけの思い出すらも捻じ曲げたか!人間!
あぁ、……厄災が、…………訪れる。……死ぬ。
「――やっと本当の君と話が出来るな。思ったよりも、化けの皮が剝がれるのが速かった。狂った振りなんて、楽しかったか?」
その場の空気が凍りました。
確かに、今のモールの発言は、今までの彼らしくなかった。今までは死の化身、という印象だった彼が、今の発言では理知的な死を司る神、のような印象を受けました。口調だけでない。雰囲気までもガラリと変わり、初めて感情的な一面を覗くことが出来た気がしました。
「いや、少し訂正。正確には、君は大切な人を亡くして深い悲しみの中に居た。そいつのことを思い出すのが、もう二度と会えないことが、たまらなく苦しかった。狂ってしまいたい程。——でも、狂えなかった」
永く、重い沈黙。本当に重い。空気が負の感情を吸い込んだように。
………………あぁ、その通りだ。オーウェンの子孫、奴の末裔、我が託された子供よ。
次に聞こえてきたのは、とても理知的に聞こえる彼の声でした。冷たい死とは思えない、優しく慈悲深そうな声。彼の声だとは信じられませんでした。
我は狂いたかった。しかし、それは叶わなかったのだ。どんなことをしても、結局我の思考は明白で、あれとの記憶も色褪せなかった。だから、狂った振りをすれば、いずれ本当に狂えるのではないかと本気で思ってしまった。
……本当に殺すつもりは微塵も無く、ただ心の奥底から怯えて震えて欲しかっただけだ。叱ることをしたことがなかった故、このような乱暴なことしか出来なかった。すまなかった、つまらない茶番に付き合わせてしまった。
「……いや、おれはそうは思わない。確かに死ぬ程怖かったぜ。けど、——君に会えて良かった、モール」
今もモールの顔は長い髪でほとんどが隠れて見えません。それでも、彼が弱弱しくも、満足げに笑ったことは見えなくても分かりました。
「もぉ満足か?モール」
あぁ、手間をかけた。
「んや、良いよ、別に。あーあ、帰ったら説教かー。まぁ、兄貴的にモールが気になって勝手に付いてきたなぁんて言っつぁいるが、結局俺もちょっかい出しちまったからなぁ」
「……?どうしてですか?」
どうして、説教を受けるのでしょう?ふとした疑問をぶつけてみました。おそらく、今のヘルトなら答えてくれる気がしたので。
「ん?何、今向こうではお前さん達に接近禁止が命じられてんだよ」
……へぇ。それ程、私達を危険視しているということでしょうか。それを破ってやって来た彼らの肝の据わり具合にも驚かされました。
「そうだ、舞姫。お前さん自覚が無いらしいから忠告してくが、仲間が大切ならもっと会話しといた方が良いぞ」
「どうし――」
「それも言わんと分からんか?」
「……いえ、参考にしておきます」
「応よ」
そう彼は言うと、私の頭を掴み、容赦なく乱雑に撫で回しました。家族のような温かさを感じた気がしました。とりあえず、ぐしゃぐしゃの髪を片手で直しつつ、とりあえず一息付きました。
数多の仲間と共に武器を取り、戦場を駆けてきた戦の神から、仲間とのコミュニケーションについてのアドバイスです。無下には出来ない。
「じゃぁな、お前さん達。神はたった千年とちょっとで人間なんぞに愛着なんか湧かんから、精々頑張れよ!」
「そんなものあっても、私が好かれる訳ありませんよ」
「そうかよ」
「ちょ、師匠。置いて行かないで……」
「……にゃっ」
こうして、押しかけてきた迷惑な四人組は気ままに帰ってゆきました。……本当に気まま。




