58 決着
後ろを見ると、リディアの首にあと少しで掴みかかっていたであろう手と驚いた顔のヘルトが居た。
彼の腹部には飛び散った血と、服を裂いて皮膚に到達したものの傷付けられずに折れた剣先。
届いた――。
ディールスが言っていましたね。神を殺せるのは信仰心を失い、憎む者の血だと。その血さえなければ、やっぱり私なんかには殺せない。
結果として、私は守るために戦ったけど、誰も傷付けず、殺すことも殺されることもなかった。一番望んでいた結末ですよ。私の、勝ちです。
「ふふっ、……。あなた、人の背後取るのが癖になってんぜ」
口から溢れた血を放置しながら、無理にウィリアムの真似をしてみせました。
人間観察はあなただけの十八番ではありませんよ。
それと同時にディールス死ぬ証拠が一つ増えたようなものですね。
ディールスが言っていたことが今ので実証されたとしたら、彼は本当に死ぬんでしょう。キジェの居た教会で、誰かの血すら付いていないガラスで傷が付いたことが何よりもの証拠。
これが終わったら、とことん追求しましょうか。万が一、少しでも言い淀んだりなんかしたら、その縫ってある口の端でも解いて差し上げましょう。私、怒っていますから。
「ゴポッ……」
体の奥から聞こえる気味の悪い水泡音。
そのまま前のめりに倒れると、お腹に剣がより深く刺さり、痛みに悶えていると、剣とお腹の隙間から臓物のようなものが見えました。
真っ赤な血が真っ白な雪とドレスを染め上げていく。
綺麗。だけど、どうしようもなく寂しい。
横になりながら、剣を引き抜きました。速く治すために、まだ治り切らない両手で必死に傷口を繋ぎ合わせます。舌を噛まないようにしていたら、今度は唇から血が流れました。
「……まだ何か?」
「いぃや、俺の負けだ。本当は彼女の最期の言葉も聞こぉかとも思ったんだがね。止めだ止め。俺ぁもう満足だよ」
ヘルトが振り返り、片手をひらひらと振りました。
結局、彼が本気を出したのは最後だけでしたね。
始めから本気だったら、目や脚を真っ先に潰されて敵いっこなかった。そうされなかったのは、彼の目的が私をいたぶることではなく、何かを試したかったからでしょうか。
私はあなたのお眼鏡に敵いましたか……?
「おーい、こっちはもう終わったよ……、ってデイビット、お前さん何やってんだ?」
「師匠、ちょうど良かった!ちょいとこの坊主説得してくださいよ。こいつおっかな過ぎますって」
デイビットが両手を上げ、降参のポーズをしている。
――その先には上下左右逆に持ち、自分の腹に拳銃を向けるキジェが居ました。
「キジェ、それをゆっくりと床に置いて!絶対に引き金を引かないで!」
「……リディアさん、いいんですか?」
「良いから速く。お願い」
「……分かりました」
大声を出したから、さらに喉から血が溢れる。息をするだけでも苦しいですね。額に滲んだ脂汗がゆっくりと垂れました。
キジェが指示通りにゆっくりと拳銃を置いた所で、ようやく気を抜けました。
表面だけ薄く腹の傷が塞がったので、痛みを無視して立ち上がり、彼の元へ近寄りました。いまだに左腕はぶつ切りの肉塊が引っ付いているような感触でしたが。
拳銃は見たことのない型でした。この時代に普及しているどの銃とも違う。それどころか、基本的な構造は似ているものの、超高性能で小型化、軽量化されたものであることが私でも一目で分かりました。
幸いにも、弾は一発も入っていません。
「キジェ……、これはどうしたの……?」
「……分かりません。目が覚めた時からずっと持ってはいましたが……」
何かまでは知らなかった。彼がそう言いかけている気がしました。
おかしい。……今の時代にも無いのに、どうして四百以上生き続ける彼が持っているのでしょう?
いえ、そんなことよりも、
「怪我が無くて、……無事で良かったです、キジェ」
それが、一番です。
「ぁ、リディアさん!ボクなんかよりもディールスさんとカダチさんが!」
キジェの振り絞った声でハッとしました。そうだ、先程から彼らの方向から物音一つしない。
「カダチ!ディールス……!」
慌てて体をよじったからか、腹部に痛みが走り、傷口が開いてしまいました。膝から崩れ、地面に突っ伏すしか出来ず。再び朱い池を作り始めた体に、力が入りません。指一本も動かない。
無理に顔だけ動かし、彼らの方向に視線を送ります。ぼやけた視界でも、彼らの姿は捉えられました。
ディールスが動かないカダチを抱え、地面に膝を着いています。スパーツィオの攻撃が止み、既に戦いに決着がついていました。賢い彼です。きっと敵わないと思って降参したのでしょう。
「……」
彼は何も言わない。ただ一度、こちらを横目で見て再び前を向きました。
「キジェ、……お願い。立つのを……、手伝ってください」
足も、腕も、感覚が無い。血の通った自分の体のはずなのに、自分の体じゃないよう。舞台の上とは大違い。
キジェの手を借り、何とか立ち、ディールスの元へと向かおうとしましたが、——彼はこちらに来ないよう手で制した後、左を指さしました。
——どうして?
そう思ったのは一瞬でした。だって、彼はいつだって私よりも正しい選択をする。それが間違っていたことはない。
だから、今は考えない。彼の言うことに従う。彼の動いて欲しいように動く。
彼を、――信じてる、心から。




