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57 黙れ、お前にそんな権利ない。

彼の美しい体に剣が触れる前に、ヘルトは片手で地面に触れる。なぞるように触れた後、指先に力を込めるのが見えた。彼は地面をめくるように、地面を持ち上げた。片手だけで。

突如、目の前に現れた大きな土の壁。無茶苦茶すぎる!


土の壁は分厚く、視界が遮られ、彼の姿を捉えられない。

また背後を取る?壁を回り込んでくるか?彼がどう仕掛けてくるのか分からない。


とりあえず一旦距離を取るしかないか――!


バックステップで後ろに下がろうと脚に力を入れた瞬間、土の壁の中心、一点から鮮烈な殺意を感じた。何かが来る。恐ろしい何かが。考える前に体が勝手に剣を体の前で構えた。本能から来る防衛反応。


体を丸ごと持っていかれる程の衝撃。気が付けば、土の壁ごと蹴られていた。


「……うぇ、ぐ……、おぇっ……」


剣の柄に当たったとはいえ、もろに入った。

治りかけだった内臓から体液の全てが逆流しているような錯覚。腕全体が痺れて剣を握れず、するりと剣が手の中から抜け落ちてしまった。


「……あー、すまんな。脚ぃ使っちまったよ。何なら治るまで待とぉか?」


本気で申し訳なさそうに謝罪をするヘルト。ルールには忠実なのですね。戦士としての教示か、はたまた神としてのけじめか。


 ――彼に勝つには秘技がいる。奇をてらった、対策をすぐに立てるには困難な秘技が。


それしか方法は無い。しかし、あの方の神の力を使う余裕も時間も貰えないだろう。


彼の流儀に乗っ取って、長ったらしいこの戦いに決着を付けよう。


「――リディア・ハートフォード。我が人生、我が信念、全てから解き放たれた自由な我が母に恥じぬ剣舞をご覧に入れよう」


私の言葉を聞いた彼はハッとしたように驚き、ニヤリと笑った。楽しそうに、まるで小さな子供が遊びに夢中になるように。


「――彼女から生を受けた十二番目の神、戦いを司る神、名をヘルト。偉大なる我が母の誇りと愛にかけて、お前さんを倒そう」


仕掛けにいく。

手は今も痺れているが、辛うじて剣は握れる程度には回復した。策と呼べるほどのものではないが、作戦は浮かんだ。後はやるだけだ。


「飛び道具だと……?んなもん何処に仕込んでやがったんだか……」


彼が訝しみ、声を上げた。無理もない。


彼の足元目掛けて投げたのは、隠し持っていた武器でも暗器でもない。この旅でずっと肌身離さず持ち続けていたただのガラスだ。

しかし、武神であるヘルトなら嫌でも分かるのではないだろうか。このガラスがあの方を殺した凶器であることが。現に彼の視線は釘付けになっている。


そして、彼が警戒して跳ねた今がチャンスだ。いくら疾風のような彼も空中なら身動きは取れないし、回避も退避も不可能。今一度、距離を詰めた。


それでも彼は攻撃してくるだろう。身をよじり、拳をこちらに向けてくるはずだ。それをいちいち回避していてはいつまで経っても攻撃できない。


だから考えた。——盾なんかで多少防げれば良いのではないかと。


左手で腰から鞘を引き抜く。彼が持っていた剣なのだから剣も鞘も一級品だろう。使えるものは何でも使う。


それを体の前へ持っていき、即席の盾とした。彼の拳とぶつかる。鞘はひび割れ、左腕は血管が破裂して肉の形を留めない程ズタズタになっていく。


「いっ、……」


唇を噛んで声を殺す。黙れ、私。叫ぶ前に、悶える前に、泣く前に、痛みで思考が鈍る前に、やるべきことがあるのだから。


彼の攻撃が腕一本で済むのなら、それはとてもとても安い。そして、ここまでプラン通りだ。


無事な右腕で彼を狙う。彼はそろそろ着地する。それよりも速く。


ヘルトの足の指が少し地面に触れた。それだけで目の前の彼の姿は消えた。……遅かったか。

辺りを見回しても姿は無い。殺気も、音も、気配も感じない。それでも目を閉じ、必死に音を拾う。


さっきので片を付けたかったが……、それは叶わなかった。これが本気の彼か。


そう、()()()()()()()

彼があんな強硬な手段を用いた作戦でくたばるはずがない、という一種の信頼だ。


……うん、やっぱり。風の音がする。


息を止める。覚悟は決まっている。


 ――今!


剣を逆手に持ち、——自分の腹を刺した。


柔らかな腹を貫き、反対側まで抜き出た刀身。血を浴びた剣は何かに当たり、先端が盛大な音を立てて砕けた。


「――ア”?」

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