55 理想/二つ目の記憶
……血が止まらない。爆発の威力はだいぶ収まったものの、いまだに炎は消えない。眠い、だが鮮烈に怖い。膝をつき、地べたに寝そべって、敵を前に指一本も動かせず、ただ死を待っているかのようなこの状態が。
「……お前さん、罪を償ってどぉしたいんだ?」
……?
「罪を償うのには理由があるんだよ。被害者への罪悪感と謝意だけで責任を取る人間ってのは少ねぇ。償った後でしか出来ないことをしてぇから償う、そんな奴らばっかりだ。家族に会いてぇから償う、元の生活に戻りてぇから償う、償うしか方法が無ぇから償う、信頼を取り戻してぇから償う、償わなければ非難の目に晒されるから償う、さっさと終わらせてぇから償う、表面上でも許して欲しぃから償う。お前さんも、そっちの人間だろ」
彼の言っていることがいまいち良く分からない。理解しきれない。頭が回らないし、働かせる気力も湧かない。切り傷が冷たい夜風に当たってヒリヒリと痛むくせに瞼が重すぎる。
何でそんなことを彼は聞くのでしょう……?私に用があると言っていましたが、それがこれ?普通に聞いてくださいよ……。
……あぁ、それでも一つ。彼の問いに答えるとしたら。今の私にも捨て切れなかった夢が……、あったっけ……。
「…………帰りたい」
「教えてくれ。何処にだ?」
「——エドワーズの隣に」
殺して、封じて、捨てたはずの夢。許されないからと諦めた理想。
過去は変えられないことをよく知っている。痛い程知ってるから、帰りたかったのだ。あの方を殺す前の、彼の隣に。
許されるのなら、温かな彼の手を、もう一度——。
* * *
「あぁ、どうしよ……?イストワール、わたしはどうすれば良いと思う⁉」
「……」
思考がまとまらない。必死に頭を働かせようと、自分の部屋を無意味に回る。白い部屋に白い髪がなびき、長い時を掛けて短くなった足がペタペタと足音を響かせる。
話しかけたというのに彼は黙ったまま。何かを思案しているような、何かを諦めたような、暗い表情で下を見ている。
「わたしは視たわ、変えらないかもしれない未来を。何もかも消えて、誰一人生きていなくて、地平線の先の先まで……、生き物が居た痕跡一つ無かった。このままだと皆死んじゃうわ。一人残らず!」
「……私は思うのです。人間なんぞ、もう居なくても良いのではないかと」
「――それはダメ」
彼が一時の世迷言でもそんなことを口にするとは思わなかった。失望した、まではいかなくとも驚いたし、少し悲しかった。
何よりもあなたは歴史の神。歴史の神が歴史を否定するのは悲しいわ。
「わたしが創り、命を吹き込み、愛した子達の子孫よ。わたしが創って、わたしの勝手で壊すなんて責任のない行動。それは絶対にダメ。……いえ、あの子を放っておいてる時点で……」
……私が言えたことではない、わね。
「……ねぇ、イストワール。あの子はどう?」
「何とも言えません。手を加えてはみていますが、ずっとあのままです」
「そう……、不甲斐ないわ」
彼女はいつになったら起きてくれるのだろう?
……いえ、それよりも今は――。
「イストワール、お願いがあるのだけど」
「……嫌だと言ったら?」
あぁ、彼が初めてそんな答えを言った気がする。これが反抗期なるもの?人間特有のはずだけど……、うん、別に人間のモデルは神だもの。あってもおかしくないわ。
「あなたにしか頼めないの。お願い」
それでも、わたしはお願いしてしまう。困ったように笑って、逆にあなたを困らせちゃう。あなたは優しくて、聡い子だもの。きっと折れちゃう。
「……聞くだけ聞きます」
「ふふっ、ありがと」
ごめんなさいね、子を困らせちゃうダメな親で。
「予言までにあと五百年程。一人だったら怖かったけど、あなたが居るもの。一緒に考えてちょうだい」
* * *




