54 絶叫
状況の立て直しのために一度彼と距離を取り、もう一度詳しく彼を観察しました。
殺気どころか敵意すら微塵も無い。何もしていない。何事もなかったように、ただそこに居る。だが、あり得ない程の存在感を確かに放っている。
「――見えたか?」
――⁉
いつの間に後ろにっ⁉
驚きよりも恐怖。体を翻し、改めて後ろに跳んで距離を取る。
着地すると微かに痛みを感じ、頬を触りました。ぬるり、と少量の血が指を濡らす。見ると、体全体に浅い無数の切り傷が。武器を持っていない彼が、いつの間に。
さらに彼はわざとらしく上げた手から何か小さいものを落としました。ペールオレンジに小さなサクラ色が先端についた見覚えがある――。
急いでドレスをめくると、ブーツの先端から先が綺麗さっぱり消え、代わりに足先が温かいものを零しながら地面を濡らしていました。
彼は私の後ろを取る間に、無数の傷を付け、足先を切断し、それを拾ってみせた。
あり得ない、そんなことが――!
さらなる恐怖で、無意識に後ろへと下がっていた時、
「――爆ぜろ」
彼がそう呟いた、気がしました。実際、その声はとても小さくて私の耳には届かなかったから。
突然、体中が不規則に小さな爆発を繰り返す。熱と爆風で体が勝手にはねる。切り傷に直接炎が当たり、風が傷口をさらに広げる。……いや、違う。先程受けた傷口だけが爆発している。
「ひっ、あ、……ぐぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
必死に地面の雪を草ごと引き千切って、拾って、傷口に押し当てる。それでも爆発も、炎も、何も収まらなかった。むしろ、草も雪も燃料にしているかのように、そり一層弾けた。
「かはっ……。い、いぎっ、いだっ、……。あっつ………!」
呂律すらもうまく回らない。傷口に毒を塗られた方がマシであると感じる程に。
苦痛、ただ苦痛。永遠に続くような恐怖を感じながら、強がって、無理に立ち上がって、彼を睨んで言った。
「……見ていたのですね、私達のことずっと!」
彼の返答はない。にやりと笑っているだけでした。
彼ほどの武術の達人であるなら、こんな方法は取らない。一瞬の内に首を斬って終わらせるはず。それでも、彼がこのような方法を取る理由は一つ。彼はディディの弱点を明確に把握しているからだ。
ディディは不死。だが、それは傷口の癒合や打撲に対してのみ特化している。
例えば、切られた腕などを持ち逃げされた時、傷は癒えず、そのままだ。腕が一から再生する訳ではない。
そして、それよりももっと効率の良い方法が確かにある。傷が癒える暇すら与えない程、ダメージを与え続ければ良い。癒えるスピードが超絶的に速い訳ではないのだから。
だから彼は足の指を取ったのだ。”お前さんが凍傷に困っていたのを見てた”と言うように。
出来レース、もとい八百長だった。時間稼ぎすらも出来ない程の。
彼は荒っぽい性格だと誤認していました。彼は戦いに本気だ。本気ゆえに下調べも怠らないタイプの。
弱点も露見しており、純粋な技量でも劣る。




