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47 デッサン

「……なるほど。雪に埋もれてしまったお嬢様を助けて頂いてたとは」


ウィリアムにはエーリゼが簡単な説明をしてくださいました。


「皆さん、この度は大変ありがとうございました。エーリゼお嬢様に何かあったらと思うと、……こう、首が寒うございます」


渇いた笑いをしながら手で首を触る彼。おそらく本気で繋がっているか確認してらっしゃいますね。


「……たいへん、ウィル。アタシまだおんじんさまにじこしょうかいしてないわ!」


「お嬢様、それが済みましたら説教ですよ」


「えー!」


「お嬢様、お願いですからもう使用人の家なんかに訪れないでください。ここは貴方様のような方が来て良い所ではないと散々申し上げております」


「ウィルがきているなら、あたしもきていい!」


「わたくしの家だからでございます!」


エーリゼはどうやらウィリアムに相当懐いているらしい。今も隣に座り、幸せそうに笑っています。反対に頭を抱え、本気で思案している青年。


「……えー、こほん。もうしおくれました。『司書』の十七家の一つ、ディケオスィニ家の娘、エーリゼ・ディケオスィニでございます。どうかお見知りおきを」


彼女はそう言うと完璧なお辞儀を披露しました。幼いながらこの完成度。これはかなり厳しい状況下で練習した成果でしょう。


「立派でしたよ」


「えへへ」


ウィリアムがそう言うと、エーリゼはさらに嬉しそうに彼に笑いかけました。


「えっと、本題なんだけど『図書館』でデッサンしたいんだが、『図書館』へ向かう……、前にお嬢様をお屋敷までお送りしても良いか?」


「アタシも行くー!」


「お嬢様、おいたが過ぎますよ。それでは風邪を召されます。お体が弱いのですから」


「私はそれで大丈夫ですよ」


「すまんな、助かる」


「むー」


唇を尖がらせる彼女。


「……ん?お嬢様。もしかして、また奥様に何も言わずにいらっしゃいましたか?」


「おかあさまがいいよって言うとおもう?」


「ですよね!勘弁してください。怒られるのわたくしなのですよ⁉」


ソファーの背もたれに全体重を掛けて天を仰いでらっしゃるウィリアム。小悪魔っぽく微笑むエーリゼ。

こうして見ると、彼は苦労人のエリート、という面が強いですね。


「とにかく、もう帰りますよ!重ね重ね申し訳ないが、先に『図書館』に行っててくれ!」


「いーやー!もっとウィルといっしょにあそぶー!」


……ウィリアムとエーリゼ、最後はどちらも互いに必死でしたね。


        *  *  *


「……お待たせ。いや、ほんとにすまんかった」


息が切れたまま、スケッチブックを持った彼が到着したのは、それから一時間半後のことでした。


相当叱られた後、急いで来たらしい。再び乱れた髪、適当に選んできたようなスケッチブック、汗が滲む額、顔は先程よりも覇気がないように感じられました。


「いえ、その……、ご苦労様です」


「し、仕事だから……、それに好かれているしな……。ははっ……」


「……鉛筆を持ってないように見えるのだけど?」


彼の乾いた笑いを無視するように、私の疑問をカダチが代弁してくれました。確かに、彼は鉛筆を持っていません。そもそも、ここに鉛筆などのペンは持ち込み禁止のはずです。


おもむろにウィルは誇らしげに、懐から隠し持った布に巻かれた数本の鉛筆を出しました。……呆れました。『図書館』の雑な警備にも、彼の悪知恵にも。


「ここ以外でも描けたはずなのよ。どうして、ここを選んだのよ?」


「いやぁ?おれは『図書館』の妖精、みたいなコンセプトで描きたくってね。まぁ、要するに『図書館』も描きたいが、リディア君も描きたかったってコトよ。おれの好みで我儘。あ、そこに立って」


「……」


カダチが望んだ答えではなかったらしく、彼女は何も言わずに『図書館』の端に座って何かを縫い始めました。……やっぱり、兄妹ですね。しっかり。


人目に付かない、それでもって日当たりが良い場所を彼は知っていたらしく、人知れずデッサンが始まろうとしていました。


「まずはそこで適当に踊ってみてくれ。もちろん静かに頼むぜ」


「適当に、と言われましても……」


「君なら出来るだろ?」


「……まぁ、出来ないとは言っていませんし」


言われた場所に立ち、ブーツを脱いで適当に揃え、ポーズをとる。ピタリと、時が止まったかのように、息を忘れて静止する。

舞う始めと終わりは、完璧に止まらないと私は始められない、気が済まない面倒なたちなので。


音楽が、……キジェのピアノ?があればなぁ。


頭の中で音楽を掛け、頭の上にしなやかに手を伸ばします。足音が響くのでいつもよりも意識してつま先に力を入れます。


髪もドレスも普段よりもなびかない。風がないからでしょうか、無性に体が熱い。しかし、これも踊りの醍醐味。この熱が、心地良い。


……でも、どうしてでしょう?


踊りに人生を狂わされた、踊りにありとあらゆる時間を捧げた、それでも踊りを楽しんできた、私が


 ――今はちっとも楽しいと思えていないのは。


心が埋まらない。何を入れてもカラン、とガラスが空虚に鳴る音がする。余計なものを全てそぎ落とした、綺麗な音だ。透明感があって、とても綺麗。綺麗なのに、空っぽ。


 ――透けて見える向こう側には、何も無かった。


その場で華麗に見えるようにターンをし、決めポーズでピタリと静止。息が切れても、疲れても、肩では呼吸をしない。見栄えが悪くなります。


そのままドレスの裾を軽くつまんで一礼。顔を上げ、口角を少しだけ上げた笑みを作りました。教会の大人曰く、終わった後に余裕のある、庇護欲を搔き立てるような愛らしい笑顔を作れ、とのことらしいです。


いつもよりも息が切れましたね。しかも、なかなか整わない。


本に隠れてこちらを見ているディールス、静かに満面の笑みで拍手をするキジェ、ディールスの陰で縫うのを止めてこちらを凝視するカダチ、ブツブツと独り言を言いながら既にこちらを見ていないウィリアム。


「そんなに見られては穴が開いてしまいますよ、カダチ」


「……フンッ!」


真っ赤にした顔を逸らす彼女。そのまま刺繡を再開しました。

そんな素直じゃない所が、彼女の魅力の一つであるのですが。


「楽器があれば弾いたんだけどなぁ。残念です」


キジェは楽器を弾くことが結構好きなのでしょう。今も自信がある!、と言わんばかりに腕をまくっています。彼の白い肌、二の腕に、小さな、赤い湿疹が――


「キジェ、腕にある湿疹は大丈夫ですか?」


「……?わ、なにこれ!」


本人に自覚はなかったそう。キジェは無暗に掻いて消そうとしています。手で静止し、じっくりと観察しました。


仄かに赤い斑点が数ヵ所、症状は特になさそう。これは一体何なのでしょう?


「四百年前に流行った感染症の後遺症ですね」


黙っていたディールスがおもむろに口を開きました。


「四百年前……」


キジェは四百年以上生きているということですか。そろそろ彼の年齢が気にもなってきますが……。


「踊っていた時、何を考えていたのですか?」


「……え?」

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