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43 自己紹介

……本当に人数分お茶を用意する気遣いが出来る方だとは思っていませんでした。何でしたらお茶菓子まで出していただきましたし、数ヶ月ぶりの飲食は貴重でした。


「……今、おれにとってすごく失礼なこと考えたろ」


「さて、何のことでしょう?」


すました表情で紅茶を口に運ぶとふわりと華やかな香りが口一杯に広がりました。……もしかして、この香りはコノエハコ?


青年はというと、私達がお茶をしている最中にエプロンを外し、髪をくしゃりと乱雑に下ろしていました。若干大人びた印象が薄くなっただけで、あまり大きな変化がないように感じました。


部屋を見回すと、デッサン用の黒鉛、積み重なった画材、色の混じったパレット、何本もある筆、途中まで描かれたキャンバス、絵の具の付いたイーゼルスタンド、絵の具がこびりついた(逆に芸術的な)流し台、など彼を物語る道具が転がっていました。


彼の職業を知るには十分すぎる程の代物です。それでも形式上、聞いておきましょう。


「まずはご自身の自己紹介をなされては?」


キジェとカダチが私の口調と笑顔に明確に困惑しているのが、視界の端に映りました。もどかしいですが、それでも、今は目の前の青年から情報を得ることが先決ですね。


「それもそうだな」


彼はドスンとソファーに座ると、頬杖をつきながら言いました。


「おれはウィリアム。歳は十八。苗字は無いぜ。この国では十七家の『司書』の家の者しか苗字を持たないからな。気軽にウィルって呼んでくれ。趣味は機械弄り。肩書はディケオスィニ家の庭師兼、専属絵師兼、代理執事だ」


「すごい肩書ですね。余程ディケオスィニ家の方々に好かれているか、優秀な人材なのでしょう?」


「鋭いな。あるコトがきっかけで特に奥様にいたく気に入ってもらってね。この家も古いが借家として貸して頂いたり、ディケオスィニ卿の懐の広さには感謝しかない」


「そうなのですね」


「……君達の自己紹介をまだ聞いていないな」


聞きたい、ではなく、聞いていない。そんな風に言うあたり、私も人のことを言えませんが、ひねくれていますね、何がとは言いませんが。


「また失礼なコト考えてるだろ、君」


「あら、何のことでしょう?」


この方もこの方で、変な所で鋭いですね。


「私はリディア・ハートフォード」


「キジェ!」


「カダチ、なのよ」


「ディールスと申します」


……四人分の自己紹介が目の前の青年の自己紹介よりもずっと短かったのはなぜでしょう。語ることはない、みたいなスタンスですね、私達。


キジェ、お菓子を頬張りながら喋らないこと。


「……キジェ?それってあの?」


ウィリアムが目を見開き、驚いた表情を浮かべています。流石に彼にはバレますね。


「えぇ、そのキジェです。()()()()()()()()|彼にキジェという名前をあげたのは私です」


ぽかんとするキジェに向き合い、いつかするつもりだった話をし始めました。


「キジェ。私達が初めて会った日を覚えていますか?あの日、私は素月に照らされた空、という意味の名前をあなたに差し上げました」


「はい、覚えています。僕にとってあの日は忘れられない程大切な一日ですから」


ふにゃり、と笑う彼。万人を癒し、愛し、包み込んでしまいそうな、彼らしい笑みだった。


「キジェ、という名前はこの国で有名な童話の主人公の名前でもあるのです。知らない者のために立ち上がり、友のために手を取り合い、家族のために戦い、隣にいる者のために決して膝をつかない、勇敢で慈愛に満ちた英雄。私は彼のようになって欲しいとも思い、この名前にしたのです」


「そうだったんですね!」


目を輝かせたキジェが嬉しそうに手足をバタつかせています。いつか、この話は彼に聞かせたいと思っていました。彼が


「……この名前をさらに気に入ってくれたら幸いです」


小さな独り言はそのまま消え入っていきました。


「そっちのお嬢さんは神様とおんなじ名前か。何か存在感あるし、ぴったりだな」


「……ふん」


ぴったりどころか本人ですしね。


そう、そうではなく。私も感じていましたが、カダチは昨日から在り方が違っていますね。

一昨日は確かに”人間だったディディ”として彼女は存在していました。それが昨日から彼女は”ディディであり、神でもある”存在として過ごしています。おそらくは彼女の力によって変わったのでしょう。


彼女にどんな思惑があって在り方を変えたのかは分かりませんが、彼女なりに自分を認め、在り方を定めた結果だったのなら、それはきっと素晴らしいことですね。

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