41 私は、何も間違っていませんから。
「な、何を馬鹿なことを……⁉」
まだ何も言っていませんが、持ち前の推理力と察しの良さで彼はまた私の心情を手に取るように分かったそうです。流石です。手間が省けました。
「何を血迷いましたか、リディア⁉そんなこと出来るはずがありません!」
「出来る、出来ないの話では既になくなったことはあなたも重々承知のはずです。しかし、私にはあの方の力の半分が流れている。それだけで”原初”の紛い物としては成立、機能します。何より、死ぬことが出来ない私の罪の償い方として、これが最も理想的な形ではありませんか」
あなただって一度でもこの考えが浮かばなかったと言えばそれは嘘でしょう。賢明な方ですもの。私よりもずっと前に、思いついたはずです。それでも決して口に出さなかったのは、きっとあなたの優しさもあるのでしょう。
「……困惑していますね。ですが、ご安心を」
あなたがくれたペンダントを握りしめながら、私ははっきりと言い切ります。あなたが望む言葉を、今度こそ。
「――私は、何も間違っていませんから」
罪を償いたいと思う気持ちがどうして間違いとなりましょう?この気持ちも、行為も、方法も、全て正しい。間違いであるはずがありません。
「……いいえ、貴方は間違っている!」
そう。真っ直ぐに、あなたは否定するのですね。
「リディア。貴方は彼女になれないし、彼女も貴方にはなれません。その償いは間違いだ」
あなたは常に正しい。人間ではないのに人間らしく、でも人間よりもはるかに強か。その一生はまるで一本の線を書いたように真っ直ぐだったのでしょう。だからこそ、自分が正しいと思った方にしか居られない。それでも、
「良いのです。今は理解を示していただかなくても、いつか」
いつか、あなたは認めざるを得なくなりますから。
あなたが否定しようとも、拒絶しようとも、邪魔をしようとも、私はあなたを排除なんてするつもりは毛頭ありません。世界にも、私の償いにも、彼は絶対に必要ですから。
ただ未来を変え、償いが始まった時には、——私は世界諸共、あなたとも永遠の別れをしましょう。
「待ちなさい、リディア!!これ以上――!」
ディールスに背を向けて歩き始めた時、静かな『図書館』に彼の怒声に近い叫び声が響きました。
その時、二人の後ろにあった高い梯子が勢いよく倒れました。近くには倒れて動かない人、状況的に彼の声に驚いた人がバランスを崩してしまったのでしょう。
ディールスが駆け寄り、状態を確認しました。私も顔を覗き込んでみたところ、呼吸正常、目立った外傷も無い。ただの気絶ですね。
近くに居た『図書館』の関係者を呼び止め、状況を伝えると、彼女は慌てて救急箱を取りに行ってしまいました。
「『図書館』の関係者には連絡しました。簡単な説明も済ませたので後は待機ですね」
ディールスに伝えた時、先程の女性が数人を引き連れて戻ってきました。
的確な指示と外傷を確認したのち、気絶していた男性は小さな呻き声を上げました。頭を押さえながら制止も聞かず、上体を上げると彼は周囲を見回しました。
私と同い年ぐらいの青年。スーツの上に着た乾いた絵の具が付いたエプロン、年相応の低い声、オールバックにした枯れ枝のようなこげ茶色の髪、一瞬細められた髪色に近い薄茶色のアンダリュサイトの瞳は、彼の芯の強さを表している気がしました。
まるで狼のようだ、という印象を受けました。
「……うっ、痛った…………」
状況をまだ掴めないのか、それとも意識が完全には覚めていないのか、青年は虚ろな目を細めたまま、ブツブツと呟きました。
「……い、家まで……、連れて、って…………」
そこまで言うと、青年は再び意識を失いました。
首は垂れ、瞳は深く瞑られ、規則正しい寝息が聞こえます。
……さて、嫌な予感がするのはどうしてでしょう?
答えは簡単、彼がこうなった原因が私達にあるから。
「…………あの、私達がお連れします」
「よろしいのですか⁉」
「えぇ、彼がこうなったのは私達に責任がありますし、何よりあなた方は『図書館』の業務で手が離せないでしょう。私達が適任かと」
面倒事には首を突っ込まず、静かに立ち去る主義ですが、流石に今回はそんなこと言えませんし。ディールスも納得してくれるはずです。
職員の方々から話をうかがうと、どうやら彼は巷では結構な有名人らしく、自宅を知っている方がチラホラいらっしゃいました。
何でも十七家の司書の一つ、ディケオスィニ家に仕える気さくな従者だそう。若くして将来有望。素晴らしい人材なのでしょう。




