38 談話、其の三
過去にはもう踏ん切りを付けたつもりだ。
大丈夫、と伝えるようにリディアは微笑みかけた。今度はしっかり、彼の目を見て。
「……これを」
長い沈黙を破って、青年はそう言うと少女の首に銀細工のネックレスを掛けた。ペンダントの部分が円柱の形をしていて、シンプルだが目を引かれる。刻まれたユニの花が可愛かった。
「貰っていいの?すごく素敵、ありがとう」
ペンダントをそっと指で触る。リディアの好みと一致していてとても魅力的に感じた。
「……彼女も花が好きでした。蕾も、咲いたものも、枯れたものも、彼女は平等に愛しました」
か細い声でディールスは言う。
「それでも、……花が枯れたら、やっぱり彼女は悲しそうでした」
遠い目をした彼が、恋焦がれるように一等星を眺め続ける。まるで今すぐに攫って欲しがっているように。彼もまた心ここに在らず。二人きりなのに不思議な感じだ。
星が彼の願いを叶えてしまいそうで、彼の望み通り何処か見えない所に隠してしまいそうで、彼を手の届かない程遠い宇宙へ連れ去ってしまいそうで。堪らなく怖かった。そう思うだけなら良かった。
リディアは長い間封印していた禁断の質問をしてしまった。
「…………どうして、旅に付いて来てくれたの?」
その質問に、今度は彼は目元を手で覆ってしまった。それでも答えを待った。彼の答えが知りたかった。
やがて申し訳なさそうな弱い声で答えを聞かせてくれた。
「――彼女の最後の願いだったから」
……本当に、あの方は何処まで分かっているのだろう?今もあの方の手のひらの上なのか?
――じゃあ、どうしてあの方は私に殺されたのだろう?
殺しの才能も経験も無い。本気で人を殴ったことも無い。虫や小動物を殺すのさえ億劫になる。そんな私は、どうしてあの間違いを犯せたのだろう?
あの頃はあの方にとって私が人類に不都合な存在になるから殺されかけたと思っていた。違うのか?その根底から。
「……そう。私も渡したいものがあるの」
いや、というか、私は彼に何て答えて欲しかったのだろう?愛する人を殺した人間の近くに居る彼に何を求めていた?
ディールスが欲しがっている答えは言ってあげないのに、自分が言ってもらえなかったら悲しいのか?
バッグから何重にも包まれた青年へのプレゼントを取り出す。彼へ送る言葉を考えたが、言いたいことが多すぎる。でも、言わなくても彼なら全てを分かってくれる気がして、結局言葉にしなかった。出来なかったのかもしれない、本当はしたくなかったのかも。
深く考えることを止めた。自分の気持ちの詮索なんて、結論は出ない。端的に、短く。
「――いつもありがとっ!ディールス!」
見開かれたアクアマリンの瞳が美しかった。
街灯の光を反射して、私だけの道しるべみたいに澄んだ瞳は翳りが一切無く、この世の全てを見透かしているように思えた。この国の夜景よりも、星空よりも、その光に私は感動した。
手渡しされたプレゼントをその場で開封する彼。手にした青水晶でできたピアスを空にかざした。星の光に透かされた深い青色の影が彼の顔に落ちる。
彼の瞳と同じ色をしたアクアマリンとも悩んだが、結局は青水晶を選んだ。
リディアは一度だけ見た輝く彼の深い青色の瞳を忘れられなかった。まるで深海よりも深く、空よりも高い、そんな神秘的で澄んだ色。
ディールスはすぐに慣れた手つきでピアスを付けた。「似合っていますか?」というよりも「付けましたよ」というようにこちらに向き合う。……思った通り彼によく似合った。
「……変わりましたね」
「あなただって変わったと思うわ」
少女からしたら、初めましての時と比べて青年も変わったように感じた。初めは無口で、聞かれたことだけに答えて、表情がワンパターン。だが、蓋を開ければ、彼は誰よりも人間らしかった。
冷たい夜風が少女の肌だけを朱くする。
これだけ彼と長い間喋ったのは初めてだ。今までは目の前のことで頭がいっぱいで、他人のことなんて見れなかった。いや、見ようともしなかった。
少女はこの時間を惜しんだが、二人きりの本音の対話はこれで終了した。




