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36 談話、其の二

その答えを聞いた彼は驚いて、絶望して、次に決心したような顔をした。


ディールスはテーブルにチップを置き、おもむろに席を立った。そのまま広場の低い石壁にもたれ掛かる。その後を追いかけるようにリディアも席を立ち、彼の隣に立って石壁に手を置いた。


目に入った民家や店の窓から漏れる光で作られた夜景と雲の隙間から覗く星空は、本当に美しかった。


「…………逃げませんか?」


「……何処によ」


長い沈黙を破った彼の言葉はリディアからしたら、とても意外なものだった。そんな提案、あなたに利点なんて一つも無いのに。


微笑みながら、彼に聞き返した。どうしてでも、なぜでもなく、何処に。


「何処でも良いです。四人だからきっと賑やかですよ」


あぁ、憎らしいなぁ。私がキジェに掛けた言葉がディールスから私に返ってくるとは。

頭の回転が速いことは知っているが、私が言って欲しい言葉を的確に言ってくるのは悔しい。


「駄目。あの方を殺した私は罪を償わなきゃ。あなたもそれを望んでいたはずよ」


「貴方は罪に向き合おうとしている。いや、十分向き合っている。貴方にだって幸せになる権利ぐらいあるはずだ!」


初めて唐突に彼が声を荒らげる。耐えきれなくなったように語調が強くなる。


「無いわ、そんなもの。ある訳無いでしょ」


「――っ!こっちを見ろ!」


怒鳴るように発せられた言葉にハッとする。ディールスはリディアの肩を掴み、物凄い剣幕でこちらを見ていた。

彼は本気だった。いや、私が本気にしていなかった。


本当に相手を見ていないのは私の方だったか。


「本気で償えるものだと思っているのか⁉彼女を殺した罪を!たった一人の人間が!!」


彼はハッとして手を離し、顔を逸らして口を片手で覆った。彼自身、自分がこんな行動をするとは思ってすらいなかっただろう。


「……貴方はただの人間の少女だ。その罪は貴方が償えない程重すぎる。いえ、誰かが償えるものではない。お願いです、逃げましょう。もう、彼でなくてはいけない理由など無いはずです」


リディアから目を逸らし続けながら、ディールスは早口で言葉を繋ぐ。

共感しやすい彼だ。私なんかに同情でもしてしまったのだろう。


「毎晩、うるさい程泣いていたでしょう。罪悪感から自傷行為を繰り返して。本当は死ぬ程悔やんでいることも、怖いことも、隠して」


「見ていたの。やだ、恥ずかしい」


カダチが仲間に加わってからあまりしなくなったのだが、彼には全てお見通しらしい。


リディアはすでに傷口の消えた手首を隠すように背中に回した。本当は恥ずかしいなんて思ってすらいない。ただ弱みを握られたようで落ち着かないだけだ。


「――お願いだ。私と、私達と逃げよう、リディア」


息を切らし、手を差し出す彼。細められた瞳が苦しそうにこちらに叫んでいるようだった。まるで苦し紛れに神に縋るような悲痛な顔をしていた。今まで何度も見てきたその表情は、最も彼らしくなかった。彼を知っていくのは嫌いじゃない、がそんな顔は見たくなかった。


「……ディールス。私は今、笑えているでしょ?」


少女の言葉にぽかんとする青年。

やがて諦めたような、悔しいような、切なそうな面持ちになって静かに返事をした。


「…………えぇ、そうですね。笑っていますよ」


「じゃあ大丈夫。私はまだ頑張れるわ」


演技ではなく、笑えている。


「演じる時は演じるし、素で居てもいい時は演じない。それが分かったの。当たり前のことなのに、気が付くのにすごい時間が掛かっちゃった。でも、気付けただけ幸せ。前の私だったら一生気付くことなかったと思う」


石壁から少し離れた場所へ小走りし、その場で綺麗にターンをしてみせる。


家族同然の仲間は、知ってたはずの知らなかったことを気付かせてくれる。それが知りたくなくて目を逸らしていたことでも。


「……私、どんな時も自分の気持ちに封をして生きてきたわ。お母さんがあっさり死んで、お父さんがぱったり居なくなって。……うん。捨てられたの、教会に。私が悪いんだけどね。やっちゃいけないことしちゃったから、お父さんが思いつめるのも仕方なかったと思う。……それでも、私を捨てる時に躊躇ぐらいして欲しかったなぁ」


独り言のように呟く。心ここに在らず。この身も、言葉も、感情も、思い出も、夜風が攫ってくれないかと期待してしまう。

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