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35 談話、其の一

目的地に向かう間、おもむろにチップの中にあったラシク銀貨をバッグから取り出し、星明かりに透かすように眺めた。月明りの方が見やすかっただろうが、雲が所々厚く、月は三つ全て見えなかった。

表にはあの方の首から上の肖像画、裏には『図書館』の内観が刻まれていた。


銀貨の表の横顔をじっと見つめる。肖像画はやはり凛々しくて美しい大人の女性だった。

私もあの方に会ってその姿に大層驚いたのを思い出す。今まで信じてきた尊い女神が私よりも幼く見える少女の姿だとは想像したこともなかった。


眉をひそめ、銀貨を無造作にしまうと、カダチに教えてもらった目的地が見えてきた。


そこは遠くの図書館を見上げ、東の街並みを見下ろせる高い位置にある小さな広場だった。人通りの少ない、街灯に照らされたその場所に彼は居た。


広場にあるカフェで、ディールスはただコーヒーを飲みながら、街灯の光とランプの明かりだけを頼りに片手で本を読んでいた。本から一切目を離さず、本にかじりついている姿は彼のイメージと合致した。


そんな何気ない風景すらも絵になるのはきっと彼だからだろう。タイトルは「穏やかな休日のティータイム」、なんてどうだろうか。私が今適当に考えた。


声をかける前にディールスがこちらに気付き、顔を上げる。彼の顔には見慣れない縁の薄い眼鏡がかかっていた。美しい加工だ、すぐにこの国で作られたものだと分かる。いや、そんなことより……。


「ろっ、老眼……⁉」


「ぶっ飛ばしますよ」


抑えきれずに漏れた本音をバッサリと切られた。彼の冷静なツッコミの切れ味がこの国で作られたナイフよりも鋭い気がする。

しかし、冷静であって冷酷ではない。本気で嫌がっている素振りは無いので、こちらは笑って流した。


彼の周りに若い女性の人だかりができていないのが不思議に感じたが、とりあえず笑顔で相席した。もちろん許可は取っていない。


彼は小さくため息をついた後、コーヒーを口に運んだ。


「派手なドレスですね」


「あら、あなたから服装について言及されるとは思わなかったわ」


「いえ別に。今は目立つのを嫌っていたと思っていたので」


本から目を離さない彼は本の虫、という言葉がぴったりだ。会話の内容も褒めるのではなく、思ったことを言うだけ。というか、人と会話する時ぐらいこっちを見ろ。


「……昔は注目されない私に価値はなかったからね、見られることに慣れちゃった。まぁ今は何しても無価値けど」


多弁な口で会話に自虐を挟む。言ってて悲しくないのが不思議だ、というより自虐を言える程心に余裕ができたことを喜ぶべきか。


ゆっくりと本を閉じ、眼鏡を外して、相手を見据えてしっかり向き合う彼の姿は初めて会った日を彷彿とさせた。あの方を殺した直後の私にも手を差し伸べてくれたあの日。


目の前の青年は何事も無いようにスルーするかと思っていたが、彼の表情が僅かに切なげになったように見えた。あなたが悲しむことでもないでしょうに。


「……そういえば随分遅くなってしまいましたが、カダチを救ってくださり、ありがとうございました」


二人きりになる機会が無かったとはいえ、彼はわざわざ彼は椅子から立ち、丁寧に頭を下げてお礼を言った。


「頭を上げて。私は大したことはしてない。頑張ったのはカダチよ」


自然に早口になる。彼に感謝されると喜びよりも落ち着かない。というか、感謝されるほどのことはしていない。とにかく一刻も速く頭を上げて、椅子に座って欲しかった。


こちらの想いが伝わったように、彼がゆっくりと頭を上げる。


「ですが、どうか死に、痛みに慣れないでください」


「……?」


ぼんやりと夜景を眺めながら、しばらく考え、ようやく彼の言葉の真意を理解した。帝国跡の穴の中で彼に救われた時のことか。

というかディールスの中ではずっと燻り続けていたことに驚いた。


何と言えば彼は納得するだろうか。何と言えば彼は安心するだろうか。

きっと答えなんて無いだろうけど。


「大切なものを守るためなら、私は何度でも死んでもいい」


誠意を伝えるように、真剣に私の答えを告げる。真っ直ぐに彼を見据えながら。

その答えは彼が一番望んでいないものだろう。それでも答えは変わらない。変えられない。


「……でも、何度でも死ぬことが出来るのなら、何かを守った時に死にたいわ」


視線を逸らして、少しはにかみながら、リディアは言った。本心であり、本望だ。

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